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「お前は精子からやり直せ!」怒髪天の妻から、ただただ罵倒される映画監督の日常

  • 2022年8月17日
  • GetNavi web

「足立 紳 後ろ向きで進む」第28回

 

結婚20年。妻には殴られ罵られ、ふたりの子どもたちに翻弄され、他人の成功に嫉妬する日々——それでも、夫として父として男として生きていかねばならない!

 

『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『喜劇 愛妻物語』で東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。2023年のNHKの連続テレビ小説『ブギウギ』の脚本も担当。ドラいま、監督・脚本家として大注目の足立 紳の哀しくもおかしい日常。

 

【過去の日記はコチラ】

 

7月2日(土)

息子をママ友に預け、アフレコ(映像に合わせて声だけ録ること)へ。

 

約3か月ぶりに会う少年たちは雰囲気も声もかなり変わっていた。みんなどこか大人びた感じになっているのは頼もしいが、声がこれほどまでに変わっているのにはビビった。というかマイッタ。この年代はわずか数か月でこんなに変わるのだな。あの可愛かった高いキンキン声はどこかへ行き、早くもオッサンへの第一歩を踏み出したダミ声がかすかに混じっている。みんな永遠にかわいくいてほしいなどと親目線のようなことを思う。アフレコしようと思っていたいくつかの部分は、やはり現場の声を使うことにした。もはやつながらないレベルだったからだ。

 

しかし、私の息子も間もなくこういう声になり、私とじゃれあってくれることもなくなるのだろう。それは我慢するが、「おい、オヤジィ! てめえムカつくんだよ!」などと言って殴らないでほしい。

 

7 月3 日(日)

朝から灼熱地獄。午前中、息子を友達と遊ぶ公園へ送り、娘は友達と区民プールへ向かった。今日は久しぶりに『喜劇 愛妻物語』の上映。柏にあるキネマ旬報シアターへ妻と向かう。上映後に妻とトークをするのだ。多くのお客様に見に来ていただき、質問の挙手もバンバンあがり、とても楽しい時間を過ごせた。

 

江崎支配人はアップリンク渋谷の上映の時もお世話になったのだが、込み入った質問が面白く、また客席から司会をしてくださるので自然と目線は客席に向かうため、このやり方はとても素晴らしいのではないかと思う。おのずとお客さんからの質疑も増える。

 

その後、私と妻はキネマ旬報のKさん、江崎支配人と劇場近くの居酒屋で一杯飲む。こういう飲みの場も久しぶりでとても楽しい時間だった。

質問がこんなに出たトークイベントは初めてかも知れません。大変楽しかったです。足立の書いたしょーもない原作本も皆様に買っていただき、感謝しかありません!(BY妻)

 

7月4日(月)

台風接近。朝から低気圧で雨模様。そして息子の脳調も不調。起きるなり「学校行きたくない……」とのこと。ほっとけば行くと言うかなと思ったが、結局休んだ。

 

私が仕事をしている横で、ヘッドフォンをつけて、パソコンでホラー映画を観ている。時々笑ったり、「うわ、これは痛い……これは酷いよ。ねえ父ちゃん、斧でかち割ったよ」などと誰かが惨殺されているであろう場面などで言葉を発したりはするが、やはり休んでしまったことへの罪悪感、自己嫌悪の空気が見え隠れする。これもきっと、「体調が悪くないのに休むことは良くない」という価値観を我々親が植え付けてしまっているからだ。

 

価値観を変えたり、知らない生き方を受け入れるのはなかなかに難しい。それをできない人を世間では「おっさん」というらしい。私もばりばりの「おっさん」だ。

 

7月6日(水)

難民認定の下りない外国人の方とお会いする。日本でのはっきりした立場もなく、どうにも身動きがとれずとても困っていらっしゃる。母国には宗教上の理由で帰ることはできない。編集室に使っていた2階の部屋が空いたのでそこに住んでいただくかもしれない。これからの話し合いを重ねるが。

