サイト内
ウェブ

ストローはこうして世界を席巻した、その短い歴史

  • 2018年7月11日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 2018年7月1日、米ワシントン州のシアトルがプラスチック製ストローの使用を禁止した。

 シアトルだけではない。大手コーヒーチェーンのスターバックスは2020年までにプラスチック製ストローの提供を徐々に減らしていく計画で、マクドナルドも英国とアイルランドの店舗でプラスチック製ストローを禁止すると発表した。他にもフードサービス会社や航空会社が同様の取り組みを発表している。

 こうした動きの背景には、ストローが世界の海で生き物たちを脅かしていること、そしてそれを何とかしたいという世間の要求がある。

 ある調査では、米国だけで1日5億本のストローが使用されているという。また今年初めには、世界の海辺が83億本ものストローで汚染されているという研究結果も発表された。

 毎年、800万トンのプラスチックが海へ流出しているが、そのうちストローが占める割合はわずか0.025%である。それでも環境問題でストローが大きな標的になっている理由は、大半の健常者にとって、ストローがなくてもほぼ困らないという点にある。使用をやめるのに、大した努力は必要としない場合がほとんどだ。

 しかし、なくても困らないなら、そもそもなぜストローはここまで浸透したのだろうか。

飲み物用の細長い筒

 プラスチック製のストローが発明されたのは最近のことだが、それよりはるか昔から、人々は細長い筒を使って飲み物を飲んでいた。5000年前にビールを醸造していた古代シュメール人は、貴金属でできた細長い筒を大きな壺に入れて、表面に浮いた発酵副産物の下にある液体を吸い上げて飲んでいた。

 1888年、米国のマービン・ストーンという人物が、初めて飲用ストローの特許を申請した。スミソニアン協会の文献によると、1880年の夏のある暑い日、冷たいカクテルを飲んでいたところ、ストローとして使っていたライ麦の茎が型崩れしてしまった。たばこ用巻紙の製造会社を経営していたストーンは、自分ならもっといいものを作れるんじゃないかと思ったという。

 早速、細長い紙を鉛筆に巻き付けて糊で貼り合わせ、紙製ストローの試作品を完成させた。1888年にこのデザインで特許を申請し、1890年には自分の工場で大量生産を始めた。

次ページ:プラスチック産業の隆盛

 曲がるストローが発明されたのは、1930年代に入ってからのことだ。自分の娘がまっすぐのストローからミルクシェイクをうまく飲めずに苦労しているのを見て、発明家のジョセフ・フリードマンにアイデアがひらめいた。ストローの中にネジを入れて、ネジの溝に合わせてデンタルフロスを巻き付け、その後ネジを取り出した。ネジの跡がついたストローは、破れることなく簡単に曲がった。フリードマンはこの発明で特許を申請し、フレックス・ストロー・カンパニーを設立した。

 曲がるストローに最初に目を付けたのは、病院だった。これなら、患者はベッドに寝たまま飲み物を飲むことができる。その後炭酸飲料やミルクシェイクにも使われるようになり、数十年で曲がるストローは全米に広がっていった。

プラスチック産業の隆盛

 紙製ストローが盛んに使われていた頃、米国ではプラスチック製品の製造も始まろうとしていた。

 1870年、ジョン・ウェスレー・ハイアットという米国人が、象牙など動物由来の素材に似せたセルロイドを使って、初めてのプラスチック製品を開発した。それ以来、家庭用品に使われるベークライト、ストッキングに使われるナイロン、軍用機に使われるアクリルなど、様々な合成樹脂が誕生した。

 耐久性に優れていて安価なプラスチックは、第二次世界大戦中に軍事用に大量に製造された。サイエンス作家のスーザン・フリンケル氏は、著書『Plastic: A Toxic Love Story(プラスチック:有毒なラブストーリー)』の中で、戦時中にできたプラスチックの製造インフラが、製品の供給先を突然失ってしまったと書いている。そこでメーカーは、当時成長著しかった「安価な消費財」の市場に目を向けた。戦時中の倹約生活から解放された国民は、より安いものをより多く求めていた。

