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実は危険なウシの糞、魚やフンコロガシにも被害

  • 2019年12月12日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 米バージニア州、ブルーリッジ山脈のふもとに広がる牧場には、ウシたちが近づけない場所が1カ所だけある。

 ミドル川だ。広さ16ヘクタールの牧場内を曲がりくねって流れる川のそばには、イタチハギが頭上高く茂り、トゲのあるブラックベリーがびっしりと覆い、ヒッコリーやシカモアといった広葉樹も並んでいる。

 牧場主であるボビー・ホワイトスカーバー氏とその妻ジーン・ホフマン氏は、15年かけてこの「植物の壁」を作り上げた。すべては、ウシの進入を阻むためだ。

「ウシを締め出した後、驚くほどの速さで川は元の姿を取り戻しました」と、ホワイトスカーバー氏は言う。今では、在来種のカワマスが泳ぎ、健全な川の指標であるトビケラほかさまざまな水生昆虫が暮らしている。

 しかし、昔から川は健全だったわけではない。

 ウシたちを川で自由に歩き回らせていた頃は、ウシのひづめが川底の沈殿物をかき回すせいで、水生生物の数が減少した。排泄物の問題は、さらに深刻だった。ウシの糞には窒素とリンが含まれており、これが川の先にあるチェサピーク湾に流れ込んで、有害な藻類を過剰に繁殖させることがある。

 それ以外の汚染物質も、糞と一緒に流出する。たとえば家畜に投与される抗生物質、駆虫薬、痛み止めなどだ。ホワイトスカーバー氏の場合、こうした薬剤はめったに使用せず、使うとしても病気にかかった個体に限るようにしている。ただし、こうした努力をする畜産家はほんの一部だ。

次ページ:メキシコで消えるコガネムシ

 米食品医薬品局(FDA)の報告によると、米国で2017年に販売された家畜用抗菌薬(抗生物質や抗寄生虫薬を含む)は、1万トンを上回る。世界全体で10億頭のウシが飼育されていることを考えると(さらにニワトリやブタ、ヒツジ、ウマなどもいる)、恐ろしい量の家畜用の薬剤が海や川に入り込んでいると、専門家は言う。

 こうした薬剤が野生動物に及ぼす影響は、かつて考えられていた以上に幅広いことがわかりつつある。避妊ホルモン剤による魚のメス化、鎮痛剤によるハゲワシの中毒、さらに最近の研究では、抗寄生虫薬によって昆虫の体が小さく、病弱になっているとの報告もある。

メキシコで消えるコガネムシ

 メキシコ国立自治大学の生態学者ダニエル・ゴンザレス=トクマン氏によると、国内各地の牧場で、家畜とともに繁栄してきた200種以上の糞虫が姿を消しつつあるという。糞虫とは、動物の糞を食べるフンコロガシのような甲虫のこと。家畜の糞をリサイクルし、害虫を食べ、土壌に栄養素を再分配してくれる、牧草地にとってなくてはならない存在だ。

 同氏が調べたところ、酪農家たちは寄生虫を駆除するために、ウシにイベルメクチンという薬品を与えていた。イベルメクチンは安価で効果的な薬だが、ひとつ大きな問題がある。ウシに与えられるイベルメクチンの大半はそのまま糞と一緒に排泄され、糞虫などの生物に害を与えるのだ。

 ゴンザレス=トクマン氏らは、イベルメクチンを投与されたウシの糞が、3種類の糞虫にどのような影響を与えるかについて追跡調査を行った。その結果、イベルメクチンを含む糞を食べた虫は、成虫になっても体が小さくて脂肪が少なく、不健康であることがわかった。また、影響はオスよりもメスの方が大きかったが、その理由についてはまだよくわかっていない。

 こうした問題に公式の解決策を示している国がほとんどない中、欧州連合(EU)は、新薬を家畜に与える場合、まず糞虫でテストをして毒性がないことを確かめるよう求めている。一部の製薬会社は、薬剤耐性を防ぐ一環として、抗寄生虫薬の使用を減らすプログラムを進めているが、野生生物への影響を減らすことを意図しているわけではない。

次ページ:下水を使った肥料によって蔓延?

 糞に含まれる薬剤はどうやって自然環境に入り込むのだろうか。バージニア海洋科学学会の分析化学者、ロバート・ヘイル氏とマーク・ラガーディア氏によると、その主な経路は、農地から流れ出る水、排水の不十分な処理、そしてバイオソリッド(下水汚泥肥料)だと言う。

 たとえば、鉛やカドミウムなど、排水から完全に除去されなかった汚染物質は、下水汚泥に混入する。その結果、植物に取り込まれたり、地下水となって野生生物や人間に摂取されたりする。

「バイオソリッドの使用は、すべての汚染物質を現場に戻してしまいます」と、ヘイル氏は言う。しかし、そうした汚染物質には具体的にどんなものがあるのかよくわかっていない。自治体による排水試験では、ごく少数の化合物しか調べないからだ。

 一方で、薬剤と野生生物の減少とのつながりが解明されている例もある。

 南アフリカでは、「ハゲワシ保護プログラム」を立ち上げたケリ・ウォルター氏が、ジクロフェナクの使用に反対する運動を行っている。この薬剤は鎮痛剤や抗炎症剤としてウシに投与され、アフリカとアジアの一部地域でハゲワシを激減させた。ウシには安全なジクロフェナクも、ウシの死骸を主な食料源とするハゲワシにとっては非常に有害で、ごくわずかな量が残っているだけでも、腎不全を発生させる可能性がある。

インドのハゲワシが激減した

 インドの農民たちが1990年代にジクロフェナクを使いはじめると、ハゲワシの数が激減したが、研究者たちは2004年になってようやく、その原因がジクロフェナクであることを突き止めた。ベンガルハゲワシ(学名:Gyps bengalensis)という種は、全個体数の99パーセントを失い、8000万羽からわずか数千羽まで数を減らした。

 この激減の影響は、生態系全体に及んでいる。学術誌『Ecological Economics』に2008年に掲載された論文によると、ハゲワシの数が減少するにつれ野犬の数が増加した結果、人が狂犬病にかかる件数も増えたという。インドでは2006年にジクロフェナクの動物への使用が禁止されたが、毒性の弱い代替薬には費用がかかり、闇市場ではジクロフェナクが手軽に入手できるため、今も使われ続けている。(参考記事 :「ハゲワシ”嫌われ者”の正体」)

簡単な解決策は存在しない

 バージニア州に話を戻すと、2000年代なかば、ミドル川が注ぎ込むポトマック川やサスケハナ川などの河川を泳ぐオスのコクチバスが、メス化の兆候を見せはじめた。これらの個体は、雌雄両方が混在した生殖器を持っており、オスの中には未熟な卵を産むものまでいる。

 生物学者らは、まだ原因の特定に至っていないが、人間や家畜に投与された避妊ホルモン剤が魚の体内に吸収され、内分泌系に問題を起こしているのではないかと考えている。

 簡単な解決策は存在しない。家畜の薬剤汚染を減らすには、人々全体が考え方や習慣を変え、アクションを起こす必要がある。ホワイトスカーバー氏と、彼が作った植物の壁がその一例だ。

「川がきれいなら、代償は小さくて済みます」と、ホワイトスカーバー氏は言う。「ですから、対策をしない場合の費用は、した場合の費用よりも高くつくのです」

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