 

私がこういったボランティアに関わろうと思うのは、こういったことを全然知らないし、知る上での勉強がとても苦手で、どうしてこうなっているのかが分からない。ましてやそうなってしまった方の苦しみを想像はできても実感できないからだ。関わったからと言って実感できるとは思わないが、とにかく困っているのだし、少しでも助けになりながら何かを知ることができるかもしれない。それに映画やドラマのネタにいつかなるかもしれないという邪な考えも大いにある。

 

2016年のドイツ映画『はじめてのおもてなし』(監督:サイモン・バーホーベン)は面白かった。私は勉強が苦手だし(ナマケモノではない)動きや考えの鈍い人間なので、機会があれば実践していくしか世の中を知るすべはない。

 

 

7月8日(金)

午前中、ファミレスで仕事をしてそのまま近所の銭湯のサウナへ。私はファミレスへはスマホを持って行かない。なのでサウナの中にガラス越しに設置してあるテレビのニュースを見て驚いた。というか動揺に近い感覚になったのだが、元首相の安倍晋三氏が撃たれた。いつも頭の中は空白な私だが、いつもとは違う空白な感覚で、テレビ画面を見続けていた。

 

なんとなくだが、ワールドトレードセンターに飛行機が突っ込んでいる映像とか、東日本大震災の映像を思い出す。あのときも、ただただ頭が空白になりつつ、心臓がバクバクしていた。起こるはずがないと思っていたことが、こうも短いスパンで起きてくると、もう次は戦争か……と思ってしまう。

 

夕方、「亡くなった」とテレビで知った。どうなってしまうのだろうと思った。それはやっぱり9月11日や3月11日のときにも思った。それぞれが後の世の中に影響を当然及ぼしていると思うが、特に9月11日は憎しみと悲しみがより人を分断して、そのまま世の中が継続している状態のような気がする。けど、それはそのもっともっと前からずっとそうなのかもしれない。7月8日というこの日も、これから先しばらくはずっと報道され続けるだろう。ニュースではさっそくこの事件をテロだとか民主主義への挑戦だとか言っている人がいる。その感覚は、実は私と同じくらいこの事件をあまり実感できていないのではないかと感じてしまう。

 

7月9日(土)

ただただ繰り返される昨日の映像に、「見過ぎないように」みたいな注意のテロップが出てくるが、その通り具合が悪くなるので、見るのをやめる。子どもにも見せたくない。

 

娘の中学の保護者会へ行く。9月の修学旅行の説明。行けるのだろうか……。娘は1年生のときも2年生のときも宿泊系のイベントは全部コロナで中止になった。1年のサマーキャンプも、2年のスキー教室もとても楽しみにしていた。今回も中止になったらとても可哀そうだ。春に修学旅行に行った中学は良かったが、このタイミングでまた感染者が激増しているだけに秋の予定の娘たちは心配だ。

 

娘の中学は全員私服で修学旅行に行くとの事。その服装規定が細かいしうるさい。9月中旬なのに男女ともひざ上禁止(長スカートや長ズボンしか許されない)。袖なしの服も、襟ぐりが深い服も、派手な色も禁止、つまり「中学生らしくない服」は一切ダメなのである。いつの時代の話だろう。「自由」「生徒への信頼」と言いながら全然自由でもないし、信頼もしていない。だったら制服で良いのでは?

