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地震計で気候変動の「音」を読み解く、研究

  • 2019年10月23日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 フランスとスペインの国境にそびえるピレネー山脈の地下に、迷宮のような実験室がある。そこでは、暗黒物質(ダークマター)を検出する実験が行われているほか、かつての鉄道のトンネル内で、地震計が周囲の音を敏感に聞きとっている。

 数年前、スペイン、地球科学研究所ハウメ・アルメラの研究チームが、地震計の品質管理の作業中に不審な信号を発見した。ただし、その信号は誰にも識別できなかった。

 同研究所の地震学者ジョルディ・ディアス氏らはすぐに、その不定期に鳴る音が、トンネルを流れるアラゴン川から聞こえてくることに気がついた。信号の強弱が、川の流量変化と一致していたのだ。

 アラゴン川の水源は、ピレネー山脈の雪解け水だ。研究チームは、地震計を調整することで「雪が奏でる音」を突き止め、地震計の“歌”と雪解け現象を結びつけることに成功した。これにより、数カ月、数年にわたる雪解けの動向を驚くほど正確に観測できることがわかった。この研究の論文は、10月10日付けの学術誌「PLOS ONE」に発表された。

 雪解け水は地域の天候に左右されるため、今回の技術を使えば、地球温暖化が積雪に及ぼす影響を把握できると期待されている。この小さな地震観測所で、気候変動の「音」を記録できるかもしれないのだ。

地震計の「耳」を利用

 地震計の本来の役割は、地殻の振動を聞き逃さないことだ。こうした揺れは、地球はもちろん、月や火星でも発生する。計測機器の感度が高くなっていることにより、巨大地震から微弱な地下の揺れにいたるまで「地面を揺らすものなら何でも記録できるようになりました」と米国大学間地震学研究連合の地質学者ウェンディー・ボーホン氏は話す。なお、同氏は今回の研究には関わっていない。

 ボーホン氏の言葉は大げさではなく、頭上を飛ぶヘリコプターから核爆発や隕石の空中爆発、海底火山の噴火まで、すべての音を計測できるという。

次ページ:雪解け水の音のパターン

 これは、環境科学者にとっては、素晴らしいニュースだ。たとえば、米西海岸にある地震計は、東海岸に近づくハリケーンが海をかき乱して起こす「地震」を検出できる。また、温度が変わって氷が割れる音、氷床の一部が分離する際の反響音、クレバスが爆発的に拡大する音も聞きとれる。

 地球温暖化が進むにつれ、台風やハリケーンはさらに激しくなる可能性が高く、世界中の氷はますます解けていく。この数十年で、地震計により気候変動の影響を観測できることが、徐々に明らかになってきた。

 科学者は、まだ地震信号の微妙な違いの解明に努めている最中で、時には、個々の地震の音の原因を究明しようと、研究室で自然界の状態を再現してみることもある。今後、地震計の感度がさらに高くなり、かつ費用が下がれば、環境地震学という始まったばかりの新分野は成果を上げるだろう、とボーホン氏は言う。

雪解け水の音のパターン

 川も、この有望な学問の対象だ。川の音から、厄介な土石流や、自然や人為的な要因によって起きる全体的な流れの変化を解き明かすことができる。

 アラゴン川は、この新たな技術の最新の実験台だ。2014年、ピレネー山脈のカンフランク地下研究所にある地震観測所を利用して、ディアス氏の研究チームはアラゴン川の流れに関連する地震波を初めて特定した。

 川の流量は雨の影響を受ける可能性があるため、地震観測所から5キロ下流にある水量計を用いてその影響を排除し、雪解け水の信号だけを分離した。その後、アルゴリズムを用いて、2011年〜2016年のデータからアラゴン川の音を選び出し、アルプスの雪解けに関連した音を分析できるようになった。

 すると典型的なパターンが、すぐに見つかった。雪が解けて川に流れ込むような気象条件があった少し後で、日中に流量が大幅に増加する傾向が明らかになった。雪解けの発生は毎年平均35日間で、通常は3月〜6月に大規模な雪解け水の噴出が2、3回起きる。

次ページ:エベレストの声を聞く

 だが、通常のパターンから外れる場合もあった。2011年に雪解けが見られたのはわずか10日だけだった。一方、2013年には65日もあったうえ、この年は1回の雪解け現象が1カ月以上も続き、雪解けは7月上旬まで発生した。ディアス氏の説明によると、現在、水文学者と協力して、雪解け水の発生が大きく変動する原因を究明しているところだという。

エベレストの声を聞く

 ピレネー山脈のトンネル内にある地震観測所は、人為的な雑音源から遠く離れており、アラゴン川の音を抽出するのは比較的簡単だ。近くで交通や建設工事の音、街の喧騒などの雑音がする場合は、測定感度が下がる可能性がある、とディアス氏は話す。しかし、世界には、同様に人里離れた地域が存在する。

 ヒマラヤ山脈だ。今後数年の間、この研究を進めるための素晴らしい実験場になるかもしれない。ヒマラヤ地域では、大きな被害をもたらす地震が頻発するため、すでに多くの地震計が設置されている。また、ヒマラヤには氷河が数多く集まっており、その雪解け水が周辺に暮らす16億5000万の人々を支えている。ヒマラヤの氷河は、地球温暖化の影響でますます解け出しており、地震計で氷河の流出速度を観測できれば、その“終焉の声”が聞こえるかもしれない。

 アラゴン川での研究が壮大な規模で再現できるかどうかを判断するのは時期尚早だが、期待は持てる。

「今回の研究は、新たな“道具”だと言えます」と、米コロラド大学ボルダー校の雪氷学者マイク・マクフェリン氏は語る。同氏は今回の研究には関わっていない。地球温暖化が進む中、「私たちには、手に入る道具はすべて必要なのです」

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