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Vol.152 涼しくなるのも自分なりのやり方が楽しいはず

  • 2014年8月7日

 みなさん、こんにちは。ゴスペラーズの北山陽一です。

涼をとる 8月に入って、陽気はいよいよ夏真っ盛りという感じですが、こういう状況にあってはこの連載で取り上げている話題の流れからすれば、「電力は足りるのか?」「節電対策は十分か?」といった話について考えるというのがいいのかもしれません。実際、エネルギーを効率的に消費するという観点から考えれば、「節電のために、できるだけエアコンは使わないように」といった大ざっぱなスローガンに引っぱられるよりも、例えば30度くらいでずっとエアコンをつけっぱなしにしているほうが効率はいいとか、そういうテクニカルな対処をいろいろ研究してみることも大事だと思います。ただ、僕自身の肌感覚的なレベルの話としてはそれ以前に、「暑いのって、そんなに大変なこと?」という感覚もあるんです。公共交通機関やデパートでは、僕の感覚からすると「やたらと」という感じなんですが、かなり強力に冷やしてますよね。意味がわからない、と思うんです。それどころか、その冷やしてる分だけ外気が熱せられているということを思えば腹が立ちます。もちろん、熱中症や熱射病は怖いです。でも、その対策という以上の冷やし方だと感じます。あるいは、そういう対策とは別に公共交通機関やデパートで快適に過ごしてもらうためにはあれくらいの温度設定が求められているという意見もあるかもしれません。でも、それは僕に言わせれば、生物としての許容範囲よりもはるかに狭く快適ゾーンを設定していますよね。僕らはもう少し緩く広く、それにいろんな方法で快適さを感じることができるんじゃないのかなあと思うんですけど。同じ意味で、個々人の暮らしのなかで、「あぢ! あぢ! あぢ!」と言って、家に帰って来たらすぐにエアコンのスイッチを入れるというのはどうなんだろう…ということも、個人的には感じます。涼を取る、体を冷やす、ということなら、例えばバケツに水を入れて足を突っ込むとかのほうが良くない?と思うんですよね。ちなみに、僕はそういう場合、熱めのシャワーを浴びます。

 落語にはそういう人がけっこう登場しますが、暑い時期に熱いものを飲んだからって、いっそう暑くなるということはないですよね。冷たいものを飲んだら、それはそれで気持ちいいかもしれないけど、その分、体は冷えてあまりいいことはないっていうのもこれまた事実で。体に必要か?という観点だけで考えれば、それはおそらく必要ではないですよね。僕自身は内臓を冷やし過ぎないように、あるいはノドを冷やさないように、ということで飲み物に氷は入れないようにしていますが、例えばみなさんが暑い時期にトレッキングしていて、きれいな水が流れている沢に出くわしたときに、「冷たくておいしいから、ゴクゴク飲んでください」というガイドさんはいないですよ。むしろ、「一気に飲むと体に良くないから気をつけてください」と言われると思います。

 こういうふうに書いてくると、「北山さんはストイックだから」みたいな話になるかもしれませんが、例えば僕が食事制限を続けていることに対して「ストイックですね」と言われることには違和感があるんです。だって、僕は求めている声の状態をキープしたり体のコンディションを整えたりするのに役に立っていると信じているので食事制限をやっているわけで、そこで感じる感覚というのは「我慢している」というよりも「うれしいことを手に入れている」という感覚のほうが強いんですよ。つまり、禁欲的であるどころか、むしろ自分の楽しみのためにどん欲なんだろうと、自分では思ってるんですが。

 それはともかく、暑い季節に快適な涼感を得るのも、自分なりのやり方をみつけるのが楽しいし、おそらくはいちばん快適です。一見良さそうに見えても、人のやり方をマネすると、結局は人のやり方だから、どこかで何かを我慢することになるんですよね。

 最後に、この夏の個人的な涼アイテムをひとつ。カフェインレスのコーヒーを凍らせておいて、それを豆乳に入れて、時間が経つほどに濃くなるカフェオレ、という形で飲んだりしてます。暑い日に窓全開で体を冷やす。僕としては少しいけないことをしている感じで楽しんでいます。興味のある方は、お試しあれ。

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