 

7月15日(金)

本日もアフレコ。その後、先輩のO監督が、映画評論家の女性と男性の俳優さんとトリオを組んで「キングオブコント」の予選に出るというので、急遽応援に行く。女子高生の制服を着て弾けていた還暦越えのO監督の姿は神々しいものがあった。私は妻と漫才をしたことがあるが、来年はこれに妻と挑戦してみようかと思いながら、O監督たちと軽く飲んでいたら、妻からLINE。

 

息子が明日から行くプログラミング教室への不安から癇癪が発生したらしい(ゲームやYouTubeへの執着が激しい息子がもしかしたらハマるかもと夏休みの間だけ体験してみることにしたのだ)。見通しの立たないもの(初めての場所、初めての事)への不安が強いから、こうなる予想はあった。

 

加えて、娘も野球のGMとの電話で不安とイライラが噴出しているらしい。野球チームの監督とまったく馴染めない娘は引退まで残り1か月ではあるが、退団の決意が固まり、この日GMに話すと決めてアポを取っていたのだが、強い引き留めにあってしまったのだ。女性のGMは娘の気持ちをよく考えてくださる人ではあるのだが、小学校の女子チームを兼任していることもあり大変多忙で、実質的なケアにまで及んでいない。

 

退団の決意は固まっていたが、引き留めにあったことで娘のイライラは妻に及び、明日の不安が強く癇癪を起こしている息子との間でなかなかのカオスになっているとのこと。

 

「今晩、こうなる予想はついていたはずだ。なのにお前はO監督のお笑い見学に逃げた。アフレコが長引いている振りをして、分かってて逃げた。絶対に許さない」というLINEの文面を見て私は震えあがり、その場で一気にテンションも沈んでしまった。その後、O監督は「今、こんな企画考えてるんだけど」と話してくださったが、ほとんど頭に入ってこなかった。

 

夜中に戻ると、家族は寝入っていた。今晩は帰るべきだった。

 

7月16日(土)

息子、妻が付き添い初めてのプログラミング教室にどうにかこうにか行けたようだ。行ったら水を得た魚のごとく、生き生きとパソコンをいじりまくってゲーム作りに没頭し、だが終了後、過集中のせいか「頭痛い……」とどっぷり疲れ果てて、フラフラで帰宅し、パタンと寝てしまったらしい。楽しめると良いなと、心底思う。

 

7月18日(月・海の日)

娘と息子と3人で『キャメラを止めるな!』(監督・ミシェル・アザナヴィシウス)を観に行くはずが(娘も息子も『カメラを止めるな!』(監督・上田慎一郎)の大ファン)、直前に息子の突発的イヤイヤモード発生。絶対に行かないと。中3娘はもはや私と2人で映画など行きたくもないだろうと思ったが、珍しく行くと言うので娘と2人で観に行った。娘と2人の映画は久しぶりなので正直緊張したが、娘は映画を観ながらゲラゲラ笑っていた。

 

その後ピザ屋に入り、娘はピザ2枚とレモンクリームパスタをペロっとたいらげ、学校のことや友達のことなどいろいろ話してくれた。「なんだ、俺、けっこういいオヤジできてんじゃん」とまた自己評価が高くなってしまったが、普段は反抗的な娘も言いたいことが溜まっていたのかもしれない。ムカつく態度を取られると、こっちも大人げなく振る舞ってしまうから、距離ができてしまうのだが、どうすれば常にとは言わないまでも、こういう良好な関係でいられるのだろう。

 

その後に修学旅行用の服を探しに古着屋を回り、娘の分と私の分をたくさん買って帰宅。とても楽しかった。私と娘が楽しそうに帰宅したからか、古着を買いまくったからか、妻は「ランチ食いすぎだ、どんだけ服買ってんだ」とカラんでくる。娘もご機嫌なんだしいいじゃねえかと思うのだが、先日の大変だった夜には帰ってこずに、映画とピザと服で娘を釣って楽していると思われたのだろう。逆だったら確かに私も嫌だ。

 

7月19日(火)

本日は映画のダビング(音を整えたり、効果音を入れたりすること)。プロデューサーでもある妻と向かうが、妻、不機嫌。昨日のことや先日の夜のこともあるのだろう。そんな不機嫌な妻に、ダビング前にあれ食べたいこれ食べたいなどと言っていたら、「1人で食え。食い意地はったお前の姿なんか見たくもない」と断られ、私もムカついたが、結局コンビニでパンを買ってダビングに向かう。皆さんには微妙な夫婦仲をさとられないように。

