花の周りに黄色や黒の虫が飛んでいるのを見て、「ハチだ!」という人も多いでしょう。しかしよく見てみてください。実はハチではなく「ハナアブ」だったということも多いのです。
「ハナアブってアブ? やっぱり刺すの?」と聞かれることもしばしば。実は奥深いハナアブの世界をのぞいてみましょう。
▲ツワブキの花にやってきたオオハナアブ。オオハナアブは秋に見られる大型のハナアブ。一見マルハナバチの仲間のように見えるが、毒針は持っていない。
本種をはじめ、秋にはツワブキの花を訪れるハナアブが多く、花の少ない時期に貴重な食事処になっている。ハナアブは大きく目立つ花、白や黄色の花などに来ることが多い
ハナアブはハエに近い
ハナアブは、ハエ目ハナアブ科に属するグループの昆虫です。ハエ目は、翅が2枚のハエやアブ、カ、ガガンボなどの仲間が含まれるグループです。ハナアブは、名前に「アブ」と付きますが、動物の血を吸うことで有名なアブの仲間ではなく、どちらかというとハエに近い仲間です。ハナアブ科は知られているだけでも日本に450種以上がおり、さらにまだ名前の付いていない種もあります。ハエの仲間は研究が進んでいないグループも多く、まだまだ多くの新種が見つかっています。
ハナアブは名前の通り花を訪れて蜜を吸う種がたくさんいます。成虫はハチに見間違えられるような黄色と黒の種がよく見られますが、全身が黒い種や金色の種などもいます。人を刺すことも血を吸うこともありません。
幼虫の姿もさまざまで、草の茎に付いているアブラムシなどを食べるヒラタアブ類の幼虫や、「オナガウジ」と呼ばれる呼吸管の長いナミハナアブなどの幼虫、そしてアリの巣の中で生活するアリスアブ(アリノスアブ)の幼虫といったように、各環境に適応しています。
ハチと間違えられることが多いのですが、翅の枚数(ハチは4枚、ハナアブは2枚)や、眼の形などで見分けることができます。スズメバチの仲間に似たナガハナアブ類など、飛んでいるときは羽音までハチに似た種もおり、一見区別しづらいこともあります。
ハナアブの多くは植物の花粉を運ぶ送粉者としての役割を果たしており、受粉への貢献度合いが高い生きものです。実は身近な環境の維持やヒトの暮らしにも大きく貢献しているであろうハナアブ、その生態や分類はまだまだ研究途上なのです。
▲ハエ、ハチの分類。ハエとハチは分類的には異なるグループ。ハエ目は大きくカに近い仲間(カ亜目)とハエに近い仲間(ハエ亜目)に分かれる。
和名の付け方は見た目の印象によるところがあり、カ亜目にケバエなどハエと名前が付くものがいたり、ハエ下目にハナアブなどアブと名前が付くものもいる
※研究の発展に伴い、分類が流動的に変更されている
▲ナミハナアブ(ハエ下目ハナアブ科)
複眼が大きく、ハエらしい顔をしている。ハナアブの口は他の多くのハエと同様に先が平たく、花の蜜などをなめやすい
▲ホソヒメヒラタアブ(ハエ下目ハナアブ科)
春先や秋に、花の周りなどで普通に見られる。より大型のミナミヒメヒラタアブなど、よく似た種がいる。
ハナアブを含め、ハエ目の仲間には似た種が多く、種名の確定(同定)が難しいものも多い
▲ミツバチの仲間
顔の両側に小さめの複眼がある。また翅をよく見ると、大小の翅が2枚ずつ、計4枚ある。むやみに人を刺すことはないが、腹部先端に毒針を持つ
血を吸うアブは?
いわゆる血を吸うアブとして知られるのはハエ目の中のアブ科の種です。ただし血を吸うのはアブ科のメスのみ。ヒトを刺すアブは口が尖っており、体がずんぐり丸く、触角が太く角状に見えるものが多いです。
アブに刺されるのを防ぐには、アブに使える虫除けスプレーが有効。もし刺された場合は、早めに水で洗い、ステロイド系の塗り薬を使うと良いでしょう。
▲アブの仲間(アブ下目アブ科)
体がずんぐり丸く、触角が太く角状になっている
▲ムシヒキアブの仲間(ムシヒキアブ上科ムシヒキアブ科)
口が尖っているが、こちらは普通ヒトを刺さない。体は比較的細長く、脚に棘が多い
熊澤辰徳
大阪市立自然史博物館
外来研究員、オンライン
生物雑誌『ニッチェ・ライフ』編集委員長