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義母は眉を深く寄せて言い放つ。「出ていきなさいよ、この家から」|うさぎの耳〈第七話〉谷村志穂

  • 2024年6月18日
  • 暮らしニスタ

「何を考えてるの?断りもなしに。美夏さん、あなた、すぐに下りてらっしゃい」

夜半に、二階に金切声が響いたのは、それから程なくのことだった。

ちょうど、風呂上がりの理玖を寝かしつけたばかりだった。

着飾った義母は、句会の帰りだ。句友から、隆也が公開捜査されていることを、その場で知らされた。

「まさか、お宅の息子さん、ではないわよねって、これ、渡されたわよ」

義母が、紙切れの端を持って、激しく揺らす。

わざわざ、手渡されたというコピーを見せられた時、眠りかけだったのもあって、また、どうでもいい、という言葉が出そうになった。

「そうですよ。そのまさかです」

義母が何かを言いかけたので、先に遮った。

「お義母さんは、もう隆也が見つからなくていいんですか?このままずっと知らないふりをするんですか?」

なぜ、ここへ来ても世間体だけなのか。

「馬術部の仲間たちが、手分けして探してくれているんです」

「恥ずかしいったら、ないじゃないの。皆さんにも迷惑をかけて。なんでそんな貧乏人みたいな頼み方をして、家の恥を晒すのかって、訊いているのよ。探偵でも雇う手もありましたわよねって、朝香さん方も呆れてたわよ。よくも断りもなく」

そういえば、フェイスブックには探偵会社から営業のメールも入っていたという話を思い出した。

「もう幾つも情報が来ていて、可能性が高い先には同期が出向いてくれるとまで言ってくれて。もう少ししたら、お義母さんにもお話しするつもりでした」

義母はこちらに、眉を深く寄せて言い放つ。

「出ていきなさいよ、この家から。あなたも、赤ん坊も籍を抜いて出ていけばいいじゃないの」

出ていけと言われても、行けるはずがない。だから、今は開き直るしかない。理玖を守って生きていく方法が、今すぐはそれしかない。

「今日はもう遅いんでまた明日、話をさせてください」

背中に続く言葉に逃げるように部屋に上がると、コップに注いであった温んだ水を飲み干した。

両手をばんざいして眠っている理玖の健やかな寝息。隣に体を横たえると、小さな息子の放つ生命力に包まれていった。

そして同時に、勝手に芽生えた空想の中の嫉妬の炎だけが体の中で燃えているのに気づく。

立ち上がって窓から下を覗くと、タイサンボクの花がまだ咲いていて、落下した花もなお白く美しく樹木の周囲に落ちているのが見えた。そういえば、白いお花を頭に載せたパペットも、以前、莉子に見せてもらったのではなかったか。

この家は不思議だ。樹木が茂っている。樹木を枯らさない場所や家には、繁栄がある、その言葉を急に信じたくなる。

樹皮が、月明かりに白く発光していた。

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谷村志穂●作家。北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの作品がある。映像化された作品も多い。

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