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【動画】謎多き深海サメ、深海でのタグ付け初成功

  • 2019年9月12日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 2019年6月29日、米国フロリダ半島の南東に位置するバハマ諸島、エルーセラ島沖で、研究チームは潜水艇ナディール号を海に下ろした。激しい雨が小降りになったのを、彼らは幸運の兆しと考えたがった。それほど、この潜水活動は重要だった。

 研究チームの構成メンバーはフロリダ州立大学、フロリダ自然史博物館、ケープ・エルーセラ研究所、そして資産家のレイ・ダリオ氏が立ち上げた海洋探査プロジェクト「オーシャンX」の研究者たちだ。彼らはこの1年間、潜水艇から追跡タグを発射し、サメの体に取りつけようと奮闘していた。これは史上初の試みだ。

古代サメの末えい

 彼らが狙っていたのはカグラザメという大型のサメで、エメラルドグリーンの目と、6対の鰓孔(えらあな)を持っている(ほとんどのサメの鰓孔は5対)。カグラザメは、翼竜やティラノサウルスが陸上に現れるより前から海にいたサメの子孫と考えられていて、ほとんどの時間を深海で過ごし、水深1400mもの深さを泳いでいることもある。

 深海を好むカグラザメを研究するのは非常に困難だ。カグラザメについて、どのような点が明らかになっていないのかという質問に対して、ウッズホール海洋学研究所の上級科学者サイモン・ソロルド氏は「明らかになっていることを説明する方がずっと簡単です。ほとんどありませんから」と笑う。

 国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストはカグラザメを「近危急種」に分類しているが、その個体数や、増えているか、減っているかを評価するためのデータは不十分だ。メスはオスより大型で、成体は体長5.5メートルほどになり、胎生でいちどに40〜110匹の幼魚を産むが、繁殖地も妊娠期間も不明。カグラザメは南極以外のすべての大陸の沿岸で目撃されているが、広い範囲を回遊しているのか、それとも広く分布しているのかはわからない。

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潜水艇と水中銃を使った「大胆な試み」

 米国フロリダ州立大学沿岸海洋研究所の研究副所長であり、科学者のディーン・グラブス氏は、2005年にカグラザメに衛星追跡タグを取りつけ、明るさ、温度、水深のデータを収集することに初めて成功した。彼は魚を餌にして深海のサメを釣り、長い釣り糸で海面まで引き上げ、背びれの下にタグを取りつけた。

 グラブス氏はその後、同じ方法を使って、世界の5カ所の海域で20匹以上のカグラザメにタグを取りつけた。しかし、サメたちは深海から海面まで引き上げられることには耐えられても、その後数日間はいつも通りの行動ができないことに気づいた。そこでグラブス氏は、大胆な方法を思いついた。カグラザメが本来生息している深海で、潜水艇からタグを取りつけることはできないだろうか?

「できない理由」はたくさんあった。海洋技術学会によると、2017年の時点で、世界には科学研究用の有人潜水艇は14隻しかなかった。そうした潜水艇を使用するには、ボートでタグを取りつける場合とは、けた違いの費用がかかる。オーシャンXは費用についてはコメントしていないが、今回のプロジェクトに関与していないウッズホール海洋学研究所によると、55年前に建造された同研究所の潜水艇アルビン号の使用料は1日あたり4万5000ドル(約480万円)だという。さらに、自由に泳いでいるサメの場合、タグを正確な位置に取りつけるのは非常に困難だ。

泳いでいるサメにタグを

 グラブス氏は、ケープ・エルーセラ研究所のエド・ブルックス氏、ブレンダン・タルワール氏と協力してオーシャンXから支援を取りつけ、さらに、ムーア・バハマ財団とブルームバーグ慈善財団からも助成金を得た。彼らはエルーセラ島のエクスマ・サウンドという海域でカグラザメにタグを取りつけるため、ナディール号に2基の水中銃を搭載した。こうすれば、一晩に2回タグを発射することができる。

 支援と資源は確保できたものの、当初プロジェクトの成功はあまり期待できなかった。池でサメの死骸を使ってタグの取りつけを練習した彼らは、最初の航海での機会を見送った。大型のメスのカグラザメにタグを打ち込もうとした瞬間、サメが潜水艇に腹を向けたからだ。臓器を傷つけたくなかったため、彼らは発射を断念した。数カ月後の2回目の航海は、水中銃の誤動作のため失敗となった。そして6月、彼らは3回目の(そして最後の)航海に乗り出した。航海は4夜にわたって続いた。

 始まりは、またしても不吉だった。最初の晩はカグラザメの体が水中銃に触れてしまい、不発に終わった。次の晩はサメが現れなかった。3日目の夜には、カグラザメに向かってタグを発射した瞬間にハタが目の前を通りすぎ、貴重なタグの進路を妨害した。

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最後のチャンス

 6月29日はカグラザメにタグを取りつける最後のチャンスだった。ナディール号と研究船は次のプロジェクトに赴かなければならなかったからだ。潜水艇に乗り込んだ研究者たちは、外にぶら下げた餌にカグラザメが寄ってくるのを待ちながら、光を放つクダクラゲやツノザメ、教科書でしか見られないような幼魚などを眺めていた。

 フロリダ自然史博物館のフロリダサメ研究プログラムを率いるギャビン・ネーラー氏は、このときの様子を「お菓子屋さんに入った子どものように、うっとりと小エビを眺めていました」と振り返る。彼はその晩、水中銃の担当だった。

 科学者たちは前夜までの観察から、カグラザメが夜の9時50分ごろから急に活動的になることに気づいていた。その晩もやはり同じ時間にオスのカグラザメが潜水艇の横を通り過ぎ、海底の泥を巻き上げていった。サメの姿はよく見えなかったが、ネーラー氏はサメがいる場所を推定し、潜水艇を操縦するリー・フレイ氏に水中銃を準備するよう頼み、発射した。

 張り詰めた20秒間が過ぎ、研究船のミッションコントロールエリアで結果を待っていたグラブス氏らは、無線でフレイ氏の声を聞いた。

「こちらナディール号。大きいオスにタグを取りつけることに成功した」

謎に包まれた深海の世界

 ネーラー氏がカグラザメに取りつけたタグの寿命は3カ月。うまくいけば、タグは9月末にサメの体から脱落し、海面に浮上して、サメがどれくらいの深さまで潜ったか、そこはどれくらいの明るさだったか、水温はどの程度だったかを測定したデータをアップロードする。グラブス氏らは、その情報を使ってサメの行動を再現するつもりだ。

 長年にわたりピュージェット・サウンドのカグラザメを研究してきたシアトル水族館の研究キュレーター、ショーン・ラーソン氏は、タグが新情報をもたらしてくれることを期待している。「カグラザメの生態は謎に包まれています。このタグがサメの生息域を明らかにし、ひょっとしたら繁殖地の場所を教えてくれるのではないかと楽しみにしています」

 今回の成功は、潜水艇を使って深海の生物にタグを取りつけられることを証明した。彼らは、この成功をきっかけに、ほかの深海生物も自然な環境で研究されるようになることを期待している。海は地球表面の70パーセント以上を占め、その海の約3分の2は1500メートル以上の深さだ。ソナーを使って地図が作成された海底はわずか10パーセントで、科学者たちは、海洋生物の3分の2はいまだに発見されていないと推測している。

「海については、わからないことだらけです。私たちが知っていることのほとんどは、海面から500メートル下までの範囲で起きていることばかりです」と、ネーラー氏は話す。「深海を訪れると、そこはまったく未知の領域です。まるで18世紀の探検家になったような、魔法のような体験ができるのです」

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