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火星の酸素、春と夏に謎の急増、従来説覆す発見

  • 2019年11月21日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 6年以上にわたり、火星の薄く冷たい空気を観測してきたNASAの探査車が、驚くべき発見をした。火星の大気には、科学者の予想以上に多くの酸素が含まれており、しかもその挙動に奇妙な点があるというのだ。

「また火星に騙されました!」。11月12日付けの学術誌「Journal of Geophysical Research: Planets」に、酸素の奇妙な挙動についての論文を発表した研究チームに所属する、米ミシガン大学の惑星科学者サシル・アトレイヤ氏はそう述べている。

 論文によると、火星では、北半球の春と夏に酸素濃度が通常の数値から400ppmも急上昇する。これは、火星の大気中にある他のガスの挙動に基づいた従来の推定を30パーセント上回る値だ。酸素濃度の急上昇は、大気のメタン濃度が季節に合わせて増減するという、もうひとつの火星大気の謎とも関連がありそうだ。

 惑星の大気中に酸素があると聞くと、すぐに光合成が行われているのではないかと考えたくなるかもしれない。だが、火星の酸素は非生物的なプロセスによって作られていることがわかっており、これを生命の証拠と解釈することはできない。

 今回の発見からわかるのは、火星表面の化学的性質について、まだわたしたちの理解が及んでいない部分があるということだ。過去あるいは現在の“火星人”に関する直接的な証拠を探すためには、こうした知識の穴を埋めていく必要がある。

次ページ:酸素はゆったり増減すると予想していた

 来たる2020年の夏には、複数の国が火星でのミッションを開始することになっている。たとえばNASAの探査車「マーズ2020」は、サンプルを貯蔵して、将来的に地球へ持ち帰る予定だ。欧州連合とロシアもまた、共同でエクソマーズ計画を進めており、探査車「ロザリンド・フランクリン」 を開発している。この自動探査車は、火星表面に深さ1.8メートル以上の穴をあけ、惑星内部の化学組成についてかつてないほど詳細な調査を行う。

「生命の存在を持ち出すのは、最後の手段にすべきです」と語るのは、NASAゴダード宇宙飛行センターの惑星科学者で、今回の研究の主執筆者であるメリッサ・トレーナー氏だ。「わたしたちは、火星がシステムとしてどのように機能しているのかを完全に理解する必要があります」

おしとやかではなかった火星の酸素

 火星の大気について現在わかっていることの大半は、地球上に設置された望遠鏡、および火星の軌道をめぐる探査機による測定に基づいている。これらの機器を使えば、化学的な信号を探して、酸素濃度を含む、惑星全体の大気組成を明らかにできる。科学者らはかねてより、火星の酸素が非生物学的な方法で生成されている可能性があることを認識していた。

 太陽の紫外線が火星の大気中で二酸化炭素(CO2)と水蒸気(H2O)にぶつかると、それらの分子が分解されて、酸素分子(O2)が生成される。最終的には、この酸素がまた別の化学反応を経て二酸化炭素分子を形成してサイクルが完結するが、酸素分子は火星の大気中に少なくとも10年間はとどまれる。太陽光によって生成されたこうした酸素が、現在の火星大気の0.16パーセントほどを占めている。

 科学者らはこれまで、長期間安定している火星の酸素は、ゆったりと増減を繰り返していると予想していた。ただし、視界をさえぎるちりなどの要因によって、火星表面付近の空気については、望遠鏡では信頼に足るデータを得られない。そこで登場するのが、火星探査車「キュリオシティ」だ。キュリオシティは2012年から火星表面の探査を続けており、収集された各地の大気データは、これまででもっとも詳しい。

「これほど徹底した測定は行われたことがありません」と、トレーナー氏は言う。

 キュリオシティによる測定値からわかったのは、火星の酸素はそれほどおしとやかではない、ということだ。火星では毎年、酸素濃度が急上昇するだけでなく、どの程度上昇するのかも、年ごとに異なっている。

 また、酸素濃度の急上昇は、季節ごとのメタン濃度の急上昇と奇妙な一致を見せている。どちらのガスも、火星では秋と冬に濃度が徐々に下がって、春と夏に上昇する。ただし、そこには重要な違いが存在する。酸素の増加は、メタンと比べて、火星年の早い時期に始まる。さらに、酸素濃度の上昇の程度が不規則なのに対し、メタンでは毎年一定だ。なお、メタンは火星大気で希少なガスであり、地球では生命と関連が深いとみなされることが多い。

 トレーナー氏は言う。「これらふたつの謎の間に関連があるのかどうか、ぜひとも解明したいと思っています。酸素とメタンが両方とも地表から発生している可能性はありますが、両者の発生源が同じであるかどうかはわかりません」

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謎を解く鍵は土壌の中に?

