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大ヒット漫画から怪談・雪の話まで—— 歴史小説家が選ぶ「涼」を得るための5冊

  • 2022年8月18日
  • GetNavi web

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは「涼」。まだまだ、猛暑が続きますが、古今東西、硬軟織りまぜて谷津さんが選んだ5冊を眺めつつ、暑さをやり過ごしてみませんか?

 

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暑中お見舞いを申し上げます。

 

いやあ、暑い。実に暑い。去年の秋、都心から田舎に引っ込んだこともあり、「今年の夏は少しは涼しく過ごせるかしら」と甘く見ていた己の浅慮を深く羞じるものである。日々、お節介にも画面の左下で暴力的な数字を示し続けている温度計から目を背けつつ、扇風機で火照った体を冷やしてパソコンのキーボードを叩いている次第である。きっと皆様も相当難渋しておられよう。改めて、心よりお見舞い申し上げる。

 

織田信長に攻められた快川という僧侶が、兵火が迫った際「心頭滅却すれば火もまた涼し」と述べたとする逸話がある。どうやら後の世に作られたものらしいのだが、一方でわたしたちの心に生きた成語ともいえる。とはいえ、逸話の快川和尚のようにそこまでエキセントリックに割り切れぬのが凡夫の哀しさ。そこでわたしは別の手段を取る。暑いときだからこそ、涼しい話をしようではないか。

 

というわけで、今回の選書テーマは「涼」である。

 

目で見て「涼」を楽しむ一冊

まず、ご紹介するのは『雪と氷の図鑑』(武田康男・著/草思社・刊)。本書はその名の通り、世界中の変わった氷や雪をカメラに収めた写真集である。普段見慣れた霜柱から、諏訪湖の御神渡り(真冬、凍結した湖面に亀裂が走り、そこが凍りついて盛り上がる現象)といったメジャーなものや、バイカル湖のしぶき氷、氷の花、ジュエリーアイスといった見慣れないものまで網羅的に紹介している。

 

本書は写真を集めているだけではなく、一見しただけではどのように生成されたのか理解が及ばぬ氷、雪の現象に対するコラムも充実しているのが特徴の一つである。御神渡りのメカニズム、氷河生成や霜の発生、積もった雪の性質などについても平易に知ることができるのだ。もちろん知識を得るのにもいいが、少し手が空いた時にパラパラと眺めるのも面白い。自然の織りなす奇景、美に触れることのできる一冊である。

 

江戸時代・苛烈な越後の冬を愛でる本

お次に紹介するのは古典から。『北越雪譜』(鈴木牧之・著、岡田武松・監修/岩波書店・刊)。江戸時代後期に刊行された越後国(今の新潟県近辺)の地理書、風土書である。そう書くと、「読みづらそう」と尻込みする方もあるかもしれないがご安心いただきたい。江戸期の一般向け書籍はそこまで古語然としておらず、じっくり読めば案外読めてしまう上、当時の挿絵も復刻されていて、挿絵を眺めるだけでも面白い。

 

そうして本書に目を通してみると、あまりに苛烈な冬の有様が浮かび上がってくる。雪と共に生き、雪に苦しめられ、長い冬の中で生きる人々の雪との関わりが縦横無尽に記されている。最初の内は「大袈裟な」と思うかもしれないが、本書が刊行されたのは江戸時代後期。当然原動機や高性能の防寒具は存在しない。一見すると「盛っている」ようにも見える越後の生活がやがてリアルに立ち上ってくるに至り、人間のたくましさを再確認することができるはずだ。もっとも、本書は越後というワンダーランドを愛でる本として読むのが正道であろう。今でも新潟県は石油、天然ガスの産地だが、江戸期においても既にそれらの存在は広く知られていた。当然本書でもその存在が語られていたりする。新潟県を知る一冊としてもお勧めである。

 

