シドニー五輪では競泳2種目に出場し、伸びやかで力強い泳ぎでお茶の間を熱狂させた萩原智子さん。この夏には、長年温めてきた物語をすてきな絵本にして出版しました。絵本制作の原動力は、息子さんからの何気ない一言だった、という萩原さん。制作の裏話や、絵本に込めた母としての思いを聞きました。
子どもたちには、何か好きなもの、興味があるものを見つけてほしいな、と思います。それがきっと、いつの日か夢に繋がったり、目標になったりして、その子が頑張る原動力になると思うから。
そのために大人ができることは?
私は、もっと大人が夢を語ることが大切なのでは、と考えています。
子どもを持つと、自分は二の次にしがち。でも、大人が好きなことや興味のあること、そして夢を語り、そこにどう近づいていくかというプロセスをみせることは、子どもにとって道標になるのでは、と思っています。
こんなふうに私が考えるきっかけとなった出来事があります。
学校から帰宅した息子が、私の顔を見るなり、「ママって夢あるの?」と真顔で聞いてきたことがあったんです。「ねえ、大人って夢、あるの?」って。
そのときの私は、「また今度教えてあげる」と、ごまかしてしまった。かっこいいことを言わないといけない、と構えてしまったのかもしれません。
でも、そのことがずっと小骨のようにひっかかっていて、「なんでごまかしてしまったんだろう」「私の夢ってなんだろう」と考えさせてくれたんですね。
そして、この日の会話がきっかけとなって、ずっと心の中にあった「絵本を作りたい」という夢が現実に動き出すことになりました。
この夏に出版した『ぺんぎんゆうゆ よるのすいえいたいかい』は、ぺんぎんのゆうゆが水泳という好きなことを見つけ、仲間やライバルと出会って成長していくお話です。この絵本を通して、本当の強さ、本当の優しさとはなんだろうと考えるきっかけになればいいな、と思いながら物語をつむぎました。
たとえば、スポーツの世界では記録を出し、相手に勝つことは、わかりやすい強さです。でも負けたとき、相手を讃えられることも、強さであり、優しさだと思うのです。
相手を認め、讃えられるのは、そこに至るまでの努力がわかるから。それは、たとえ負けたとしても、同じように頑張った自分を認めることでもあります。
水泳を通して学んできたことを、こうして絵本という形にできたことは、私にとっても大きな喜びです。息子にも、夢にむかって頑張る母の姿を見せられたかな、なんて思います。
「相手を尊重すること」「自分を大切にすること」は、子どもたちがすこやかに生きるための土台となるものですね。
そのためには、男女の体の違いをお互いに知って、認め合うことも大切だと考えています。
学校の性教育は、いまだに男女別々の教室で行うことが多いようです。でも、自分は男性だから、女性の体のことは知らなくていい、ということではありませんね。
息子は現在小学校4年生ですが、小学校1〜2年生のころから、生理についても包み隠さず話しています。月経の仕組みを絵を描いて説明して、生理は赤ちゃんが生まれるために必要なんだ、ということを伝えました。
息子を見ていると、正しい情報をきちんと伝えれば、体の変化についてマイナスに捉えたり、恥ずかしいと思ったり、タブー視することは起こらない、と実感します。
私自身も、どんなふうに伝えるのがいいか、正解を持っているわけではありません。ただ、子どもが疑問に思ったとき、自分や友だちの体の変化が気になったとき、変に構えたり、隠したりすることのないよう、準備はしておきたいと思い、男女の身体について学べる絵本も用意しました。
オープンに、親子で学べるような場がもっとたくさん出てくるといいですね。
『ペンギンゆうゆ よるのすいえいたいかい』著/萩原智子著 イラスト/うよ高山 1,650円(文芸社)
Amazonで詳しく見る萩原智子(はぎわら・ともこ)●1980年生まれ。2000年のシドニー五輪で競泳日本代表として2種に出場し、入賞。現在はスポーツアドバイザーとして、スポーツ団体等の役員を務めながら、萩原智子杯水泳競技大会の開催やメディア出演、講演活動等を行う。一児の母。
撮影/目黒-meguro.8- ヘア&メイク/山下光理 取材・文/浦上藍子