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Apple Watchはニセ科学を超えられるか? 3つの新研究で挑むこと

  • 2019年9月22日
  • Gizmodo Japan

Image: Elena Scotti/Gizmodo US (Photo: Wikimedia Commons)

婦人系、心臓、聴覚、ってテーマだけじゃなく、やり方、伝え方も。

先日の新Apple Watchの発表では、Apple(アップル)のイベントではお決まりですが、イントロが感動的なプロモーション動画でした。動画にはApple Watchユーザーが何人も登場しましたが、その中に「妊娠中、Apple Watchのおかげで心臓の異常がわかった」と語る女性が出てきました。女性は急きょ病院に向かい、お腹の赤ちゃんは助かったそうです。Appleは発表の中で、Apple Watchから集まるユーザーのデータを使い、3つの医学研究に取り組むことも発表しました。

…という具合にApple Watchは、というか他のウェアラブルデバイスもそうですが、「健康を支えるプロダクト」として売られています。しかもAppleの場合、新しい医療研究に自ら取り組むことで、「単にウリ文句で健康推ししてるんじゃないですよ」と言いたいみたいです。

発表イベントではあまり深く突っ込んでませんでしたが、プレスリリースによれば共同研究パートナーにはそうそうたる医療機関が名を連ねていて、研究テーマは女性の健康、身体機能と心臓、そして聴覚の3つだそうです。研究には新たに加わるResearchアプリが使われ、ウェアラブルセンサーを使った研究としては史上最大規模になるかもしれません。

この研究から新しい機能とかガジェットが生まれる可能性もあります。でも医療機器を作って売るには当局の承認も必要だし、そういう直接的なメリットよりAppleが求めているのは、「研究に裏付けられている」「世の中の役に立ってる」っていうイメージを持ってもらうことじゃないでしょうか。

健康ガジェット? 医療機器? ぼやける境界

Appleの研究には具体的な手法とかわからない点も多いんですが、多くの競合他社と違い、Appleはサイエンスを重視しているように見えます。10年ばかり前にFitbitが生まれたあたりから、「健康増進」はウェアラブルデバイスのコアとなってきました。最初は運動系のトラッキングがメインでしたが、最近は健康全般をモニターして、なんなら命をも救うという方向へとシフトしつつあります。Jupiter Researchは、2023年までにヘルスケア系ウェアラブルデバイスは600億ドル(約6.5兆円)市場に成長すると予測しています。

ただ問題は、ウェアラブルの定義が変化することで、あってもなくても生死には関わらない健康ガジェットと、シリアスな病気の治療とか診断に使う医療機器の境界が曖昧になっていくことです。何がニセ科学で、何がちゃんとした根拠に裏付けられたものなのか、どんどんわかりにくくなっています。

あやうい裏付け

特に婦人系テックに関しては、その傾向が顕著です。月経トラッキングアプリがいろいろ出てますが、中にはあやしげな根拠を元に「避妊に役立つ」とうたうのもあります。今年5月、避妊の精度が99.4%とうたっていた婦人用体温計・Daysyが炎上したんですが、それは彼らが根拠にしていた論文が、彼らに都合よくデータを取捨選択したものだと発覚したからです。その論文は撤回され、現在はDaysyに対する集団訴訟を視野に入れた調査が進んでいます。

大手のウェアラブルデバイスメーカーがやってることも、そういう意味でひっかかります。FitbitやGarmin、Polarはそのデバイスの中で、睡眠に関して独自アルゴリズムに基づいたアドバイスをしています。GarminとPolarは、血中酸素濃度に基づいて運動に対するアドバイスをしています。こうした機能は、中には科学的な知識に基づくものもありますが、公に評価できる研究に基づいてはいません。

たとえばPolarのスマートウォッチ・Igniteは「Nightly Recharge(夜間リチャージ)」を測れる、とされていて、これは自律神経の沈静度と睡眠の深さを組み合わせて、運動強度をアドバイスするというものです。なんとなくソレっぽいんですが、Nightly Rechargeの仕組みについては、Igniteの製品ページ上でたった3文で説明されているだけです(サポートページにはもうちょっと情報があります)。「運動後のリカバリー」ってのはそもそも本当でしょうか? Polarによれば答えはイエスで、彼らはそれをブログ記事にもしていますが、外部の専門的な情報源には言及してなく、基本的なコンセプトを言い換えているだけです。Nightly Rechargeにはある程度意味があるのかもしれませんが、それを証明する裏付けがなければ、使う側も納得しにくいです。