物語は熱いが、舞台は寒い! 大ヒット漫画

お次は漫画から『ゴールデンカムイ』(野田サトル・著/集英社/刊)。日露戦争帰りの元軍人だった杉元が、ある儲け話を耳にすることから血みどろの黄金争奪戦に身を投じることになり、アイヌの少女、アシリパ(リは小文字)と共に駆け回り、ときに戦い、ときに当地の食材に舌鼓を打ち、ときにめくるめく変態に遭遇する、ノンストップアクション漫画である。いや、今更本作を紹介するのかよ! とツッコミが聞こえてきそうだがご寛恕頂きたい。

 

本作は愛するものの順番を巡る物語なのだとわたしは考えている。たとえば主人公の杉元は、愛した人のためにまとまった金を欲しつつも、アシリパや仲間たちとの日々を通じて人生の喜びを少しずつ取り戻しているように見える。そんな二つの愛するものの間で杉元は葛藤し、自分なりに優先順位をつけている。しかし、そんな順位は時と場合に応じて変わるモノだ。だからこそ葛藤するのである。本書の登場人物の多くは、様々な愛するものを抱え、どれを優先すべきかいつも葛藤し、その葛藤がストーリーを転がしていく。だからこそダイナミックな作品となってわたしたちの胸に迫り来るのである。

 

え? 今回の選書テーマ? ああ、本作は北海道から樺太(サハリン)の冬から春にかけての光景を描いているため、常に雪景色である。涼を得るにはもってこいの漫画であろう(お話そのものは大変熱いのだけれども)。

 

海を想い「涼」を得つつ、日本海を改めて知る一冊

夏で涼を得るといえば海。いや、海は暑いか。それはさておき。次にご紹介するのは『日本海 その深層で起こっていること』 (蒲生俊敬・著/講談社・刊) である。本書はその名の通り、科学的見地から日本海に迫った一般向け科学書籍である。本書によれば、日本海は閉鎖的な海なのだという。日本海から開かれているいくつかの海峡は地球規模で見れば非常に浅いくせに、海そのものは深い。そのため、他の海と比べても海水の循環が早く、他の海の雛形として観察することができるのだという。つまり、日本海を知るということは世界を知るということでもあるということだ。

 

そんな海が日本の西側にある(正確には日本列島によって東の境界が形作られている)とは、と驚きが隠せない。海は地球温暖化をはじめとした気候変動や気象変化にも重大な影響を与えていることがわかっている。つまり、日本海を知るということは、明日のわたしたちの運命を決めることでもあるのだ。皆さんも雄大にして小さな日本海の風景を思い浮かべつつ、本書を手に取っていただきたい。

 

夏の定番「怪談」で涼を求める

最後は小説から『短編アンソロジー 学校の怪談』 (集英社・刊)をご紹介。本書は気鋭の作家たちによる怪談小説集である。本書は「ホラー」ではなく、「怪談」なのがミソである。どういうことか。「ホラー」と「怪談」は同じようでいて、ちょっと違う意味空間を持っているものなのである。本書に参加する作家たちはその違いを知悉した上で、それぞれの「怪談」を語っている。

 

見慣れた通学路に這い出る怪異を描いた「いつもと違う通学路」(瀬川貴次)、少女の自意識の歪みと怪異の結節点を描く「Mさん」(渡辺優)、ジュブナイル的な子供の世界と少し不思議な怖さを描く「七番目の七不思議」(清水朔)、怪異の影に覗く演劇の魔を描く「軍服」(松澤くれは)、作中で設定づけられている前日譚をあえて語らないことで作品に奥行きを生んでいる「庵主の耳石」(櫛木理宇)、学校の怪談的な意味空間に寂寥と孤独の色味を追加した「旧校舎のキサコさん」(織守きょうや)。そのすべての作品にそれぞれの滋味と凄みがある。アンソロジーという性質上、新しい贔屓作家の発掘にももってこいである。怪談で涼を求める、クラシカルな夏を送りたいあなたに。

 

 

夏は暑い。

当たり前といえば当たり前である。

とはいえ、暑いからといってお天道様に水をかけるわけにもいかないし、お天道様のなさりようを恨んでも仕方がない。そういうときは大人しく、家に籠もって大人しく過ごすのが一番である。そう、そんなときには本を片手に過ごすのも、また一つの選択肢なのである。

 

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【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新刊は『宗歩の角行』(光文社)

 

 

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