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4.4万年前の洞窟壁画を発見、最古の狩猟シーン

  • 2019年12月13日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 インドネシアのアマチュア洞窟探検家ハムルラー氏は2017年、同国スラウェシ島にあるコンクリート工場の敷地内にひっそりとした穴を見つけた。石灰岩の崖をよじ登り、その小さな洞窟に潜り込むと、あちこち剥がれかかった幅2.5mほどの壁いっぱいに絵が描かれていた。彼は携帯電話を取り出してその絵を撮影した。

 その壁画についての論文が12月11日付けで学術誌「ネイチャー」に発表された。壁画には、2頭のブタと4頭のアノア(小型のスイギュウの仲間)、それに8人ほどの人間らしき形をしたものが描かれている。人間の絵の大きさは5〜10cmで、なかには縄か槍と思われる細長いものを動物に向けている姿もある。

 描かれているのが実際に狩猟の風景かどうかはともかく、物語性のある絵としては世界最古であり、4万4000年以上前のものだと論文は主張している。ヨーロッパにも同様の洞窟壁画があり、例えばフランスでは鳥のような頭部をもつ人物がバイソンに襲われる様子を描いた1万9000年前の壁画が見つかっているが、今回の壁画はその2倍も古い。東南アジアでは近年、古代の人の手による「芸術作品」が相次いで見つかっていて、人類が特有の認知特性を示しはじめた時代と場所に関するこれまでの通説を覆している。今回の発見もその一つだ。

「考古学者が発掘調査をするとき、ふつうは当時の人々が残したゴミが見つかります。けれども壁画はゴミではありません。メッセージのように見え、現代の私たちに通じるものを感じ取ることができます」。研究チームを率いたオーストラリア、グリフィス大学の考古学者で地球化学者のマキシム・オーベール氏はそう語る。

「私たちは今、ヨーロッパだけでなく東南アジアでも、その年代を明らかにすることで、人類の旅の全体像を完全に書き換えることになるでしょう」

インドネシアで発見相次ぐ

 スラウェシ島南西部のマロス・パンケプ地方の洞窟では、これまでにも多くの洞窟壁画が見つかっている。今から何百万年も前に、地下の川が石灰岩に穴をあけて迷路のような洞窟を形成した。そして、数万年前にこの島に住んでいた人々が、その壁にステンシルやその他の絵画を残した。

 1950年代以降、スラウェシ島では240カ所以上で洞窟壁画が見つかってきたが、これらは古くても1万2000年前程度のものと推定されていた。しかし、2014年にオーベール氏や今回の論文の共著者であるアダム・ブラム氏らのチームが、インドネシアで4万年以上前の洞窟絵画を発見すると、状況は大きく変わりはじめた。4万年以上前なら、少なくともヨーロッパの有名な洞窟壁画と同じくらい古いことになるからだ。

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「かつてはヨーロッパこそが人類文化の発祥の地だったと考えられていました。早い時期から集中的に研究が行われてきたのがヨーロッパ、特にフランスだったからです。ヨーロッパの洞窟絵画は長年にわたり、考古学者にとっての基準になっていました」とカナダ、ビクトリア大学の考古学者エイプリル・ノーウェル氏は説明する。なお氏は今回の研究には関わっていない。「ヨーロッパが発祥の地ではなかったことは、かなり前からわかっていました。オーストラリアとインドネシアで発見が相次ぐたびに、この点はますます明確になってきています」

 この壁画は世界的に重要なものだ、と今回の論文を査読した西オーストラリア大学の考古学者ピーター・ベス氏は指摘する。「海を渡ってオーストラリアで複雑な美術を生み出した人々と同様、ここ東南アジアの先住民も、人間と動物との深い関係を示す壁画を残していたのです。ホモ・サピエンスがヨーロッパに到着するより前のことです」

4万3900年以上前の狩りの風景

 洞窟壁画の年代は、どのように特定されるのだろう? 1つの方法は、完成した壁画の表面に鉱物が沈着しはじめた時期を割り出すことで、描かれた時期を間接的に見積もるという手法だ。壁画の表面に成長する鉱物には天然の放射性元素であるウランが微量に含まれていて、一定のペースでトリウムへと崩壊してゆく。つまり、堆積物が古いほど、ウランに対するトリウムの比率が高くなるのだ。

 オーベール氏とブラム氏のチームは、新たに発見された壁画の一部から、表面に成長した堆積物のサンプルを採取し、鉱物が3万5100〜4万3900年前に形成されはじめたことを明らかにした。壁画そのものはさらに早い時期に描かれた可能性があり、研究者らはこの年代を最小値として扱っている。また研究チームは、壁画が一気に仕上げられたと見ているため、最も古い年代を採用し、壁画全体を少なくとも4万3900年前のものと考えている。