「元気を取り戻した米国民の前に、安価なプラスチック製品が無限に並び、よりどりみどりの状態になったのです」と、フリンケル氏は書いている。

プラスチック製ストローの登場

 そうして、大企業が大量生産する使い捨て製品のひとつとなったのが、ストローだった。プラスチック製ストローの製造コストは、見る見るうちに低下した。紙製よりも耐久性があり、ファストフード店で出される紙コップの蓋の十字の切込みに破れることなく簡単に差し込める。1960年代には、プラスチックストローを大量生産する製造インフラが整うことになる。

 フリードマンのフレックス・ストロー・カンパニーは、買収された後、1970年代に全米有数のストロー製造会社に成長、今もプラスチック製品を製造し続けている。

「プラスチックのストローは、安いし質もいいですし、破れないという利点がありました」と、現在、紙製ストローを製造するアードバーク・ストロー社世界事業部のデビッド・ローズ氏は言う。「確かに安くて良い製品ではありましたが、当時は環境への影響について誰一人考えていませんでした」

次ページ:この先どうなる?

 ストローはさらに進化し、1980年代になるとジャンボストローや複雑に曲がったストローが登場する。

 社会は急速に便利な使い捨て製品を求めるようになり、多くの企業がその需要に応えた。世界最大手のプラスチック製造会社プラスチックス・ヨーロッパの報告書によると、世界的なプラスチックの製造量は1950年の1500万トンから、2015年には3億2200万トンまで増加した。

この先どうなる?

 世界は現在、プラスチック汚染から立ち直ろうとしている。

 企業や、地方自治体、国家までもがプラスチックストローの使用禁止を提案し、実行している。環境保護意識の高い消費者向けに、金属やガラス製のストローを製造する企業も出てきた。ただ、個人が使う分にはいいが、レストランにとっては使い捨て出来る紙やプラスチックの方が便利ではある。

 プラスチック製造会社などの業界を代表する米国化学工業協会でプラスチック担当副会長を務めるスティーブ・ラッセル氏は、ストローなど特定の製品だけに焦点を当てた規制は的外れであると主張する。

「個別の製品ばかりに気を取られていては、もっと必要な論点を見失ってしまいます。つまり、廃棄物管理を、それが必要な場所へいかに届けるかという問題です。ストローについては、自動的に提供されるのではなく、消費者が必要な時だけ手に入れられるようにすることが必要だと思います」

 ラッセル氏は、プラスチックごみの海洋流出を防ぐには廃棄物をしっかり収集することだとして、化学工業協会ではそこに焦点を当てていると話す。

 一方、環境保護団体は、使い捨てプラスチックの流通を終わらせることを究極の目標としており、そのためにも、プラスチック製ストローの使用禁止は重要な一歩であると主張する。

 7月1日にシアトルのストロー禁止令が施行された後、グリーンピースのケイト・メルジェス氏はテレビのインタビューに応え、「シアトルはプラスチック汚染に対して立ち上がり、何をすべきかについて明確な立場をとっています。それは、1回限りの使い捨てプラスチック製品の全面禁止です」

 アードバーク・ストロー社のローズ氏は、プラスチック製ストローがいつの日か過去のものになると信じている。2007年に紙製のアードバーク・ストローが発売された背景には、環境に優しいイメージを売りにしたい動物園や水族館、クルーズ船からの要望があったという。

 プラスチックストローがなくならない唯一の理由はコストであると、ローズ氏は言う。「紙製ストローは、どうしてもプラスチック製よりも製造コストが1本あたり1セントほど高くついてしまいます。大企業にとって、それは数億ドルという違いを生んでしまいます。けれども、海の環境に値段をつけることなどできません」

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2018 日経ナショナル ジオグラフィック社