 

※妻より

仕事行く前に、こっちは洗濯物干して、子どもの弁当作って、置き手紙書いてってバタバタしているのに、その横でスマホで食べログチェックしながら「食べログ高い寿司あるよ!いや行く途中の高級バーガーでもいいか、あ、でもこってりラーメンでもいいよ」と食うことばかりで家事の戦力外ぶりにイライラしていたのでした。一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど、それに比例してイライラします。

 

7月20日(水)

本日もダビング。

 

7月21日(木)

深夜、ダビング終了。

 

良い映画ができたと思う。多くの人に観て欲しいが、いつも「面白いのは俺だけかもしれない」と思ってしまう。いついかなるときも自信はまったくない。映画の中で生きてくれた子どもたちが、この映画をずっと宝物のように思ってくれたらうれしい。そして多くのお客さんにもそう思っていただいて、映画が大ヒットしてくれたらもっとうれしい。

 

7月22日(金)

夏休みが始まった。今日は妻が、息子と息子の友達J君を連れて、朝から区民プール〜昼食〜映画『ゴーストブック』〜習い事に連れて行くという、暑いときの外出が大嫌いな妻にとってのハードな日。

 

私はここ1週間で、ダビングしつつ突発的にやらなければならなくなった仕事がいくつか発生するという非常事態であったために、今日は完全に妻に任せた。息子にとってはとても楽しい日になるだろうと思っていたが、帰宅すると息子も妻も不機嫌(妻が不機嫌なのはこれだけハードな日だとそうなるだろうとは予想していた)。

 

不機嫌な妻に様子を聞くと、プールの最中から、友達と会ったのでゲームをしたくなった息子は「昼メシはいらないから一度家に帰ってゲームをしたい」と妻に交渉するも(癇癪を起こさないために交渉する術を療育で学んでいる)、「映画の時間がもうすぐだから、一度家に帰る時間はない、映画を観終わったら友達とバイバイするまで1時間半あるからその時間でゲームをやろう」と断られた。

 

そこで気持ちの切り替えができなくなった息子は、プール終わりから、映画館へ向かう道中ずっと、灼熱地獄の路上でグズグズ癇癪を起こしたらしいのだ。自転車こぐのを止めて「もう帰る」とか「昼ごはんは食べない!」とか「ママは今すぐいなくなれ!」とかグズグズメソメソ言い続けること30分。妻は湯気が立っている路上で、大汗をかきながら息子を説得し、失敗し、最終的に友達の面前で大声で怒鳴って映画館に連れて行ったらしい。

 

想像するだけで地獄だ。私は妻を労わったつもりで「大変だったね」と言ったが、実際、その言葉をかける以外にほかにできることもなく、急な仕事の締め切りは目前で、しかも本業の映像関係ではない仕事であり、なかなか進まず焦っていた。今は話を聞くことができないし、育児をバトンタッチすることもできない。

 

私は「あとでゆっくり聞かせて。ちょっと仕事片付けちゃうね」と言って、2階に行った。「はぁ? なにがゆっくりだよ」という妻の言葉は流した。夕飯の支度はしておいたし、それだけでも「俺、家事も分担してる」と勘違いしていたのだ。

 

が、仕事は思うように進まず、なんでこんな仕事受けてしまったのかと後悔とイライラとで、なんだか誰かに優しくしてもらいたいという甘えモードになって下に降りて行くと、妻はようやく1日の終わりに酒を飲みながら新聞を読んでいた。

 

妻が疲れていることやここ数日はイライラしていることを失念したわけでもないが、「ああ、疲れた。なんか思うように進まなくてさぁ……」と私は妻にぼした。すると妻は「思うようにいかないのはお前だけじゃねえんだよ」と、新聞から目を離さずに冷たく言った。

 

