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インドネシアの蝶ハンターとミスター・ニシヤマ

  • 2018年7月27日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 オオルリオビアゲハはインドネシアのスラウェシ島、それも特定の標高にしか生息していない。そこは険しい岩山で、薄い表土は湿っていて、手や足をかけるたびに小さな土砂崩れが起きる。実際に谷間から苦労して山を登ってみると、ある種のチョウに驚くほどの高値が付くことや、希少なチョウが闇で取引されている理由がわかる気がしてくる。

 チョウを専門に捕獲するジャスミン・ザイヌディンが一瞬足を止めて、「あと少しだけ登ろう」と言った。生まれてから一度も島を出たことがない彼は、島の高山に生息するチョウを世界中のコレクターに供給している。

 ジャスミンの父は1970年代初頭からチョウの捕獲を始めた。一家が暮らしていたバンティムルン村は、英国の偉大な博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレスが19世紀半ばに訪ねたところだ。そのときのことをウォレスはこう記している。「オレンジ、黄、白、青、緑の艶やかなチョウの群れがそこここにいる光景は実に美しい。何百というチョウが驚いて一斉に飛び立つと、空中に色とりどりの雲ができる」

 父のやり方は素人同然で、家の近くで見つけたチョウを手当たり次第に捕まえては、外国人に売っていた。やがて、チョウについて島民より知識のある外国人が訪れるようになる。ジャスミンが子どもの頃、フランス人コレクターがガラス瓶にチョウを入れ、そこに麻酔薬としても使われるエチルエーテルを垂らすのを見た。

 それから数年たった1980年代、ジャスミンとチョウを結び付ける決定的な出来事が起きる。数人の日本人がスラウェシ島を訪れ、チョウについて質問して回っていたのだ。そのなかに、ジャスミンが「ミスター・ニシヤマ」と呼ぶ男性がいた。

 それから20年間、ミスター・ニシヤマは何度も島を訪れては、そのたびにジャスミンを連れて山へ探検に出かけた。彼は山を歩きながら、チョウについて詳しくジャスミンに教えた。飛翔や交尾、休息のパターン、何を好み、何を嫌がるか……。ミスター・ニシヤマがアジアを代表するチョウ収集家で研究家の西山保典だとジャスミンが知ったのはずいぶん後になってからのことだった。西山はスラウェシ島などで見つけたチョウに関して、本を何冊も書いている。

 今、インドネシアにはチョウの捕獲や販売、輸出を規制する法律があるものの、内容が複雑で、しかも抜け穴だらけだ。そのため絶滅危惧種であっても、商業目的で繁殖させたものであれば、売買が認められることがある。だが、捕まえられたチョウと繁殖させたチョウをどうやって見分けるというのか?

 市場を歩きながら、合法的な商売が行われる場所と闇取引が行われる場所は別なのか、とジャスミンに尋ねてみた。すると、彼は左右の腕を体の前で重ねた後、両手の指を絡ませた。合法と違法の取引が複雑に結び付いていて分けることはできないということだ。

 保護の対象となっているチョウが市場で売られているのを見つけたら、私に教えてくれないかと頼んでみた。

 ジャスミンは笑みを浮かべて並んでいる店の前を歩きだした。額などに飾られているチョウを次々と指さして、「これ……これ……これ」と連発する。結局、そこで売られているチョウの半分ほどが保護の対象になっている種のようだった。

 ワイシャツ姿のディーラーたちは、目当てのチョウを見つけると露店の裏にある部屋で交渉に入る。ジャスミンも購入の意思を示すと、店の奥に案内された。三角形のパラフィン紙が詰まった箱がいくつか出てくる。遠くの島々で少年たちが捕まえ、ブローカーが車で運んできたチョウがここに集まり、海外の買い手を待っているのだ。

※ナショナル ジオグラフィック8月号「チョウを捕まえる人々」では、珍しいチョウ捕獲の現場から収集家の手に渡るまでの取引を追いました

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