 現在のところ、酸素濃度を上昇させる有力な原因は見つかっていない。火星の酸素分子を発生させている通常の太陽光によるプロセスでは、これほど急激に濃度は上昇しない。そこでトレーナー氏らは、酸素を含む化学物質が豊富に存在する火星の表面に着目した。

 ひとつの可能性として考えられるのは、火星の土壌に含まれる過塩素酸塩だ。原理的には、火星に届く宇宙線は、過塩素酸塩をより反応性の高い化合物に分解し、その際に酸素分子が放出される。しかし研究者らによると、このプロセスが起こる速さは、年間の濃度上昇に必要な分の100万分の1程度だという。

 もうひとつの可能性としては、水の不安定な仲間である過酸化水素(H2O2)がある。過酸化水素ガスもまた、二酸化炭素と水蒸気が分解されることで継続的に生成され、酸素を放出する元となる。化学モデルは、この過酸化水素が火星の土壌に拡散して、地下3メートルの深さにある粒子に付着し、いわば地下の酸素貯蔵庫のようなものを形成する可能性を示唆している。

 しかし、過酸化水素が1000万年間土壌中に留まるという最良のケースを想定した場合でも、このプロセスから生まれる酸素分子は、必要な量のわずか10分の1にすぎない。

 研究チームはさらに、1970年代の火星探査車「バイキング」のデータも再検証した。バイキングは、火星の土壌を加湿すると驚くほど大量の酸素ガスが放出されることを発見した探査車だ。

 トレーナー氏らはしかし、これが今回の発見と直接関わりがあるとは考えていない。その理由は、ひとつには、バイキングの実験は、火星地表の平均気温をはるかに上回る10℃という高温の環境で行われたことだ。また、火星の土壌が大量の酸素を一度に放出できるというだけでは、毎年酸素濃度が上昇することの説明にはならず、酸素がどのように再補充されるのかもわからない。

「バイキングのデータが示しているのは、有力な容疑者ではなく、また別の犯罪といったところでしょう」と、米メリーランド大学の博士課程終了後の研究者であるティモシー・マコノキー氏は言う。 

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生物の影響がない惑星の姿

 トレーナー氏らは、現在もさまざまな可能性を検討している。たとえばアトレイヤ氏は、宇宙を飛び回る高エネルギーの粒子が、火星の地下数メートル以内での化学反応を引き起こす仕組みについて、より詳しく調べたいとしている。また米カリフォルニア工科大学の惑星科学者ベサニー・エルマン氏は、火星の土壌は地球よりも反応性が高いと指摘する。

「わたしたちは、火星の土壌が何でできているのかを、まだ完全に理解したわけではありません。火星の土壌は、鉄や硫黄を含む鉱物が非常に豊富で、地球とは非常に異質であることは明らかです」

 将来のミッションにおいて、大気の測定がより頻繁に行われれば、謎の解明は進むだろう。キュリオシティの場合、こなすべき作業があまりに多いため、トレーナー氏のチームは、火星の四季を通じてたった19回分のデータしか入手できなかった。このデータからは、長期的なパターンをざっくりとつかめても、短期的な変化はわからない。毎日、さらには毎時間、火星の酸素とメタンを測定できたなら、どんな発見があるだろうか。

「そうしたデータは、段違いに有益なものになるでしょう」と、論文の共同執筆者で、米月惑星研究所の常勤科学者であるヘルマン・マルティネス氏は言う。

 新たな研究が行われるたびに、どのような、またどの程度の非生物的な反応が、火星の大気供給に貢献しているのかについて、より詳しいことがわかっていくだろう。

「地球では、そうしたプロセスにはすべて、私たちの生物圏の影響が及んでいます」とトレーナー氏は言う。「そのため、火星に行くと酸素の挙動に驚かされるのです。火星ではわたしたちの知らないことが山ほど起こっているということです」

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