31歳で結婚し、仕事に邁進する日々。33歳で出産する人生設計を立てていたものの…気づけば30代後半!
いよいよ決断のとき…と思った矢先、なんと義父母の認知症が立て続けに発覚……
仕事はやめない、同居もしない。今の暮らしを変えずに親の介護は果たして可能なの…!?
話題の書籍「子育てとばして介護かよ」より連載5回連載でお送りします。今回は5回目です。
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もの忘れ外来に行ってみませんか?
「近々、受診したいと思います」
よっしゃ! 第一関門突破!!
でも、「家内もつれていきます」とは言ってくれない。そこで、もう一声プッシュしてみることに。
「できればご夫婦で一緒に受診していただくと、より安心かと思うんです。もしかしたら、おかあさんはイヤよっておっしゃるかもしれないんですけど……、自衛策はとっておいて損はないかなって」
認知症を疑っているわけではなく、あくまでも「備え」としての受診であることを強調する。
「家内のことは家内に聞かないとわからないので電話を代わります」
ダメか……。家長の〝鶴の一声〞で決めてくれれば話が早かったのに!
「もの忘れ外来? なんだか怖そうな名前ね。聞いてるだけでドキドキしちゃうわ。かえって調子が悪くなりそう……なんてね。ウフフ」
再び電話口に現れた義母はキャピキャピした口調で否定的な言葉を言い連ねる。今すぐ電話を切りたい。でも、ここで引き下がるわけにもいかない。義父への説明と同じ内容をひと通り伝えてみたけれど、義母にはまるで響かない。
「自衛策ねえ……きっと大事なんでしょうけど、病院に行ったら検査とかいっぱいされちゃうんでしょ? なんか怖いわよね」
おいおい、どこのかわいこちゃんだよ! 心の中で悪態をつく。このとき、義母は85歳。80代半ばにして、この女子力! あなたが繰り返し愚痴っている「2階の女性」の話のほうがよっぽど恐ろしいわ!
……とはもちろん言えないので、作戦を変更する。
「わたしね、この秋から大学院に通い始めたんですよ」
「まあ! ご専門は? どんなことを学んでいらっしゃるの?」
予想以上に食いつきがいい。義母はかつて英語教師として教壇に立っていた人だった。定年で職を離れたあとも独学で英語を勉強し続け、頼まれれば家庭教師なども引き受けていたと聞いたことがある。おそらく、学ぶことが大好きな人なのだ。そして、大学教授という権威を持ち出せば、聞く耳を持つのではないかという狙いもあった。
「年をとったらどんな問題が起きるのか、それをどうすれば解決できるのかといったことを研究する『老年学』っていう学問があるんですよ」
「これからますます重要になる分野でしょう。将来が楽しみね!」
「まだ入学したばかりでいろいろな授業をとってるんですけど」
「それはいいわねえ。まだまだ若いんだから、勉強がんばって」
案の定、義母はノリノリだった。あまりに手放しで喜んでくれるので少々面食らったほどだ。
「この間、授業で認知症の話がとりあげられていたんです」
「あら、そう。厄介な問題よねえ」
わたしの本題はむしろ、こちらだった。大学院の話は単なる呼び水だ。
「先生たちが言うには、もの忘れ外来って全然怖い場所じゃないらしいんですよ。
『一度行ってみると勉強になるよ』『80歳までにはぜひ経験しておきたいね』という感じなんですって」
授業で認知症について学んだというのは本当だが、先生たちのセリフは、その場でしれっとでっちあげた。
「みなさん、さすが好奇心が旺盛ね。わたしも行ってみようかしら。何ごとも人生経験よね」
「その通りです。おかあさん、さすがです」
よし、義母が乗ってくれた!
「くわしいことは、おとうさまに教えておいてちょうだい」
ここで義父にバトンタッチ。義父に受診候補の病院の情報を再度伝える。
「まず電話をかけて、『もの忘れ外来を受診したい』と伝える、と」
電話の向こうの義父はメモをとりながら、予約の手順を何度も復唱した。
「よかったら付き添いましょうか」
「いや、自分たちで行くから大丈夫です」
「あの、必要があったら時間調整しますので、遠慮せずに言ってくださいね」
「ありがとう。必要があれば、頼みます。今回は大丈夫です」
義父母だけで受診が可能なのか、うっすらとした不安はあった。ただ、ここからさらに付き添いの必要性を説得するエネルギーは残っていなかった。
「また何かあったらご連絡ください」
「そちらもお元気で」
あたりさわりのないあいさつで会話を締めくくり、電話を切った。通話時間を見たら、1時間半を超えていた。過去最長記録だった。
著=島影真奈美、マンガ・イラスト=川/「子育てとばして介護かよ」(KADOKAWA)