「まぁ、そうだけどさ……。でも、ちょっとここ10日ほど、俺ハードすぎたよね……」と私は同意を求めるように言った。「ハードなのはお前だけじゃねえんだよ。私も息子も娘もみんなハードななか生きてんだよ、自分だけが忙しいアピールすんな。お前、仕事しかしてないじゃん。仕事してっから敬えってか。醜いなお前は。女の腐った奴以下の男の腐った奴だな」

 

ここで私は妻の言葉にカチンと来てしまった。「お互い疲れたね。ひと段落ついたら美味しい物でも食べに行こうね」というところに話を落としたかっただけなのだが、もう無理だ。私はやや棘のある声で「あのさぁ、みんなハードなのは分かってるけど、だから俺もハードだからさ、分かるでしょ、こんだけ仕事してたら。ねぎらい合いたいだけだよ」

「お前なんかねぎらいたくもない。だいたい仕事相手に自分の都合も言えない、お前がダメなだけだろ。交渉能力ねえのかよ。こうなることくらい予想ついただろ」

「つかないよ。だっていきなりが重なってくるわけだから」

「だから考えて仕事受けろつってんだよ。重なることなんて予想できただろーが!」妻の声はどんどんヒートアップしてくる。

 

「いや考えてるよ。ていうか、アキにも相談したじゃん。この仕事やったほうがいいかなって。そしたらやったほうがいいって言ったじゃん。俺、あんまり気乗りしなかったんだよ、これ。ただでさえ脚本とかの仕事じゃないのにさぁ。なにかにつながるかもしれないからやってみろって言ったのアキだよね? いいよ、じゃあ、もうやめるよ。これ、できませんって明日言うから。俺、もう今後仕事おりまくって、今まで通り主夫やるから、だからアキも仕事に復帰してよ」と言ってしまった。

 

言っている途中から<ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。やめろ、俺やめろ。間違ってる、完全に間違ってる>とは思っていたのだが、口は止まってくれなかった。妻は黙って聞いていた。言い終わって私はすぐに部屋を出ると、一度外に出て、13秒後にまた戻って、「ごめん。今のは俺が悪い」と妻に謝った。が、すでに時遅しだ。

 

「今の? はぁ? お前はバカか。今だけじゃねえんだよ、お前は!!!!!!!!!!」

 

その後、ここには書けない怒髪天を浴び、脳髄までダメージが残り具合が悪くなった。今回は9割がた私が悪い。と思う。

 

※妻より

なんで9割? 残り1割はなに? そーいうとこだよ!!

 

7 月23日(土)

この日はシアタートップスに、妻と落語を聞きに行くことが数か月前から決まっており、チケットも取っていた。朝、仕事に出るときに、妻に恐る恐る「今日の昼、何時に帰ってくればいい? 落語何時からだっけ?」と聞く。この落語でなし崩しに仲直りできないものかと思ったのだが、犬のように手で払われる。

 

ファミレスで仕事をしていると、妻からLINEが入り、「落語14時開始、現地集合、現地解散」との連絡。それでも私は「落語を一緒に聞けばどうせ仲直りだ。そのあとに新宿で美味い物で食おう」と考えながら、新宿に向かうとなんとJRの改札を出たところで妻とばったり会った。

 

ここで会う!? となんだかうれしくなった私は「よう!」と思わず手を振った。妻は「ゲッ」という顔をして逃げて行ったが、やはりこれは仲直りしろという運命だと思い、小走りに妻の横に並び「ここでバッタリっていうタイミングの悪さが俺たちっぽいよね」とヘラヘラしながら言ってみたが、妻は完全無視。

 

そして落語中もいっさい笑いもせず、終わる間際に席を立って出て行き、終演後も戻ってこなかったので、私は1人で劇場をあとにした。これは相当に怒っている。

 

7月25日(月)

妻は娘を連れて映画『嘘八百』シリーズでお世話になっている今井雅子さんに、娘の英語を見ていただくために今井さん宅へ。娘は英語が苦手で、京都大学出身の今井さんに相談して見ていただくことにしたのだ。

