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希少「幽霊ラン」に危機、世界を魅了する美しい花

  • 2019年11月4日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 英語で「ゴーストオーキッド(幽霊ラン、学名Dendrophylax lindenii)」と呼ばれる希少なランは、キューバと米国南フロリダの湿地林でしか見られない。現在、フロリダでの生育数はおよそ2000株だ。葉を一切持たない無葉蘭で、緑色の茎を木にくねくねと這わせて体を固定し、空気中から水分を吸収している。一年の大半は、人目を引かない容姿をしている。

 ところが、花を咲かせると幽霊ランは一変する。その美しさは衝撃的だ。花は眩しいほど白く、日の差さない緑色の湿地でも独特の輝きを放つ。花びらから伸びるほっそりとした2本の突起が風に揺れると、まるで空中に浮遊しているかのようだ。この幽霊ランは、人の手の入っていない、湿度が非常に高い森でしか生育できない。

 幽霊ランを手軽に見に行ける場所のひとつが、米国最大のヌマスギの老齢林であるコークスクリュー湿原保護区だ。しかし、その幽霊ランが今、危機に瀕している。新たな研究で、コークスクリュー湿原の水が枯れつつあることがわかったのだ。学術誌「Wetland Science & Practice」に先日発表された論文によると、一帯の湿地や特定の時期に水没する林では、乾期が長くなり、水の引き方が速くなり、全体の水量も減っているという。

 論文の著者は、同保護区の研究主任であるショーン・クレム氏と水文学者のマイケル・デューバー氏の2人で、取り上げているのはコークスクリュー湿原のみだが、科学者や保護活動家は、フロリダの幽霊ランの大半は同じ問題に直面していると指摘する。土地利用の変化や開発のせいで、幽霊ランの生育地に水が流れ込みにくくなっているためだ。

脅威は保護区の外にも

 フロリダの幽霊ランの大半は、国立の野生保護区、国有林、コークスクリューのような私有の保護区といった、保護されたエリアに生育している。これらの場所はどこも、幽霊ランをはじめ、土壌に根をはらない他の着生植物が必要とする条件を備えている。その条件とは、春の終わりから秋にかけての雨期に、一帯にとどまる水がもたらす高い湿度だ。

 幽霊ランがこれまで乾期を生き延びてこられたのは、湿地が乾き切ってしまうほど長く乾期が続かなかったからだ。たとえばコークスクリュー湿原では、1960年から2000年までの間で、ヌマスギの森から水が引いた期間は最長で2カ月だった。

次ページ:「こんなことは歴史上、一度もありませんでした」

 しかし近年、コークスクリューでは乾期が3カ月以上続いている。水のない期間がこれだけ続くと、場所によっては、植物が被害を受けることは十分にあり得ると語るのは、ランを研究する保全科学者で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(協会が支援する研究者)であるピーター・フーリハン氏だ。

「こんなことは歴史上、一度もありませんでした」と、フーリハン氏は言う。このままでは、一部の地域で幽霊ランが死滅する可能性もある。「幽霊ランはそれほどデリケートなのです」

 クレム氏とデューバー氏の論文は、水が減っている原因を複数挙げつつ、その大半が開発と関連があると指摘している。原因としては、たとえば道路の水はけをよくして住宅地の外へ出す排水路が造られたこと、住宅地や農地での水の使用が増加したこと、水を溜め込む緑地が減ったことなどが挙げられる。自然に起こる森林火災が少ないせいで、草地だった場所が、より多くの水を必要とする比較的大きな低木などに覆われるようになったことも、原因のひとつだ。

 ここからわかるのは、ただ自然保護区を作って放っておけばいいわけではないことだと、クレム氏は言う。植物、動物、そして生態系全体を、保護区の外にある脅威から守る必要がある。

「ある場所をフェンスで囲っても、それで問題がすべて解決するわけではありません。水をどう管理するかを考える必要があります」と、ビッグサイプレス国立保護区の水文学者、ロバート・ソブチャク氏は言う。同保護区には、どの場所よりも多い約1000株もの幽霊ランが生育している。

