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【解説】温暖化で生物は?人はどうなる?最新報告

  • 2017年5月2日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

 最初に反応したのはおそらく低木だった。19世紀、米国アラスカ州の北極圏のハンノキや、花をつけるヤナギは、幼い子どもの背丈を超えることはなく、高さ90センチほどしかなかった。だが化石燃料の消費で気温が上がり、生育期間が長びくと、倍以上の高さになって生い茂った。今、その多くは180センチを超えている。

 低木が大きくなると、ヘラジカがやってきた。20世紀以前には、アラスカ北部を東西に走るブルックス山脈をめったに越えなかった動物だ。現在、細長い脚のシカは北極圏の川沿いを闊歩し、深い雪の上に顔を出す植物が生えている場所ならどこにでもいる。ヘラジカに続き、低木の新芽を食べるカンジキウサギも現れ始めた。

 今では、ヘラジカとカンジキウサギはアラスカ北部で狩猟生活を営む先住民たちにとって欠かせない食料の1つとなっている。海氷が解けるせいで、アザラシなど昔ながらの獲物を追うのが難しくなっているからだ。

 これは、人間が起こした気候変動が動植物の生活を変えている数千例の1つにすぎない。その過程で人間にも直に影響が現れており、中には甚大な打撃もある。温暖化に合わせ、生き物は場所、時、方法を変えて繁栄すべく、より高い場所、より高い緯度を目指す。おかげで、人が食べられる物は変わり、新たな病気の危険が生まれ、主力産業がひっくり返り、文化全体が海や陸をどう使うかも既に変化している。

「私たちが論じたのは、地球全体における種の分布についてです」と語るのは、グレタ・ペツル氏だ。同氏が主著者となって野生生物の移動の実態を検討した最新の研究結果がこのほど科学誌「サイエンス」に掲載された。

菌も害虫も拡大

 かなり劇的な異変も既に見られる。例えばマラリアは今、コロンビアやエチオピアの高山地帯でも発生している。温暖化で、標高の高い所にも蚊が生息できるようになったためだ。死に至ることもあるリーシュマニア症は、かつては主に熱帯の病気だったが、米テキサス州北部にも入り込んでいる。病気の原因となる寄生虫の宿主、サシチョウバエが北上しているからだ。

 作物につく害虫が生息範囲を広げていることで、農業も影響を受けている。南アフリカでは都市部の貧しい農家が作っているキャベツ、ケール、カリフラワーを荒らすコナガが数を増やしている。ラテンアメリカでは、コーヒーノキにつく菌や害虫が今までいなかった地域にも現れ、主力産業を脅かしている。フランスのオリーブ、ワイン用のブドウ、ラベンダーも同じ状況だ。米国では、侵略性が極めて高い雑草セイバンモロコシが、気候変動によって急速に広がり、マメ類、トウモロコシ、モロコシ属、大豆の収穫減につながっていると科学者たちは考えている。

 一方、利益を得ている人もいる。タイセイヨウサバがこれまでよりもかなり北に広がったことで、かつては偶然かかるだけだったこの魚を、アイスランドの漁業者たちも獲れるようになり、ヨーロッパ同様に大きな収入源となっている。つまり、良くも悪くも(たいていは悪い方だが)、気候変動は既に重大な影響を野生生物に与えているということだ。

「生物学的データは衝撃的で信じ難いほどですが、その筋書きをまだしっかり見極められません」とペツル氏は言う。「私たちが今経験している環境システムの変化は、世界がこの数千年に目撃してきた中でも最大規模です。それが人にも影響を及ぼしています」

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半数の種の分布が変化

 気候条件が変われば生物種は生息範囲を変えるだろうと、科学者たちは昔から推測していた。ただ、そのペースがこれほど早いとは予想していなかった。

 世界の4000種以上に関する記録からは、その約半分が移動中であることが分かる。陸上の種は10年で16キロ以上移動しており、海中の種はその4倍もの速度だ。個々の種を見ると、さらに速いペースの者たちもいる。英国プリマス大学の科学者カミル・パルメザン氏によると、大西洋のマダラと欧州の蝶であるイリスコムラサキは、生息域の移動距離が10年で200キロを超えているという。

 温暖化は、生物学的サイクルのタイミングもずらしつつある。世界的に、カエルなどの両生類の繁殖期が10年で平均8日ずつ早くなっており、鳥やチョウでは4日だ。『ウォールデン 森の生活』の著者、ヘンリー・デビッド・ソローがつけていた記録を紐解いた科学者らは、米マサチューセッツ州コンコードの多くの植物が現在、1850年代よりおよそ18日早く芽吹くことを明らかにした。

