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あいさつスキルが上がる vol.26「考えごとで家事を楽しむ」 山崎ナオコーラのエッセイ

  • 2020年5月21日
  • レタスクラブニュース
雑誌『レタスクラブ』で連載中の山崎ナオコーラさんのエッセイ「考えごとで家事を楽しむ」をレタスクラブニュースでも特別公開!

家事に仕事に子育てに大忙しの毎日。実体験に基づいた言葉で語られるからこその共感や、生活を楽しむためのヒントが隠されています。

今回は、 vol.26「あいさつスキルが上がる」 の境目をお届けします。



 たとえ時短の工夫がうまくいって家事の時間が五分になったとしても、その五分が悔しいんだ。家電を取り入れることで労働の負担が減り、ストレスが軽減したとしても、軽いストレスだけでもつらいんだ、というところからこの連載はスタートしている。



 仕事をしている人は外の世界で刺激を受けて一分ごとに成長しているし、子どもたちは遊ぶだけでもどんどん成長していく。みんな、移動をしている。何かの能力が上がっている。そんな中で、家事をする自分は停滞しているように思える。家事はルーティンが多く、なんだか日々ぐるぐるしているだけで、同じ場所にいる気がしてしまう。何も能力が上がっていない。



 だから、時短だけではない工夫をしたい。家事をしながら何かを発見したり、考えごとで頭の体操をしたりして、「家事をすることで、人間として成長しました」「家事をしているうちに、違う場所に行きました」「家事によって、ある能力が上がりました」と言いたい。



 ところで、現代を生きる私たちがなんの能力を伸ばしたいかって、一番はコミュニケーション能力ではないだろうか?



 コミュニケーションの時代だ。人見知りの人だって、面白い人や個性的な人がいっぱいいるわけで、そういう性質だって貴重だが、コミュニケーション能力が高い方が生きやすいか、低い方が生きやすいか、で考えれば、やっぱり、高いに越したことはない。



 私はコミュニケーションが苦手だ。小学生の頃、クラスに一人くらい「学校にいる間は一言も喋らない」という子がいなかっただろうか? 私は、その子だった。家や、よく知っている人だけがいるところだったら喋れるが、学校では喋れなかった。高校まで、ものすごく大人しかった。大学時代、サークルに入って徐々に喋れるようになり、作家になってからは、自信がついたのか、「作家」という仮面で別人格になるのか、仕事相手と堂々と渡り合ったり、トークショーをしたり、ラジオに出演したりもするようになった。



 でも、大人になってからもプライベートでは、コミュニケーションを避けようとしてしまうときがあった。たとえば、マンションの自宅を出るとき、管理人さんが廊下を掃除しているのが見えたらそっとドアを再び閉じて掃除が終わってから出かけるようにしたり、同じ階の人の背中が見えたらできるだけゆっくり歩いて追いつくのを回避したりしていた。あいさつは緊張するから、しなくても済むならしたくない、とつい思ってしまう。タイミングや音量や表情が意外と難しい。



 もちろん、近くにいる人にはあいさつするし、遠くにいる人でも目が合ったらする。でも、「あいさつって上手くできないな、苦手だな」と心の隅っこで思いながらしてしまっていた。



 すると、子どももあいさつが苦手になってしまった。幼稚園に行ったとき、どうしても先生に「おはようございます」がスッと言えない。一所懸命に、あいさつのやり方や意味や重要性を教えるのだが、子どもは固まってしまう。



 ある日、幼稚園のお友だちのお母さんが、

「おはようございまーす」

 と私の名前を呼びながら、私の五メートルぐらい背後からあいさつしてきた。まあまあ距離のある後ろからの「おはようございまーす」からは相当なコミュニケーション能力が感じられた。



 そうか、私も変わらなければいけないのか。私は少しずつ、誰かに会ったら自分の方が先にあいさつの声を出すように、距離があってもあいさつしてみるように、努力を始めた。



 子どもだけでなく、私の人生も変わる。あいさつが上手くなったら、幼稚園の送り迎えで親の自分も成長できた、前とは違う場所に来られた、自分にもプラスだった、と思えるかもしれない。





<レタスクラブ’20 2月号より>



文=山崎ナオコーラ イラスト=ちえちひろ(レタスクラブニュース)

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