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新天地を求め大冒険に挑んだトラ、その悲劇と希望

  • 2019年4月14日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 若いオスのトラがインド北西部で冒険の旅に出たのは、約2年前のことだった。大人になりつつあるこのトラには、自分の縄張りを見つける必要があった。だが、トラが生まれたマディヤ・プラデーシュ州のラタパニ野生生物保護区には、34頭ほどのベンガルトラがいる。そこで自分の縄張りを見つけるのは簡単なことではなかった。

 保護区の面積は824平方キロメートル。職員たちはこのトラが移動していることを知っており、足跡や木に残った爪痕を追跡していたが、それも2017年12月にラタパニを出るまでの間だった。

 保護区の森を出て、何を頼りに新天地に向かっているのかはわからなかったが、このトラは最終的に300キロメートルほど移動して隣接するグジャラート州に入った。トラがここまで長い旅をするのは珍しい。グジャラート州のトラは、30年近く前に絶滅している。

 インドの上級森林官プラクリティ・スリバスタバ氏は、このトラが森から森へ移動し、イノシシやニルガイ(アジア最大のアンテロープ)を狩りつつ旅をしていたのではないか、と話す。同氏は、カルナータカ州にある野生生物保護協会(WCS)インド支部の責任者も務めている。

 グジャラート州を旅することは、人間が支配する場所に近づくことでもある。しかし、人間に見つかることはなかった。おそらく、昼間は人目につかない茂みに隠れて休み、夜間に移動していたのだろう。

 そして2月上旬、ある教師が道を渡っているトラを見つけて携帯電話で写真を撮り、その画像をシェアした。ニュースはあっという間に広がり、州の森林局は大規模な捜索を行った。

 トラを探すため、あたりにビデオカメラを仕掛け、捜索員も動員した。すると、写真が撮影された場所の近くで、ぬかるみに残る足跡と木についた爪痕が見つかった。

 6日後、1台のカメラがトラの姿をとらえた。その画像から、5歳から7歳くらいのオスのトラと判定された。

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「ライオンとトラとヒョウ」共存に高まる期待

 グジャラート州で最後にトラが目撃されたのは、1992年のことだ。この州では、トラの狩猟や密猟が横行し、毛皮や体の一部が中国で売られていたと考えられている。今回トラが見つかったことで、州森林局の職員はよろこびに沸いた。というのも、グジャラート州には、インドライオンとヒョウが唯一共存するギル国立公園がある。つまり、同州の首席森林保護官長アクシャイ・サクセナ氏がタイムズ・オブ・インディア紙に話したように、グジャラートは「ライオンとトラとヒョウ」がいるインド唯一の州となったのだ。

 このニュースが広まると、トラがさらに西に向かい、480キロ近く先のギル国立公園にたどり着いてほしいと望む声があがった。だが、ギル国立公園の森には、600頭近くのライオンとヒョウがいる。トラが共存できるのかはわからなかった。

 大型ネコ科動物の専門家で、インドネシアのスマトラ島でトラの研究をしていた英レディング大学の動物学者タラ・ピリー氏は、「獲物しだいでしょう」と話す。たとえ狭い場所であっても、「そこに十分な獲物がいれば、共存は可能なはず」だという。

 ギル国立公園は、チーク、アカシア、ベンガルボダイジュなどの落葉樹林、低木の林、そして広い草原が点在する1400平方キロメートルにおよぶ土地だ。「トラの生息に適した場所で、サンバーやニルガイ、イノシシもいます」とピリー氏は言う。ほかにも、トラやインドライオンの獲物となる動物がいる。ヒョウは、アクシスジカなどのもう少し小さい獲物を狙うという。

 かつて、インドや西アジア、中央アジアの多くの場所では、(厳密な生息地は違うものの)ライオンとトラが共存していた。しかし、1800年代末ごろには、狩猟と密猟によってほとんどが絶滅してしまった。さらに、農業、森林伐採、道路建設、人の移住と人口の増加などによって森林が減少し、獲物も生息地も失われた。

 マディヤ・プラデーシュ州のウッジャインの森で首席森林保護官を務めるB・S・アニジェリ氏は、トラが映った動画を改めて調査し、ラタパニの職員にはおなじみのトラであることをタイムズ・オブ・インディア紙に伝えた。

 マディヤ・プラデーシュ州の首席森林保護官長であるU・プラカサム氏は、トラを守りつつ追跡することをグジャラート州当局に依頼した。2つの州の間にトラが安全に移動できる道を確保すれば、メスのトラが続いて新たな世代が生まれるのではないかと考え、そのための方法を探る議論も始まった。

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大遠征の末の悲劇

 だが、歓喜と期待は唐突にしぼむことになった。教師がトラを撮影してからわずか2週間後、マヒサガーの森でトラの死骸が見つかったからだ。森林局のカメラに映っていた場所から、10キロ弱離れた場所だった。そこはゆるやかな斜面で、密猟者の手にかかった可能性も考えられた。

 ただし、初期の調査でその可能性は低いことがわかった。グジャラート州バドーダラー地方の首席森林保護官S・K・スリバスタバ氏は、インディア・トリビューン紙に対し、「トラに外傷はありませんでした。それに18本の爪、4本の犬歯、生殖器、皮もすべて無傷でした」と話している。

 それよりも毒殺された可能性のほうが高いと考えられた。というのも、タイムズ・オブ・インディア紙によると、森林局のカメラに映った日の翌日、このトラがウシの群れを襲おうとしたからだ。それを見つけた人々は、大声を上げてトラを追い払ったという。

 トラが実際に毒殺されたのかを確認するために、獣医師らが死骸から組織標本を集めた。だが、検死の結果からわかったのは、単なる餓死という別の死因だった。ウシを狙おうとしたのは、食事にありつこうとした最後の試みだったのかもしれない。

 トラの死骸は、インド国立トラ保護局の取り決めに従って焼却された。残った体の一部が売られることがないように。

失望の先に広がる希望

 トラの予期せぬ悲しい最期は、インド内外の人々を失望させた。だが、野生生物の保護に携わる人々は、今回のトラの大冒険に励まされ、希望を感じている。

 プラクリティ・スリバスタバ氏は、ラタパニに自分の縄張りを見つけられないトラがほかにも現れて、同じように別の場所へ移動しようとするかもしれないと言う。ラタパニの南や北東には森が広がっているので、隠れる場所もあり、獲物も見つけやすい。パンナのトラ保護区では、住みかも見つかるだろう。

 このトラが冒険に踏み出したころは、十分な食べものを見つけることができたのかもしれない。しかし、やがて安全な森から出て、大部分を人間が支配している場所に足を踏み入れることになった。このトラがグジャラート州にいた数週間、ウシを飼っていた人々は警戒する一方で、トラとライオン、ヒョウが暮らす森をもう一度見たいと願う人々は希望を感じた。結果的に警戒が解かれ、希望がかなうことはなかったが、次にトラが現れたらどうなるだろうか?

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