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Vol.71 もたない男

  • 2014年11月6日

 Vol.67で、家にあるすべての持ち物をすべて倉庫に預け、一旦ゼロにする「365日のシンプルライフ」という映画を紹介しましたが、究極の断捨離=ミニマリストが増えている昨今、気になったタイトルに魅かれて、一冊読んでみました。「じみへん」というシュールな漫画で有名な、漫画家の中崎タツヤさんのエッセイ、「もたない男」です。

 中崎さんが漫画を書くために借りている部屋は、漫画家のなかで一番シンプルな仕事場と言われているそうです。インテリアは学校用の机と椅子(背もたれ無し)のみ。仕事道具はペンが5本と消しゴムと定規、国語辞書にペンケース、老眼鏡、以上。ほかには寝袋があるくらいで、壁際には一切何もなく、がらんとしています。時計はなく、エアコンのリモコンが時計代わりです。

 でもモノを買わない主義というわけではなく、意外と新しいモノ好きで、買う時はつい衝動買いしてしまうそうなのですが、その代わり捨てるときは躊躇なくどんどん捨ててしまいます。捨てては同じものを買うこともざらで、それでも常に、何か捨てるものがないかと探しているそうです。

 捨てるのが好き、という言葉にハッとしました。僕も今年になって、貯まってきたモノを一気に整理するようになって、捨てるもの、売るものを家の中でしょっちゅう探している自分がいました。棚から出したり戻したりしてはその場で悩んで、まるでショッピングをしているかのように、家の中を歩き回ります。でもなんだか、それが一種の快感になるときがあるんです。

もたない男

 一度思い込んだら止められない、強迫観念が強い傾向が僕にはあるのかもしれませんが、それでも中崎さんにはかないません。少しでも無駄だと思うものは捨ててしまうそうなのですが、たとえば本を読むとき、ある程度読み進むと、そこまでのページをビリッと破って捨ててしまいます。仕事用のボールペンのインクが無くなってきたら、無くなった目盛りの部分までペンをカッターで切って、短くして使っていたこともあったそうです。無駄の観点がときにピンポイントすぎて、ついつい笑ってしまいます。

 しまいには、あるときから自分の原稿はすべてシュレッダーを通して、捨ててしまっているのだとか。紙にどんどん書いては、書き終わったら端から食べていく山羊を想像してしまいました。ご自分では”スッキリ病”と呼んでいるそうですが、ただの観念だけではなく、いつ振り返ってもそこに道はなく、前へ前へと突き進んでいく強い意志を感じます。

 かなり以前ですが、僕にもモノを極力持たない友人がいて、その彼の家へよく遊びに行っていました。彼はアートディレクターのような仕事をしていたのですが、部屋には棚はひとつもなく、仕事の資料や雑誌が乱雑に床に積まれていました。それと寝る用のマットレスと布団と、最低限の服があるくらい。そのアパートには庭があって、たびたび野良猫が来たりして、ゆっくり時間が流れているなぁ、いいなぁと少し憧れていました。

 僕はといえば、一人暮らしを始めた18歳のときから、服やCD、レコード、楽器が多く、モノに囲まれていました。壁は棚で埋め尽くすのが当たり前と思っていて、あらゆるお店の陳列棚のような部屋にしたかったのを覚えています。あれからいくつ買って、捨ててきたのでしょう。あのとき持っていたものが、今ひとつでもあるのかな、とちょっと思ってしまいました。

 「じみへん」は、よくある定型とは違った15コマ漫画で、25年前から書き続けられています。「そこまでやるか、、、」「それを言っちゃぁ、、、」という風に、人間模様をあえて極端に描いて、人の弱さや愚かさに笑いを与えてくれます。限りなくモノの無い部屋で、ひたすら同じ作風を貫くという、作り手の頑な信念。もうひとつのシンプルライフを見ました。




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