 オーベール氏は、この推定の正しさを確信している。というのも、壁画より新しいことがはっきりしている、顔料層の上に形成された鉱物サンプルを採取したからだ。時間の経過とともにウランが抜け出した形跡はなく、間違えて古すぎる推定をした可能性は小さい。この時代にスラウェシ島に住んでいた人々に芸術的才能があったことも明らかである。近くの遺跡でブラム氏らが行った発掘調査では、3万年前の「クレヨン」と宝石が見つかっているからだ。

 米アリゾナ州立大学の考古学者で洞窟芸術を専門とするエリザベス・カリー氏は、スラウェシ島の壁画が少なくともフランスのショーべ洞窟の壁画(3万〜3万2000年前)と同じくらい古いことを認めている。そして、この壁画が狩りの風景を表現していることにも同意する。

「この解釈に異議がある人はいないでしょう」とカリー氏は言う。「描かれたものは互いに向かい合っていますし、生き生きと描かれているだけでなく、何らかの動作を捉えているように見えます」

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初期の抽象芸術か

 しかし今回の壁画には、より議論を呼びそうな要素がある。人間と思われる絵のなかに、太くて短い尾や、鳥のようなくちばしなど、異様な特徴を持つものが含まれているのだ。オーベール氏らは論文で、この壁画が、人間と動物が融合した存在を表現した最古の芸術作品である可能性を主張している。この種の作品のうち現時点で最古とされているのは、3万9000〜4万年前に現在のドイツでマンモスの牙から彫られた、ライオンの頭部をもつ男性の像だ。

 この絵が本当に人間と人間以外の存在を混ぜ合わせたものであるなら、作者は抽象的で創造的な思考ができたことになる。これらの絵が原始的な精神性を暗示している可能性や、シャーマニズム的な信仰を表現している可能性もある。

「当時の人々は、自分たちを動物の世界と不可分な存在だと思っていたのかもしれません」とブラム氏は想像する。「人間と動物の関係は非常に強く、自分たちのことを両者の要素を兼ね備えた存在と考えていたのかもしれません」

 ノーウェル氏も、この壁画が狩猟風景を抽象的に描いたものである可能性を認め、「人間のような姿をしたものの一部に尾やくちばしがあるように見えることは、これが狩猟風景を素直に描いた絵ではなく、神話的な要素もあることを示唆しています」と話す。カリー氏も、人間らしき姿が非現実的なほど小さく描かれていることから、この絵に抽象的な表現意図があったという説に同意する。そして、抽象的であるからこそ、単なる狩猟風景を超えた多くの解釈ができると言う。もしかすると、槍のようなものは、シャーマニズム的な「気の流れ」を表しているのかもしれない。

 カリー氏は、細かい点はどうあれ、この絵の重要性は、アーティストが抽象化を試みたことにあると言う。同じ試みは、今から3万年以上前にフランスでも行われた。

「2つの文化には大きな違いがあり、距離も大きく隔たっていますが、強い一貫性もあります」と彼女は言う。「私の目には、共通の起源をもつ、非常によく似た伝統が同時期に現れたものに見えます」

洞窟壁画の保護が急務

 今回の壁画に関する報告を終えた研究者たちは、さらなる壁画を発見し、記録しようと動き出している。論文共著者であるハムルラー氏をはじめ、研究チームに参加した他のインドネシア人メンバーは、この地域の調査中に、未踏の洞窟を次々と発見している。研究チームはまた、この洞窟遺跡の将来的な保護計画も構想しようとしている。原因は不明だが、今回発見された壁画は、加速度的に洞窟の壁から剥落しつつあるのだ。

 これには、遺跡周辺の騒がしさが影響している可能性がある。地方自治体とコンクリート工場は洞窟の保護に同意しているものの、近くの採掘現場で起こる爆破の振動は、依然としてこの地域を揺さぶっている。

「壁画がいつまで持ちこたえられるかはわかりません」とオーベール氏は憂慮する。

 ハムルラー氏は、この洞窟系がユネスコの世界遺産に登録されることを希望している。洞窟の未来は不確かだが、ブラム氏は、この洞窟が人類の共通の過去について教えてくれたことに深い感慨を抱いている。

「私は、数万年ぶりにこの洞窟の中で壁画を見た4人目か5人目か6人目の人間であり、この壁画の古さを理解し、その知識に触れることができた当事者です」と彼は言う。「言葉にするのは非常に難しいのですが、この感覚が私を突き動かしているのです」

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