とはいえ、Apple以外の会社が研究をちゃんとしてないというわけじゃないです。Polarには、彼らが参加する研究を紹介するしっかりしたページがあって、技術の裏付けとされるものもそこに載ってます。Polarの製品は、いろんな臨床研究の中で心拍数を測る手段としてもよく使われています。他の会社にもちゃんとした専門家チームがいて、顧問とか監修みたいな人たちも付いています。彼らのセンサーの多くは精査され、科学的なテストも経ています。でも今彼らが売り込んでいる機能の多くは、誰がどんな研究をどんな風にしてそこからどう製品化したのかといった大事なディテールがわからないままです。メーカーの言うことがちゃんとしたテストに基づいてるのかどうか、ユーザーが自分でチェックする方法がないんです。

Appleの違い

そういう意味で、Appleのアプローチは他社と違います。彼らはハーバード大学T. H. Chan公衆衛生大学院とか米国立衛生研究所(NIH)、米国心臓協会、ブリゲム・アンド・ウィメンズ病院、ミシガン大学という著名研究機関と組んでいます。Appleはすでに以前スタンフォード大学医学部と共同でApple Heart Studyを実施し、Apple Watchのデータを使って心房細動を検知できるかテストしていました。Apple Heart Studyの予備段階での結果は発表されているし、この研究がApple Watch Series 4でのECG機能開発につながっています。今回Appleが発表した3つの研究の詳しいことはわかりませんが、Apple Heart StudyのFAQからは、彼らが臨床の方法論やプライバシーをちゃんと重視していることが読み取れます。

「(ウェアラブルデバイスは)消費者の世界の中で急速に成長している市場ですが、きちんと設計、査読された研究は遅れています」

米国産科婦人科学会の遠隔医療担当理事を務める医師、Nathaniel DeNicolaは語ります。しっかりテストさえすれば、コンシューマー製品で患者さんの状態をモニタリングできるようになり、遠隔医療を大きく進化させられるんです。

「本当に恩恵を受けられる部分に対して科学的な精査が行われているのは、良い進歩です」とDeNicola氏は言います。

「遠隔医療に真に期待されているのは、ケアの水準を高めることです。これまで長いこと何でもありでしたから、そろそろしっかりした証拠が必要です。」

Apple Watchでどこまでできる?

Appleの研究で医療の専門家が求めてきた証拠が得られるかもしれませんが、Appleが答えていない疑問もまだいくつかあります。というのは、Apple Heart Studyだったら、ユーザーが1日着けているApple Watchに心拍計が内蔵されているから、研究するのもわかるんです。でも聴覚とか婦人系とかに関しては、データの取り方がそこまで直接的じゃありません。WatchOS 6には騒音レベルモニタリング機能が入ってますが、周りの音のデータを記録しても、Appleなりそのパートナー機関なりがユーザーの聴覚のデータを一定期間監視していなければ、音データだけでは意味がないです。婦人系にも同じことが言えて、Appleは「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とか不妊、骨粗鬆症、妊娠、更年期といった症状のスクリーニングやリスク診断の情報を提供」したいそうですが、Apple Watchで骨の状態をどれくらいトラッキングできるのかは疑問です。PCOSに至っては、正確に診断されるまでに平均2年、複数の医師にかかってようやくわかると言われているのに、Apple Watchでどこまで把握できるのか…謎です。

Appleにこれらの研究についての情報を求めたところ、中の人は「より詳細なことは、年内にこの研究とアプリがローンチするときにお知らせできる予定」との答えでした。

課題の多い婦人系アプリ

婦人系に関しては、月経トラッキングアプリのことをいろんな医師に聞いてみました。全体的に共通する意見は、この種のアプリにはかなり問題がある、ということです。

「(Appleの研究の)計画の中にはAppleのCycle(月経トラッキングアプリ)に関する研究が入っているのかどうか、もしそうだとしてどこに重点を置くのか、よくわかりません」

グットマッカー研究所の上級研究員、Chelsea Polis博士は言っています。

「この記事に書いたのですが、AppleのCycleアプリの排卵タイミング予測がどれくらい正確なのか、判断するための情報が限られているのです。この研究で、もっと透明性が高まればと思います」

Polis氏はまた、この研究のやり方の詳細がわからなければ、Apple Watchを装着してCycleアプリを使うだけで婦人系の健康状態のスクリーニングができるのか、見きわめは難しいと指摘しています。