「世界のあらゆる場所で、春の兆しが早くなっています。中国、日本、韓国、そしてヨーロッパ全域でもです。これは何よりも強力なシグナルです」と指摘するのは、米ボストン大学の生物学教授、リチャード・プリマック氏だ。「木々や低木が春にいつ若葉を出すかで、成長シーズンのタイミングが全て決まります。森の生態系を丸ごと作り変えてしまう可能性もあります」

 こうした異変の行き着く先は、簡単には予測できない。ある生態系の中で生息域や行動の時期をずらす種がいても、すべてが同じペースでずれるわけではないし、同じシグナルにいっせいに反応するわけでもない。温度変化に適応する者たちもいれば、むしろ日光や降水の増減に左右される者たちもいる。カリフォルニア州では、山地に生えるマウンテンヘムロックのような木がむしろ標高の低い、温度の高いところに移動している。気候変動によって、昔は乾燥していた谷で降水量が増えたためだ。コロラド州のある地域では、野草の花々が咲く期間が1カ月長くなった。以前のように、どの花も一斉に咲くわけではなくなったのだ。

 そして世界中で、新たな交雑種が現れている。今のところ記録されているのは、カエル、サメ、チョウ、クマ、マスなどだ。これまで出会うことのなかった種が気候変動によって接触し、交雑することで、こうしたハイブリッドが生まれる。

 生態学上の結びつきが断たれることで、危機に瀕する種もいる。その1例が、毎年春に熱帯から北極付近に渡り、繁殖して昆虫を食べる海岸の鳥、コオバシギだ。繁殖地での開花が早まり、コオバシギが到着する数週間前に昆虫も孵化してしまう今では、コオバシギの幼鳥の餌が激減してしまった。また、群れが西アフリカに戻っても、幼鳥のくちばしが小さすぎて、なかなか砂浜で貝類を取ることができない。

 同様にグリーンランド西部では、幼いカリブーの死亡率が上昇している。母親が出産シーズンに食べる植物が不足しているのだ。日本では、薬にもなる多年草のエゾエンゴサクが、マルハナバチが現れて授粉を始める前に開花し始め、その結果、種子の数が減っている。世界的には、マルハナバチは気温上昇によって南方の生息地にすめなくなっており、理由は不明だが北上もあまりしていない。

「バードウォッチャーであれ、漁師やハンターであれ、野外で時間を過ごす人なら動物の行動時期や移動状況が変化していることに気付いています」と、デビッド・イノウエ氏は言う。米メリーランド大学カレッジパーク校名誉教授のイノウエ氏は、ロッキー山脈で何十年も調査をしてきた。「社会全体が影響を受けているという事実が、より最近新たになってきたかもしれません」

 こうした種の移動はますます人に影響を与え始めており、特に最北の地で著しい。その様相は、誰も予想しなかったものだ。

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歌には登場しなかったクロテン

 フィンランドの団体「スノーチェンジ・コーポラティブ(Snowchange Cooperative)」と連携しているテロ・ムストネン氏は、シベリア先住民の指導者たちから奇妙な不平を聞いたことがある。「クロテンを歌った歌などない。クロテンにまつわる古い物語もない」というものだ。クロテンは森林地帯の動物で、北極ツンドラにはすんでいなかった。近年のクロテンの出現は、それ自体は大きな厄介事にはならないかもしれないが、象徴的だとムストネン氏は説明する。この地に何世紀も暮らしてきた先住民たちにとってさえ、どうとらえたらいいか迷うほど北極圏の景観が変貌しているということだ。スウェーデンには、長く「マツ林の湖」と呼ばれてきた湖があるが、今ではカバの木に囲まれている。

 変動によって大きな厄介事を引き起こしている例も、もちろんある。遊牧して暮らす先住民たちが魚を獲り、トナカイに水を飲ませていた湖が、永久凍土が解けたために消えつつある。スウェーデンでは、かつて飲み水に使われていた湖や小川が、今では下痢や腹痛などを引き起こす病原体で汚染されている。極北での病気の発生を追跡している科学者マリア・ファーバーグ氏は、ヤナギの北上について来たビーバーが病原体を持ち込んだのではないかと考えている。

 昆虫が媒介し、野兎病とも呼ばれる「ツラレミア」の発生は、スウェーデン北部ではこの30年で10倍に増えたとファーバーグ氏は報告している。2017年3月には、ロシアのウラル山脈の西側にあるコミ共和国でマダニが媒介する脳炎が23倍に増えたと、別の研究チームが発表したばかりだ。それによると、気候変動によってマダニの生息範囲が広がっているという。

 こうした異変により、特にシベリアやスカンジナビアの人々は不安にかられているとムストネン氏は言う。何人かの老人たちが彼にこう言ったそうだ。「自然はもう我々を信用していない」

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