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津軽笛奏者・佐藤ぶん太さん、NY・カーネギーホールでライブ 思い語る

  • 2019年10月21日
  • みんなの経済新聞ネットワーク

 津軽笛奏者の「佐藤ぶん太、」さんが10月6日、ニューヨーク・カーネギーホールでライブ「Wind of Tsugaru(津軽の風) in New York」を行った。(弘前経済新聞)

 出演者のサイン入りのポスターを持つ佐藤ぶん太さん

 カーネギーホールは、ニューヨークのマンハッタンにあるランドマークして知られるコンサート会場。有名アーティストや名物のコンサート、ライブなどが開催され、多くのアーティストの目標になっている。佐藤さんにとっても一つの目標となっていた。

 2006(平成18)年に劇団四季などで演奏経験のあるベーシスト・えがわとぶをさんから「津軽笛奏者として独立するならカーネギーホールで演奏できるような奏者を目指せ」とアドバイスを受けたという。「先輩音楽家にアドバイスを受け、単純に目指すようになった」と佐藤さん。

 佐藤さんは青森・平川出身。9歳の時から津軽笛を始め、高校3年生の時に至上2番目の若さで登山囃子奉納本大会に優勝。同大会の6度の優勝経験を持つ。2011(平成23)年には3742人の笛奏者を集め、合同合奏者数ギネス世界記録を樹立した。

 津軽笛奏者として独立したのは2015(平成27)年。津軽地方に限らず、全国で横笛のワークショップや海外ツアーを企画するようになった。カーネギーホールでのライブはニューヨーク在住の作曲家でNPO団体「ミューズ」代表・北村ゆいさんの助けがあったという。

 北村さんとの出会いは、佐藤さんの幼なじみがイタリア滞在時にバイオリニスト・鷲見恵理子さんと知り合いになったことから。鷲見さんと同じジュリアード音楽院卒業生の北村さんと出会う縁につながり、交流が始まった。

 北村さんは2015(平成27)年に弘前を訪れ、弘前ねぷたに参加。弘前の経験をもとに作曲された「レッドアップル」は、佐藤さんが2016(平成28)年にニューヨークでジュリアード音楽院の学生たちと共演した。カーネギーホールでのライブはこの時に決まったが、計画は順調には進まなかった。

 カーネギーホールでは和太鼓の演奏に難色を示し、ライブは一時保留。佐藤さんは「津軽笛だけのライブであればすぐにできたかもしれないが、担ぎ太鼓を取り込み、祭りばやしそのものをニューヨーカーに伝えたかった。これだけは譲れなかった」と話す。北村さんの交渉によってライブは翌年に持ち越されることで実現することになった。

 ライブは、始まる前から成功しか感じなかったという佐藤さん。「リハーサルを重ね、演奏曲の仕上がりに自信しかなかった。共演した『LA MODA PIANO TRIO』とはカラオケに誘ってくれるほど、信頼関係を結べるようになった。人に恵まれ、応援してくれた人やご縁がライブを作った」と感謝を語る。「ライブ前日にえがわさんに連絡したら泣いて喜んでくれた」とも。

 ライブでは全17曲を披露。登山ばやし・下山ばやしや「ねぷた囃子」「ねぶた囃子」も演奏し、「ヤーヤドー」「ラッセラー」の「ねぷた・ねぶた」の掛け声を観客に求めた場面もあった。「ライブ中には鼻水をすする声が聞こえた。演奏後にはスタンディングオベーションをステージから見ることもできた」と佐藤さん。

 「『津軽の風』をニューヨークに吹かせることができたが、終わってしまったという寂しさがある」と振り返る。海外を含め、次につながる演奏の依頼がすでにあるという。

 今後について佐藤さんは「故郷・青森でカーネギーホールのリバイバル公演を行いたい。同時に、地域で失われつつある郷土芸能の復興や支援の先駆けとなるようなモデルとして津軽から発信したい」と意欲を見せる。

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