前出のDeNicola氏も同様の懸念を表しつつ、こうも付け加えました。

「妊娠しやすい時期を予測するアプリの精度は低いんですが、それだけではPCOSとか更年期といった症状に関してまったく役立たないとは限りません」

月経不順の女性の場合、診断をするにはそのパターンを見極める必要があります。DeNicola氏は、本人が月経の日にちをきちんと覚えていない場合、きちんとデジタルに記録を残しておければ曖昧さを解消できると言います。そうすれば、症状の見きわめにかかる時間の短縮につながります。

データのバイアス

Apple Heart Studyは、新しい3つの研究の進み方を占う手がかりになります。この研究には15カ月かかり、参加者はiPhoneとApple Watchに専用アプリをダウンロードしていました。異常な心拍が検知された参加者の一部は遠隔医療提供者につながれ、心拍監視用にePatchを装着するよう求められました。参加者は研究期間中Apple Watchを身に着けていること、3つの短いアンケートに回答することが求められました。

これから始まる3つの研究でも、Apple Heart Studyと同等またはもっと深い参加が必要になるかもしれず、でも参加者への報酬はゼロかもしれません。AppleはApple Heart Studyの実行にお金を出していましたが、それは参加者への報酬ではありませんでした。一般にこうした研究活動の参加者には報酬が支払われることが多く、米食品医薬品局(FDA)にはそのガイドラインもあります。もちろん研究参加は強制じゃないので、無報酬でも参加するかどうかはユーザー自身の判断です。ただ、研究に使うデータがほぼ自己申告であることが結果にどう影響するのか、Appleとかそのパートナー機関が何らかの方法でデータの妥当さを担保するのか、などはわかりません。理想的には、この研究結果が査読付きの医療論文誌で公開されるとか、ニュースでちょろっと出てくる以上のレベルで公開されるとかが良いと思います。

「自己申告データにバイアスがかかるのは、確かです」DeNicola氏は言います。「十分な量のデータがあれば、それでも傾向は見えてくるし、それがノイズを排除するひとつの方法です。」

研究には体力が必要

と、いろいろ課題はありますが、Appleがこの研究を無事やりとげ、データのバイアスとかにもちゃんと注意を払って、画期的な発見につなげることができれば、他の健康テック企業とは大きな差を付けられることでしょう。他社だって裏付けをとるべくがんばってほしいんですが、臨床研究にはお金がかかります。Appleには底なしの資金と人脈があるのに対し、FitbitやGarmin、Samsung、Polarといった競合はそこまでのリソースがなく、不利な戦いです。もっと小さなブランドやスタートアップには、もっと不利です。このことは、人命を救う新製品を開発しようとするテック企業が直面する最大のハードルかもしれません。

Apple Watch Series 4で取り入れられたECG機能が良い例です。この機能はApple Heart Studyに裏付けられていて、FDAからの承認も素早く下りました。その後ECG機能は、Withings Move ECGとかSamsung Galaxy Watch Active2といった他社製品にコピーされました。Withingsのほうは規制の落とし穴にはまり、Galaxy Watch Active2のECG機能も、もっと研究が進むまでは使えるようになりません。先日ドイツ・ベルリンで開かれたIFAでもECG機能を目玉にする健康テック企業がうようよしてましたが、中には当局の承認を受けてないものがいくつも見られました。

裏付けと、その情報提供を

そんなわけで、Apple以外の会社はAppleほど素早く動けてないのですが、それでもFDAの承認手続きを進めていたり、または研究に取り組もうとしていたりするのは心強いです。スマートウォッチでECG機能を使う必要があるのかどうか、そこはまだわかりません。ECG機能を持つウェアラブルデバイスが普及するとヘルスケア業界全体にどう影響するのか、それもわかりません。でも少なくとも、FDAの手続きとかオープンな研究とかがされていれば、「これって裏付けあるの?」と思ったときに調べることができます。

前出のPolis氏は、婦人系テクノロジーの欠陥は深刻な影響をもたらしうると言っています。だって排卵日予測を過信してたら、うっかり妊娠、とかもありうるわけです。Polis氏はこう語ります。

「Appleが業界をリードできるのは、質の高い科学的研究をするという面だけではありません。『月経トラッキングアプリがどう使われるべきで、どう使われるべきでないか』というコミュニケーション、啓蒙をしっかり行っていくことも重要です。それによって、他の企業もこの種の問題により慎重に取り組むようになるかもしれません。」

Source: Apple、Jupiter Research、BuzzFeed、Polar、Stanford Medicine、Medium

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