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絶滅寸前の有袋類、化石の地への移住で保護へ、豪

  • 2019年11月8日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 ブーラミス(Burramys parvus)はネズミに似た有袋類で、長らく化石でしか知られていなかった。ところが、1966年にオーストラリア、ビクトリア州のホーサム山にあるスキー場で、生きた個体が発見された。これは皮肉なめぐり合わせだった。数カ所の山岳地にしか生息していないブーラミスを、絶滅の危機に追いやる原因の1つがスキーリゾートの開発だからだ。

 ブーラミス(とスキーヤー)を脅かすもう1つの問題は、気候変動だ。温暖化により積雪が減少すると、巣穴で冬眠するブーラミスが冬の冷たい風にさらされ、凍死してしまう。また、干ばつの増加により、ブーラミスの大好物であるボゴンガという脂肪分の多い蛾が激減してしまった。ただし、彼らはマキ科の樹木の真っ赤な実と堅い種子も好んで食べる。

 このような危機にさらされたブーラミスは現在、2000〜3000匹しか生き残っておらず、IUCNの「近絶滅種(Critically Endangered)」に指定されている。「雪の少ない冬が2年続けば、地球上からいなくなるおそれがあります」と、オーストラリア、ニューサウスウェールズ大学の古生物学者マイケル・アーチャー氏は言う。

 化石の記録から考えると、ブーラミスの直接の祖先は、標高が低く雨の多い森林にすんでいたようだ。ここから1つの計画が生まれた。2019年11月4日付けで学術誌「Philosophical Transactions of the Royal Society B」に発表された論文では、ブーラミスの保全のために、山にすむ個体の一部を低地雨林に移すことが提案されている。

 アーチャー氏によると、約2500〜1500万年前まで、ブーラミスと最も近縁な仲間たちは山岳地ではなく森林で栄えていたという。それどころか、ブーラミスの祖先たちはずっと「冷涼な低地雨林」で暮らしていたようだ。

 かつてそこで暮らしていたのなら、再び暮らしてもいいのではないか?

次ページ:祖先との奇妙な共通点

奇妙で特徴的な歯

 アーチャー氏によると、ブーラミスとその直接の祖先には、よく目立つ特徴があるという。それは、非常に奇妙で危険そうな小臼歯だ。「丸のこを半分にしたような、大きくて曲線的で、端がギザギザになっている歯です」

 この歯のおかげで、今日のブーラミスはマキの堅い種子にひびを入れられるのだが、昔は別の用途があった可能性がある。

 とはいえ、現生のブーラミスとその祖先の歯はかなりよく似ているため、「機能に重要な違いがあったとは、よほどの勇気がなければ主張できません」と氏は言う。

 現生ブーラミスとその祖先は別々の種だとされている。だがアーチャー氏は、化石記録をたどれば、時間の流れとともにランダムな遺伝的変化が少しずつ起きて、同じ動物が徐々に変化していったのがわかると言う。

 ブーラミスの祖先の個体数は多かった、と氏は話す。「ですから、ブーラミスを気候変動の犠牲者にしてしまう前に、小さなコロニーを保護して繁殖させ、その子孫たちを祖先の森に放してはどうかと提案しているのです」

追い詰められるブーラミス

 そもそも、今日のブーラミスたちはなぜ山岳地にいるのだろうか? アーチャー氏は、「理由はよくわかりません」と答える。「ただ、オーストラリアは約1500万年前から乾燥が進み、中央部から熱帯雨林が失われたことがわかっています。おそらくその過程で一部のブーラミスが山を登って生き延び、残りは絶滅したのでしょう」

 その結果、現在のブーラミスは、かつての生息地のはずれで細々と生き延びているのかもしれない。

 低地雨林はブーラミスにとって非常に魅力的な場所かもしれないが、今となっては彼らがそこに帰るすべはない、とアーチャー氏は言う。気候変動と人間の土地開発により、山岳地方と低地雨林をつなぐ森林地帯が失われてしまったからだ。

「人間が世界を非常に速いペースで作り変えているため、多くの種は変化に適応できません。ですから人間は、自力では生き延びられそうにない種が生き延びられるように手を貸す責任があるのです」とアーチャー氏。

 氏と10人を超す仲間たちは、ブーラミスを繁殖させて、慎重に選び出した低地森林に放すプロジェクトに着手した。「1、2年後の実現を目指しています」と氏は言う。

次ページ:移住は慎重に

 繁殖センターになる予定の施設ではすでに数匹のブーラミスが飼育されている。それらに加え、保護施設にいる一部のブーラミスは、いずれも冬眠することなく、いろいろな種類の食物を食べて繁殖していて、新しい環境に適応できそうだ、とアーチャー氏は言う。もちろん、ブーラミスを放す前には周到な準備が必要だ。

「高山のブーラミスをいきなり捕まえてそのまま低地の雨林に放したら、混乱させてしまいます」と氏は話す。「ですから私たちは、彼らを放す予定の場所にある昆虫や種子に慣らすつもりです。たぶん、すぐに試してみて、食べられるかどうか確認すると思いますよ」

ブーラミスが最初ではない

 しかし、この提案には異論もある。

 米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の行動生物学者ダニエル・ブラムスタイン氏は、この提案に不安を感じている。氏は、オーストラリアの希少な哺乳類を、かつての生息地に戻すための方法を研究してきた。なお、氏は今回のプロジェクトには関与していない。

「希少な種の生息域を広げることは、状況によっては良いことかもしれません。けれども、長らく生息していなかった場所に移住させることにはリスクがあります」とブラムスタイン氏は言う。「その動物がすむのに適した気候であっても、ほかの種にどんな悪影響を及ぼすかわからないからです」

 化石記録によれば、ブーラミスの祖先は、生物多様性に富んだ生息地で、数十種の哺乳類とともに生きていたようだ。そのためアーチャー氏は、現在のブーラミスがほかの種に害を及ぼすおそれはないと考えている。

「もちろん、ブーラミスを放してそのままにするつもりはありません。実験的な措置の一環として、全体のなりゆきを慎重に監視します。かつてオーストラリアに入植したヨーロッパ人が、ネコやキツネやウサギを放す前に、私たちの半分でも慎重だったらよかったのにと思います」と氏は言う。

 化石記録から得られる知見により恩恵を受けた動物は、ブーラミスが最初ではなく、おそらく最後でもない。ニュージーランドでは、高山に生息するタカヘという鳥が、その祖先は低地にすんでいたとする古生物学者の指摘を受けて、低地に放されている。

 オーストラリアでは、アーチャー氏が別のアイデアを検討している。乾燥により生息地の湿地が干上がりつつあるため、西部に生息するクビカシゲガメを、祖先の化石が見つかっている東部の低地雨林に移そうというのだ。コモドオオトカゲを、かつて祖先がすんでいたオーストラリア本土に移住させようという声もあるが、小さなブーラミスを数匹移すのとは違い、大きな論争になりそうだ。

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