 

娘と今井さんはそれまでにも面識はあり、今井さんの娘さんも一緒に函館の映画祭に行ったり、今井さん宅での飲み会に娘もついてきたりしていたが、久しぶりに会うということで緊張していた。その緊張から私の前では露骨に不機嫌になっていたから心配だったが、妻が今井家近くの喫茶店のモーニングに連れて行き、どうにか機嫌は持ち直してそのまま今井家に送り込んだとの事。

 

今井塾から帰ってきた娘は充実した時間を過ごせたようで、機嫌はかなり良かったらしい。ちなみに、私は今井さんの夫杉田さんの政治塾に参加したいのだが(杉田さんは政治記者をしていらっしゃるので、私が勝手に政治塾してくださいと言っているだけなのだが)、なかなか実現できていない。いつも今井さん宅にお邪魔すると、私のレベルに合わせた話題となってしまうからだ。

 

妻が娘のそんな話を少ししてくれたので、ここぞとばかり私は先日の不祥事を「ほんとごめん。俺、どうかしてた」と謝ると「あんたは常にどうかしてるじゃん」と言いながらも、お前でなくあんたと呼んでくれた妻は、ここ最近、なににそんなに腹を立てているのか話してくれた。

 

ひとえに私が傲慢であると。話の主語や状況が妻には分からないのにベラベラ話し続け、妻がそれに対し質問すると「察しろ!」と烈火のごとくキレる、と(確かに私は主語がないし、察して欲しいと思うが、「察しろ!」なんて言ったことはないのだが……)。

 

「他人に分かるように話さないくせに俺の話は分かって当たり前、分からないお前がバカだ、みたいな姿勢は物凄く傲慢だし、クソハラスメント野郎だ! 似たような上司がいたけど、お前、あのバカ上司と一緒だよ。ちょっと早く会社入ったんだから私よりできるの当たり前だろ!(上司への怒りの思い出が私に)。お前ら何様なんだよ! こっちがお前の状況把握してて当然とか思うな! はしょらずちゃんと説明しろ! じゃなきゃわかんねーだろ! 説明はしょって『分かんないお前が悪い』ってバカか! タコか! タコのほうがマシだわ!

こっちは自分の事ぜんぶ後回しで、お前の仕事のフォローして、スケジュールを把握して、受験勉強したくねえ受験生娘の塾やら夏期講習やらサマキャンやらのスケジュール管理と、繊細で複雑なイカ息子の落ち込みを受け入れて友達関係のフォローと習い事のスケジュール把握でパンパンなんだよ!! 私のケアは誰がすんだよ!」

 

と、結局またも怒りモードになってしまった。

 

「お前は家庭を共に経営するパートナーとして未熟過ぎる。失格。ぜんぜんダメ。お前の甘え、幼稚さにほとほと嫌気がさした。私はお前のなんだよ。ジャーマネか? ママか? 付き人か? 弟子か? お前、精子から人間やり直せ」

 

途中、何度か反論しそうになったが、得策ではないと瞬時に脳が判断し、その脳を石灰化させて(そういう技術を身につけた)妻の言葉を頂戴した。

 

7月26日(火)

映画プロデューサー・佐々木史朗さんのお別れ会に出席。史朗さんとの思い出のようなことは、4月の日記に書かせていただいたので、よろしければ読んでください。(4月26日の日記参照https://getnavi.jp/life/736211/)

 

その後、一緒に出席した武正晴監督と、『嘘八百 第3弾』の「編集ラッシュ」を観に行く。この段階でもとても面白い作品に仕上がっていると思ったが、脚本の大半は今井雅子さんの力によるものだ。

 

7月27日(水)

娘と高校説明会へ。道中、今日の説明会に行くであろう親と中学生たちが沢山歩いている。みんな制服だ。夏休みだし、みんな私服で来ると思っていたので、私は娘に「夏休みに制服で来るバカがいるか。私服でいい」と言ってしまっていた。

