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過去の気象を再現へ、19世紀の北極遭難日誌が活躍

  • 2019年10月30日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 1879年9月。米国の北極探検船ジャネット号は、ベーリング海峡の北の北極海を航海中、海氷に囲まれて身動きが取れなくなった。33人の乗組員は海に閉じ込められたまま、船が沈むまでの約2年間は必死で生き延びた。だが、とうとう船が沈没すると、文明社会に戻るため危険な旅に出ることを余儀なくされ、20人が亡くなった。

 漂流中、彼らは天気、つまり風、雲、気圧、気温を定期的に観測し、書き留めていた。ジャネット号の航海日誌は、技師長ジョージ・メルビルをはじめ、なんとか生き残った13人の乗組員とともに、米国への帰還を果たした。当時の北極の気象をこれほど詳細に記録したものはほかにない。

 140年を経た今、この記録は、地球の気象と気候の歴史を詳細に復元するのに役立っている。

気象タイムマシンを構築

 19〜20世紀の北極航海で残された気象観測記録をデジタルデータ化する「北極古気象」プロジェクトが、市民科学者らによって行われている。ジャネット号の航海日誌データは、その一環で真っ先に抽出された。

 このようにデータ化された記録は、米海洋大気局(NOAA)が開発した「20世紀再分析」(20CR)データベースに続々と追加されている。20CRは過去の気象を復元するためのデータベースで、科学者らはこれを用いて過去の異常気象を調べたり、さらには現在の気候を理解する手がかりにできる。

 2019年10月、20CRの大規模なアップデートが行われ、古い航海日誌や世界中の気象観測所から集められた膨大な観測データが追加された。これにより、地球各地の過去の天候を、1836年まで遡って3時間単位で推測できるようになった。いわば「気象タイムマシン」だ。

「世界中のどこでも、どのような天気だったかを3時間単位で推測できます」と、米コロラド大学ボルダー校環境科学共同研究所(CIRES)およびNOAA地球システム研究所(ESRL)の研究員ローラ・スリビンスキ氏は言う。「ほかではできないことです」

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19世紀の天候の信頼性が大幅に向上

 現在であれば、無数の人工衛星と観測所を使っていくらでも気象を研究できる。しかし、衛星による記録が始まったのはわずか40年前であり、20世紀中頃までは観測所の数もずっと少なかった。シミュレーションによってそれ以前の気象を計算することは可能だが、モデルに投入するデータがなければ正確な復元は不可能だ。

「私たちはこれを『無知の霧』と読んでいます」と言うのは、NOAAに参加するCIRESの上級研究員、ギルバート・コンポ氏だ。

 この霧を晴らすため、NOAAの研究員らは10年以上かけて世界中の保存記録から気圧、気温、海氷の状態のデータを収集し、ボランティアの手を借りてデジタルデータ化している。そのような取り組みには、北極古気象プロジェクトのほか、19世紀英国の手書きの観測記録をデジタル化するプロジェクト、1890〜1900年代にオーストラリアの船長が残した航海日誌をデータ化するプロジェクトなど多数ある。

 そうして追加されたデータを、20CRは米国立気象局(NWS)が天気予報に使うのと同様のモデルに投入することで、過去の大気の状態を描ける。最新版の20CRでは、1930年以前の観測データが25%も増えた結果、特に19世紀に関する計算の信頼性が大幅に向上した。

 例えば、1880年10月に米アラスカ州南東部のシトカの町に強いハリケーンが上陸したことは知られているが、旧バージョンの20CRではこの嵐をまったく再現できなかった。しかし今回、当時沖合に停泊していた米国船ジェームズタウン号の観測記録が加えられたことで、最新版の20CRでは正しい時間、正しい場所に嵐が再現されるようになった。

「ひとつずつは些細でも、このような観測記録の積み重ねがものをいうのです」とスリビンスキ氏は語る。

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小説の描写とも一致

 科学者らは、新しい気象タイムマシンをすでに活用し始めている。

 NWSの気象・気候学者のバーバラ・メイズ・ブステッド氏は、これを使って1880〜81年の冬について研究している。小説『長い冬』に描かれた冬だ。『大草原の小さな家』で有名な米作家ローラ・インガルス・ワイルダーは、ダコタ準州(当時)南東部で育った子ども時代の記憶に基づいて、この小説を書いた。ワイルダーが執筆したのはこの冬からおよそ50年後だったが、ブステッド氏は、当時についての記述の多くが正確であることに気づいた。

「(モデルが再現した天候では)ローラが書いているとおりに10月に初雪が降りました」とブステッド氏は説明する。「彼女の描写はまさに気象日誌です」

 10月から翌年4月にかけて、米国中西部は度重なる吹雪と激しい寒波に見舞われた。ブステッド氏は20CRを利用して、この厳冬を引き起こした世界的な大気の状況を再現した。その要因のひとつは、北大西洋振動という現象が負のフェーズにあったことだという。氏によると、このパターンは「米国のロッキー山脈の東側が寒冷になることと強い関連があります」

 一方、現在の過酷な気象状況について、20CRから何がわかるかに興味を持っている科学者もいる。

 米コロラド州立大学のハリケーン研究者、フィル・クロツバック氏は、最新の20CRを使って、現在のハリケーン予報技術が19世紀の嵐にも有効かどうかを確かめたいと考えている。例えば、ハリケーンの活動予測にはエルニーニョ現象が注目されることが多い。だが仮にこのような関係がかつては強くなかったとすれば、気候変動が現在のハリケーンに及ぼす影響について、何かがわかるかもしれない。

 気象タイムマシンを使えば、より大きい問題について考えることもできる。例えば、気候変動はメキシコ湾流の北上を妨げているのかどうかだ。「100年遡れば、これが長期的な傾向なのか、一時的な変化にすぎないのかを、大局的に考えられるようになります。大変期待しています」と、スリビンスキ氏は言う。

 南半球、とりわけ南極大陸周辺の昔の気象データは非常に少ない。また一般に、過去に遡るほど記録も乏しくなる。NOAAにとって、タイムマシンを改良する余地はまだ大いに残されているということだ。

 まだ世界中の書庫で埃を被っている気象記録が無数にあることからも、科学者らの期待は大きい。

 コンポ氏は言う。「嵐の速度は上がっているのか、下がっているのか。強くなっているのか、弱まっているのか。熱波の期間は延びているのか。無知の霧を晴らすには、できるだけ多くの船の協力が必要です」

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