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大量死ウイルスが拡大、北極の海氷減少で? 研究

  • 2019年11月12日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 2004年に米アラスカ州で、アザラシジステンパーウイルス(PDV)に感染しているラッコが発見されたとき、科学者たちは困惑した。

 PDVは麻疹(はしか)ウイルスと同じモルビリウイルス属の病原体だ。だが、PDVに感染した動物は当時、ヨーロッパと北米大陸の東岸でしか見つかっておらず、西岸のアラスカでは確認されていなかった。

「大西洋のウイルスがどのようにして(太平洋側である)アラスカのラッコに感染したのか、わかりませんでした。ラッコの生息域は広くないからです」と、病原体が海の生態系を移動する仕組みを調べている米カリフォルニア大学デービス校のトレーシー・ゴールドスタイン氏は振り返る。

 そこで、氏の研究チームが2001〜2016年の15年分のデータを使って分析したところ、PDV感染の拡大と北極海の海氷の減少との間に、相関関係があるという論文が11月7日付けの学術誌「Scientific Reports」に発表された。北極海の海氷が解けた結果、PDVに感染した動物が北極海を移動できるようになり、北太平洋にまでウイルスが持ち込まれた可能性があるという。気候変動が、病気の新たな感染経路を生むおそれがあることを示す研究結果だ。

ヨーロッパから北米へ

 PDVは1988年に初めて検出された。このときヨーロッパ北部で約1万8000頭のアザラシやアシカが死に、その多くはゼニガタアザラシだった。同様の流行は2002年にも発生している。

 PDVがどこで生じたかは不明だ。最初に北極地方で発生したことを示唆する研究もあるが、別の種類のジステンパーウイルスは多くの動物で見つかっている。ペットの犬は世界各地で、定期的に犬ジステンパーの予防接種を受けている。

 アザラシジステンパーでは、犬の場合と同様、呼吸困難、鼻水、目やに、発熱などの症状が出る。海洋哺乳類の場合は泳ぐのが困難になる。

 PDVは、感染した動物またはその排泄物に触れることで広がる。

「このウイルスは、海洋哺乳類の間で非常に容易に広がることがわかっています」と米カリフォルニア州にある海洋哺乳類センターの獣医学部門長ショーン・ジョンソン氏は言う。

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 米国の東海岸沿いでは、2006年に初めてPDVの大流行が発生した。米海洋大気局(NOAA)によると、2018年から19年にかけても、米国北東部にあたるメーン州からバージニア州までの海岸で、アザラシの異常な大量死が確認されている。検査の結果、PDVが主な原因であることが明らかになった。

 ゴールドスタイン氏らは、PDVがいつ、どのようにヨーロッパ北部からアラスカ沖の北太平洋に広がったかを明らかにするため、少なくとも1年のうちの一時期を北極の氷の上で過ごすアザラシや、その他海洋哺乳類から採取したサンプルを調査した。その数は、生きている個体2530頭と死んだ個体165頭におよぶ。それから、北極海の海氷が毎年どこまで広がったかを示すデータを検証した。すると、海氷があまり広がらなかった年は、その翌年にPDV感染が増えていることがわかった。

 この研究では2016年までのデータが使われているが、それ以降の過去3年間、北極海の海氷は縮小し続けている。

新たな感染経路

 海氷が縮小すると、北極圏に新しい移動ルートができて、海洋哺乳類が大西洋から太平洋へと到達しやすくなる。また、より遠くまで食物を探しに行く必要に迫られた動物は、大きなストレスを受け、免疫系が弱くなって、病気にかかりやすくなるとゴールドスタイン氏は指摘する。

「彼らはより遠くまで食べ物を探しに行くようになっています。そのせいで健康状態が悪化して、病気にかかりやすくなるのです」

 また毎年、多くの海洋哺乳類がやってくる北極地方は、病気を増やして広める拠点になっている可能性がある。

「北極地方は、病気の伝染にとって理想的な『るつぼ』なのかもしれません」とジョンソン氏は言う。

 PDVはまだカリフォルニアでは検出されていない。だがジョンソン氏いわく、ウイルスが南に広がる可能性は十分あり、科学者たちは警戒を怠っていない。カリフォルニア付近の海洋哺乳類の多くは、北方の海と行き来し、病気が確認されている海域の動物とも触れ合うからだ。

 一部の海洋哺乳類にPDVの予防接種をすることは可能だが、病気の広がりを抑えられるほどの規模で実施することは困難だと科学者らは言う。ハワイモンクアザラシは定期的にPDVの予防接種を受けている。このアザラシの個体数はわずか1400頭ほどだ。PDVはまだハワイまでは南下していないものの、保護活動家は、病気が到達した場合の被害を心配している。

 ゴールドスタイン氏は、この病気についても、気候変動で北極の海氷が縮小し続けるとPDVがどうなるかについても、わからないことが多いと言う。

 ジョンソン氏らは、PDVだけでなく、気候変動により増加している他の病気も監視している。例えば、レプトスピラ症は動物から人間にも広まる病気だ。また、有害な藻類が大発生する「藻類ブルーム」では、藻類の毒素が魚に蓄積され、それを食べた哺乳類の脳を損傷する。

「たえず警戒し、監視を続ける必要があります」とジョンソン氏は話す。「広がる病気が大きく変化する可能性もあります」

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