Vol.42 南の島の大統領

　先日「南の島の大統領」という映画を見に行きました。この映画の主人公は、インド洋に浮かぶ島国モルディブ共和国に新しく誕生した大統領、モハメド・ナシード氏。彼が前政権を倒し2008年に大統領に就任してから、2009年に行われたコペンハーゲン気候変動枠組会議（COP15）においてさまざまな行動を起こすまでの、約1年間のドキュメンタリーです。
　COPといえば、具体的な温室効果ガス排出削減目標を各国に課した京都議定書はCOP3なので、それから10年以上経っているにも関わらず、世界全体の二酸化炭素の排出量は増える一方。それもそのはず、この10年で世界経済はさらに巨大化し、人口も10億人増えているのです。それなのに世間の人々の話題からは、地球温暖化や気候変動への関心が遠のいているように感じます。そして、僕もそのひとりかもしれないと、このところ考えていました。ここで帯をぎゅっと締め直し、原点に立ち返る意味でこの映画を見ようと思いました。
　この映画の音楽は、環境保護に対し常に深い関心をよせているレディオヘッドが、たくさんの有名な楽曲を提供するなどの全面協力をしています。さらに、深い青が冴える海の姿や神秘的な珊瑚礁の数々を捉えた映像の美しさだけでも、十分に堪能できる映画になっています。

　今まさに起こり続けている地球温暖化の影響のひとつとして、南極大陸や山脈の氷が溶けることによって起こる海面上昇が叫ばれています。モルディブは国土の平均海抜が約1.5メートル、気候変動により海面が1メートル上がれば、国土の80%が海に沈んでしまいます。
　モルディブの海岸はすでに浸食され始め、大きなヤシの木が足場を失って根っこを支えきれず、どんどん倒れはじめています。僕のミュージシャン仲間でも数年前にモルディブを旅した人がいるのですが、やはりヤシの木が倒れていたり、砂浜が何メートルも後退してしまったところがたくさんあって、大きな問題になっていると語っていました。
　ナシード氏は小島嶼国（しょうとうしょこく）連合＝AOSISを動かし、インドや中国といった発展途上国のなかでも経済成長著しい国に対して、二酸化炭素の排出削減をもっと強く発言しようと呼びかけます。小さい国だからこそ強気で行けば行くほど国際社会が守ってくれるというメリットを、うまく生かそうとします。ほかには、閣僚全員ダイビングスーツに身を包んだ「水中閣僚会議」を企画したり、COPという多国間の交渉の場にいながら「気候とは交渉できない」と発言するなど、瞬発力のあるアイデアが随所に散りばめられています。僕は、彼が自分から変えていきたいこと、伝えたいことに対して、どのような手段を選べばより説得力が高まるか、訴求効果があるかというのを凄く分かっている人だなと思いました。そしてその能力は、彼が若い頃からあらゆる危険をかいくぐってきたなかで培ったものだということ。きっと、この映画を見れば誰もが納得すると思います。
　僕の見た回では映画のあとに、モルディブに30年近く住んでいらっしゃる、シナモンハウス代表の阪本時彦さんのお話がありました。1978年に阪本さんは、米を現地に送る業務と泳ぎの先生としてモルディブに渡ったそうです。（モルディブは海に囲まれていても、漁師以外はうまく泳げる人が少ないのだとか。）また、日本のODA（政府援助）による学校や堤防がたくさんあるそうで、2004年のスマトラ沖地震による津波でもその堤防に助けられた地域があるということでした。
　ほかにはナシード氏が大統領として当選した際の話も、モルディブでの生活のなかでの身近な体験として聞くことができました。それまで長きに渡り独裁状態だったガユーム政権に一度は破れたものの、その票が過半数には達していなかったので再び選挙となり、反ガユーム派で団結し連立を組んだ結果、ナシード氏がみごと当選したそうです。
　ナシード氏は自身が中心となって生まれたモルディブ民主党＝MDPを発足させるまでの政治活動のなかで、たび重なる投獄、拷問、政治亡命などの過酷な状況を乗り越えて大統領になりました。しかし実は、その後の2012年のはじめに辞任しているのです。それは、とある裁判長逮捕の事件をきっかけに、当選時の連立が崩れ、その座を追われてしまったからなのだそうです。そして今年2013年の9月、まさに今、次の大統領選挙が行われようとしています。モルディブに民主主義を根付かせ、環境分野について広く世界に発信したナシード氏が再選されるのかどうか、今後のニュースに注目したいと思います。

　映画「南の島の大統領」は新宿K’s cinemaで上映中です。そしてこの秋以降は順次、東京以外でも上映予定のようです。気になる方は、ぜひ見に行ってみてください。