サイト内
ウェブ

内戦で消えたライオン、なるか史上最大の復活作戦

  • 2019年5月22日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 その昔、ザンベジ川が流れるアフリカ、モザンビーク中央部の緑豊かな湿地帯に、トゾと呼ばれる狩猟民族が暮らしていた。村から少し離れた沼地にはバッファローが群れをなし、森にはゾウの足音が響き渡り、氾濫原ではライオンの群れが獲物を狩っていた。村を率いていたのは、偉大なる長のガラングイラだった。

 ある日、近隣の部族が大軍を送り込んできた。槍を持った12人の戦士がガラングイラの家を襲撃する間、残りの兵は近くで待機した。ガラングイラは勇敢に戦い、10人の敵を殺したが、あとふたりを倒すことができなかった。ガラングイラは槍を捨て、腕を上げて心臓の場所を示すと、さあ殺せと敵に告げた。敵の槍に貫かれて、ガラングイラは倒れた。

 ふたりの戦士がその場を去ろうとしたとき、突然、ガラングイラの体から大きなライオンが現れ、彼らの前に立ちはだかった。恐怖にかられたふたりの戦士は自軍の元へ逃げ帰り、不思議なライオンとトゾの人々の力について報告した。

 彼らの軍は、二度とトゾの村には現れなかった。

「ガラングイラの精霊のライオンは、今も近くにいて、わたしたちを守っています」。自宅の背後に広がる深い森の方を手で示しながら、ジョルジェ・トゾ氏はそう語る。彼はトゾ村の現在の長であり、ガラングイラの玄孫にあたる。

次ページ:「ただひとつ足りないのが最上位捕食者です」

 トゾ氏は、本物のライオンを最後に見たのがいつだったのか、はっきりとは覚えていない。

 彼が子供のころには、ザンベジ・デルタの湿地帯にはたくさんのライオンの群れがいた。しかし、1977年から1992年まで続いたモザンビーク内戦の間に、ライオンの餌となる動物が乱獲されたことから、その数は激減した。ライオンの危機は、アフリカ各地で起こっている。野生のライオンの数は過去20年間で42パーセント減少した。その原因は多くの場合、生息地がなくなったことだ。

 2018年、保護活動家、土地所有者、篤志家、モザンビーク政府は、ライオンが暮らせる土地を200万エーカー(8000平方キロメートル)増やすという野心的な計画を打ち出した。彼らは南アフリカの保護区から健康な個体24頭を選定し、モザンビーク中央部に再び配置することを決めた。ライオンの再導入計画としては、史上最大の規模となる。

 ライオンの新しい家となる予定のマロメウ動物保護区は、トゾの村のすぐそばにある。

「ただひとつ足りないのが最上位捕食者です」

 南アフリカの狩猟家のマーク・ホールデーン氏は、ライオン再配置計画の立案者のひとりだ。1995年に氏がモザンビーク中央部の狩猟コンセッション(民間運営権)区域「コウタダ11」を初めて訪れたとき、野生動物はほとんどいなかった。

 ホールデーン氏は、戦争で荒廃したモザンビークと縁を切りたがっていたドイツ人オーナーから、コウタダの運営権を購入した。当時、そこにはセーブルアンテロープが40頭ほどと、バッファローが1000頭ほどしかいなかった。森には小型の獲物を捕まえるわなが山ほど仕掛けられ、内戦の傷あとはそこら中に残っていた。

「滑走路沿いのレンガの壁は、銃弾に削られていました」とホールデーン氏は言う。「当時は、どこまで状況を改善できるかまったくわかりませんでした」

 一軒の狩猟用ロッジを運営しつつ、ホールデーン氏は時間と資産の大半を野生動物の復活のために費やし、バイクでのパトロールや偵察チームの導入などの密猟対策を導入していった。

「現在、このコンセッション区域には3000頭以上のセーブルアンテロープがいます」とホールデーン氏は言う。バッファローは2万5000頭以上だ。

「動物たちの数はほぼ完全に回復しました。ただひとつ足りないのが最上位捕食者です」

次ページ:死んだ人間はスピリット・ライオンになる

死んだ人間はスピリット・ライオンになる

 トゾの人々は、死んだ人間はスピリット・ライオンになると信じている。

「わたしの先祖の精霊はすべてライオンです」と、村の長であるジョルジェ・トゾ氏は言う。「もしわたしがスピリット・ライオンになりたければ、呪術医が森に入って神秘の棒をとってきます。それが実際に何なのかは、だれも知りません。そして呪術医が薬を作ります。その薬を飲めば、死んだときにライオンになります。スピリット・ライオンになったわたしは、ここにとどまって村人たちを見守ります」

 24頭のライオンの再導入計画を立ち上げるずっと以前から、ホールデーン氏とプロジェクトの協力者たちは、コンセッション区域内にある村の人々と話をしてきた。村人の中にはホールデーン氏のロッジで雇われている者もいるが、大半は自給自足の農業で生計を立てている。危険な捕食動物がもう一度森を歩き回ることについて、彼らはどう感じるだろうか。

「モザンビークの保護区域の大半には、人が暮らしています」と、マプト大学の獣医師で、プロジェクトの重要な協力者であるサミュエル・ビラ氏は言う。「ライオンをマロメウに戻そうと決めたとき、村人たちは安全面に不安を感じていました。ですから、まずは彼らの話を聞く必要があったのです」

 村人たちがライオンとの深い霊的な絆を感じていると知ったときには、とても驚くと同時にうれしかったと、ビラ氏は言う。「スピリット・ライオンの存在はおそらく、彼らが計画に賛成してくれた理由のひとつなのでしょう」

 村人たちと幾度も会合を重ねた後、長から直々にライオンたちへの祝福が与えられた。ただし、と長は警告した。最終的にライオンたちが生き延びられるかどうかは、わたしではなく、スピリット・ライオンが決めることだ、と。

後編につづく

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2019 日経ナショナル ジオグラフィック社