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Vol.79 ラオス・ベトナムの旅 その1

  • 2015年3月12日

 1週間ほど、ラオスとベトナムへ行ってきました。ラオスでは、4/22に発売される新しいアルバム「ゴマサバと夕顔と空心菜」のジャケット撮影を敢行。ラオスに長期滞在しているデザイナー・イラストレーターのオグロエリさんと一緒に、首都ビエンチャンと、郊外のルアンパバーンをまわりました。

デザイナー・イラストレーターのオグロエリさん

 ラオスはタイ、ベトナム、カンボジア、中国に囲まれた、海のない国です。大きさは日本の本州くらいで、人口は約650万人。暑季と雨季と乾季に分かれていて、今は乾季ですが、1年を通して暑く、訪れた2月でも30度を越える日がほとんどでした。

ラオスの地図

 今回の旅では、アルバムのタイトルからイメージして「アジアの食材」が溢れる場所で撮影してみたかったので、いくつかの市場を訪ねました。まずはビエンチャンの街の中心にあるタラート・クアディンという市場へ。中に入ると、区域ごとに、洋服、靴、日用雑貨、精肉、野菜という風に景色ががらりと変わっていき、どこも人で賑わっています。

 撮影初日は、ラオスに住む20代の日本人リュータくんも同行し、車の運転を担当してくれたので、ビエンチャンのいろんな場所をまわれました。トゥクトゥクという3輪タクシーに僕が乗って、それを後ろから車で追いながら撮影してもらう、なんてこともしましたね。オグロさんとリュータくんがよく買物にいくという別の市場にも出かけたのですが、常連ということで市場で働く人たちも撮影に協力的で、とてもいい写真が撮れました。

ビエンチャン市場

 ラオスは19世紀の終わりからしばらく、カンボジアやベトナムに続き、フランスの植民地になっていました。やがてアメリカやソ連などを巻き込んだ内戦の末、1975年にマルクス・レーニン主義のラオス人民革命党により、王制が廃止され、ラオス人民民主共和国が樹立されます。厳格な社会主義国家としてスタートしますが、徐々に経済や外交の開放化・自由化を取り入れ、現在のラオスへと至っています。

 そんなフランスの影響もあってか、パリの凱旋門をモデルに建てられたパトゥーサイは、とても大きくて見事でした。上まであがると、ビエンチャンの街が一望でき、車がたくさん走っているのが見えます。それでも、10年前は車を所有している人は一部の富裕層のみで、非常に少なかったそうです。その後、投資の拡大で景気が徐々に上向き、それと同時に街が様変わりしていったとか。給料は10倍に増え、人々の多くは農業などの第一次産業から、モノや食品を加工する産業、そしてサービス業などに変わっていきました。

パトゥーサイ

 そんな都会での仕事の歴史がまだ浅いせいか、レストランやお土産屋さんなど、どこのお店を回っても、いい意味で仕事の緊張感がない人がちらほら(笑)。あくまでも生活の延長線で、リラックスして働いているのが良かったですね。ラオス人は家族をなによりも大切にするそうです。

 食事は、ティップ・カオという竹の入れ物に入った、もち米「カオ・ニャオ」が主食。少量を手に取ってピンポン球より少し小さい丸を手の中で作り、「ラープ」という肉や魚のミンチと野菜を炒めたものを、一緒に指でひとつまみして、口に入れます。とても美味しい!

タート・ルアン、ワット・シーサケート

 初日は他に、タート・ルアン、ワット・シーサケートなどの寺院もまわりました。最後にメコン川の夕日を撮影したかったのですが、夕立に遭ってやむなく断念。この日の撮影は終了しました。次回は翌日に移動した、ルアンパバーンの様子をお伝えします。どうぞお楽しみに。




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