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米西海岸からアワビが消える? ケルプの森に異変

  • 2019年9月9日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 アカネアワビと言われても、食べたことはもとより、聞いたこともないという人が多いかもしれない。このアワビは米カリフォルニア州北部に多く生息する巻貝の仲間で、岩にくっついてケルプ(海藻)を食べている。食材としても人気で、ホタテにも似た甘みのある繊細な味わいと言われる。

「食べたら、その美味に驚きますよ。魚は好きでないという人が口にしたとき、目を輝かせて『すごくおいしい』というのですから」。サンフランシスコの少し北に住むダイビング愛好家、ジョー・クレサリア氏はそう話す。「口に運ぶのもおそるおそるだったのに」

 しかし、海洋熱波、海水の酸性化、生息地の喪失、乱獲などが原因で、アカネアワビの漁場は減少している。このままでは、アカネアワビは食料源であるケルプの森を永久に失ってしまうかもしれない。

「私たちの生活には、大きなアワビくらいの穴がぽっかり空いてしまいました。残念なことです」とクレサリア氏は漏らす。

乱獲の果てに

 もともとアカネアワビは米国の先住民が収穫していたが、人気に火がついたのは、20世紀初頭に初めての漁場ができてからだ。1950年代から1960年代にかけて人気が頂点に達し、本職の漁師だけでなく、世界中からカリフォルニアの海岸にやってくるダイバーたちも、豊かなケルプ(海藻)の森にもぐってアワビを獲っていった。

 しかし、1997年には漁業が成り立つだけのアワビがいなくなり、漁場も閉鎖された。アワビを獲ることが許されるのは、クレサイア氏のような趣味のダイバーだけになった。

 理論的には、漁場の閉鎖によってアワビの数は回復するはずだった。実際、そうなっていた可能性もある。ならなかったのは、カリフォルニアの海が静かに変化していたからだ。

「アワビは、ケルプの森の健全性を示す非常によい指標です。食べものの量の変化に非常に敏感なので、私たちにとってはまるで炭坑のカナリアのような存在です」。米カリフォルニア州魚類野生生物局のローラ・ロジャース=ベネット氏はそう話す。「食料を肉などの別のものに切り替えられないので、アワビの数が減ったということは、ケルプの森に異変が起きているということなのです」

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環境の変化が追い打ち

 まるでドミノ倒しのように、さまざまなできごとがアワビの生息数を圧迫していった。

 2011年、カリフォルニア州ソノマの沿岸では、有害な藻類が大量発生する有害藻類ブルームによって、アワビを含む多くの海洋性無脊椎動物が死んだ。続く2013年には、「ヒトデ消耗性疾患」によってヒトデが大量死した。肉食性のヒトデには、ケルプを食べるウニの数を抑えるという役割もある。

 カリフォルニア大学デービス校の研究所で海洋生物に関する科学プログラムを統括しているジョー・ゲイドス氏は、公共ラジオ局ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)にこう語っている。「この病気は昔から存在しています。海水温が異常に高くなっていることで、ヒトデが病気にかかりやすくなったものと考えています」

 ヒトデの大量死は、棘皮動物(きょくひどうぶつ)であるムラサキウニの大量発生につながった。食欲旺盛なムラサキウニは捕食者がいないため急繁殖し、ケルプの森は急激に縮小した。その結果、アワビのエサも少なくなった。

 そこにやってきたのが、「ブロブ」と呼ばれる海洋熱波だ。

 2014年から2016年にかけて、カナダのブリティッシュコロンビア州の沿岸にブロブが形成され、それがカリフォルニア北部まで南下した。2016年には、ケルプの森はほぼなくなっていた。

「2013年の秋は、かなり長いこと天気のいい日が続き、嵐が起きませんでした」。米海洋大気局(NOAA)の研究者であるネイト・マンチュア氏はそう話す。「風が吹かないということは、水が循環しないということです。通常なら大気に放出される熱が、海水に蓄えられたままになったのです」

 マンチュア氏らが2018年1月に発表した調査によると、このブロブはさまざまな自然の要素が重なって発生したものだが、ここまでひどいものになった原因は気候変動だ。

 ブロブは他の要因とともにカリフォルニアに達した。そして、エルニーニョによってすでに暖まっていた海水と合流することになった。エルニーニョは、2年から5年おきに発生する現象だ。東から西へ向かって吹く貿易風が弱まった際に、西部にたまっていた暖かい海水が東に移動し、東部で冷たい水が湧き上がるのを妨げる。ブロブとエルニーニョが合わさった暖かい海水は養分が少なく、ウニによる被害を免れたケルプの生息に適した環境ではなかった。ケルプの森が消えれば、アワビも生き残ることはできない。

次ページ:未来を暗示?

不確かな未来

 2017年、カリフォルニア州漁業狩猟局は、2018年のシーズンは愛好家によるアワビ獲りを許可しないことを決めた。「極端な環境条件が続いている」という理由だ。2018年に行われた生息数再調査では、深海のアワビがほぼ全滅していることがわかり、2021年まで漁場の閉鎖を続けることが決まった。

 州魚類野生生物局のリードダイバーであるケイティ・ソウル氏によると、累計250時間以上におよぶ水中調査を経ても、沿岸部のアワビの生息数にはまったく改善が見られない。それどころか、逆に減少しているようだという。

「少し前は空の貝殻をよく見つけましたが、今は貝殻さえも見つかりません。たくさんのアワビなど、間違っても見られません」

 アカネアワビの漁場を訪れていた観光客やダイバー、漁師による経済効果は、年間4400万ドルだったと見積もられている。それが失われた今、この地域は変わったと人々は漏らす。

 かつて、4月1日はアワビ漁の始まりを告げるにぎやかな日だった。

「昔はダイビングへ向かう人が殺到していましたが、今は何ごともなく4月1日が過ぎていきます」。カリフォルニア州メンドシーノ郡に住むクリス・ブライアンズ氏はそう話す。

 環境条件が変わらなければ、ケルプが復活するかどうかは不透明なままだ。ケルプが戻ってこなければ、アワビの食料源は失われる。

 ロジャース=ベネット氏は警告する。「地球温暖化が進めば、海洋熱波が発生する頻度は上がり、熱波にさらされる期間も長くなり、被害を受ける場所も広くなるでしょう。まるで私たちの未来を暗示しているように思えてなりません」

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