開発の影響

 フロリダの幽霊ランの生育地では、ほぼ例外なく、周辺エリアの開発によって水の循環が変化している。たとえばビッグサイプレス保護区では、ここ15年の間、かつてないほど土地の乾燥が目立つ。

 ビッグサイプレス保護区で、幽霊ランの減少と水不足に直接的な関係があるかはまだはっきりしない。それでも、ソブチャク氏も同僚のトニー・パーナス氏も、水の少なさを懸念している。

 さらに逼迫した状況にあるのが、ピカユーンストランド州有林だ。他のエリアと同様(コークスクリューを除く)、ピカユーンストランドのヌマスギの老齢林は、1940〜50年代に伐採された。その後まもなく、サザンゴールデンゲート地区という計画住宅地のための排水路と道路の建設が始まった。ここを世界最大の分譲地にしようという構想だった。最終的に計画は中止となったが、一帯に残された排水路とその後の地下水面の低下は、植物に深刻なダメージを与えた。もちろん、幽霊ランも例外ではなかった。

 ピカユーンの東に隣接するファカハッチーストランド州保護区の生物学者、マイク・オーウェン氏は言う。「ピカユーンにはかつて幽連ランが数多く生育していましたが、今ではごくわずかしか残っていません。原因のひとつは、水没期間が短くなったことです」。水没期間が短いのは、いまも周辺に残る排水路のせいだと考えられる。

次ページ:映画『アダプテーション』のモチーフに

 ファカハッチーストランド州保護区と、隣接するフロリダパンサー野生生物保護区をあわせると、同州の幽霊ランの約半数がここに生育していることになるが、この場所への水の流れもまた、州道29号線沿いの排水路によって阻害されている。29号線は、州が2車線から4車線に広げようと計画している道路で、海辺のエバーグレーズシティから北上し、州南西内陸部に向かって伸びているために、水は保護区にとどまることなく海に流れ出てしまう。

改善策はある

 それでも、慎重な計画と復元プログラムがあれば、事態の改善を図ることは可能だ。たとえばファカハッチーストランド州保護区では、敷地内を通って西へ水を流していた2本の水路を封鎖した。オーウェン氏によると、この処置を施したことで、保護区内の水面が30センチ以上上昇したという。

 同保護区は、1994年にジョン・ラロシュという男が幽霊ランなどの着生植物を盗み出そうとして逮捕された場所として知られる。この騒動の顛末は、映画『アダプテーション』とその原作『蘭に魅せられた男』に詳しい。

 今回研究の対象となったコークスクリューは、その他の幽霊ランの生育地よりも郊外の開発地に近い場所にある。とはいえ、各地で分譲地が徐々に広がりつつある。宅地がじりじりと保護区に近づいていけば、水循環の変化による影響はすべての生育地に及ぶかもしれない。

 幽霊ランについてはまだわかっていないことが多いと、フーリハン氏は言う。だからこそ、生育地の保護は重要だ。たとえばフーリハン氏、ストーン氏、クレム氏、オーウェン氏、トマス・エメル氏らが2019年9月に発表した論文には、幽霊ランの受粉は、これまで考えられてきたように1種の蛾だけが媒介しているわけではなく、そこにはより多くの種が関わっているとある。この発見は、何もわかっていないに等しかった幽霊ランの生殖に関する新たな知見であると同時に、この植物の保護が予想されたほど困難なものではないことを示している。

 幽霊ランの危機をきっかけに、この植物を「絶滅の危機に瀕する種の保存に関する法律」の対象にしようという動きも始まっている。オーウェン氏らは現在、登録申請の根拠となるデータを収集しており、近い将来の提出を目指している。もし指定種となれば、幽霊ランの生育地はさらに手厚い保護を受けられることになる。

 クレム氏は言う。「コークスクリューのような場所は守らなければなりません。それでこそ、われわれは生態系について学び、そこにすむ唯一無二の野生生物や植物を保護できるのです」

【この記事の写真をもっと見る】ギャラリー:希少「幽霊ラン」に危機、世界を魅了する美しい花 写真あと3点 南フロリダ最大の幽霊ラン「スーパーゴースト」も

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