 

1人だけ私服の娘が見る見る不機嫌になり、最悪、行かないと言い出すかもしれないと思ったが、行った。体育館で話を聞き、校内を見て回る。実際に肌で高校を感じ娘のやる気がアップしたように見える。

 

こうしている間に息子は今日からサマーキャンプ。昨年の冬キャンプの出発時は思い出したくもない。(12月22日の日記参照 https://getnavi.jp/life/691537/)。あの悪夢を繰り返さないために、今回は息子の友達J君も一緒に行く。果たしてうまく行けるか気なっていたが、妻からLINE。

 

『何とか行ったが、やはり極度の緊張で、5分に1回トイレに行ったり、爪を噛んだり、「行ってあげるんだから、ママ感謝しろよ!それか今すぐここで謝って!」と意味不明癇癪が少し出た』とのこと。でも何とか行けたのなら良かった。

 

その後、娘は家に帰り、私は妻と合流し、息子が通っている療育のペアレントトレーニング。息子はゆっくりではあるが、成長してきているようで、それはこちらも実感している。だが、普通(ってなんだろうという議論は長くなるので書かないが大ざっぱには大多数ということ)に近づいてくればくるほど、普通になるべきところはもっと普通になって、ならなくていいところはそのまま伸び伸びと育ってほしいと思ってしまうのは、親の欲張りだろうか。

 

7月28日(木)

息子の学校の担任の先生と面談。「友達とのトラブルをゼロにはできないが、トラブルが発生したらすぐに間に入るようにしているし、傷は浅めにするよう心掛けている。無傷はなかなか無理ですが、足立さんは(年配の男性教諭の方で、常に生徒をさん付けで呼ぶ)色々敏感なのに毎日学校に来て、着席して6時間授業を受けているだけでとても頑張っていると思います、大人でもしんどいと思います」と言われる。

 

7月29日(金)

今日は完全にオフの日にしようと決めて、妻と映画を観に行く。というか、映画に行く妻のあとについて行った。『ボイリング・ポイント/沸騰』(監督:フィリップ・バランティーニ)を観る。家庭でも仕事でも色々重なり、パニックに陥るコックさんの主人公の開店から倒れるまでの90分を描いた映画。「あの主人公、あんただったな。人を大切にしないとああやって野垂れ死ぬぞ」とのこと。面白い映画だったけど、お客さんたちがやや類型的かなと思った。

 

その後、渋谷に移動して『WANDA』(監督:バーバラ・ローデン)。1971年の映画だが、今観てもそのまんまというのか、ワンダのような人は今も世界中のそこかしこにいる。これだけ多様性が叫ばれても受け入れてはもらえていない。などと感想をベラベラ話しながらヒカリエを通ったら、夏物の短パンが40%引き(現品限り)が目に入り、素材も良かったので、先日までがりがりに喧嘩していたが拝み倒して妻に買ってもらう。映画も面白かったし、かわいい短パンも買ってもらったし、上機嫌で熱風が停滞している渋谷駅に着くと、そこではたと財布がないことに気づく。

 

基本私は手ぶらなので、ペットボトルやメガネや財布はすべて妻のリュックにいれてもらうから、瞬間的に妻のせいにしてしまう。妻は「はぁ? 預かってないけど」とみるみる不機嫌に。確か7234円くらいは入っていたはずだ。

 

妻は慌てて、映画館に電話したが、特に財布は届いてないとのこと。短パンを試着した店、ランチした店、お茶した店に片っ端から電話をかけるもどこにも届いてないとの事。妻はギロッと私を睨むと「お前、ほんとクソだな」と一言。

 

そのままハチ公口の交番に遺失届を出しに向かうと、署内で指名手配の写真を見ながらベラベラ喋っている初老のお婆さんがいる。なにかを落としておまわりさんに文句を言っているようだ。「このご時世だから、大きな声で私語は……」とおまわりさんに注意されると、「それなら安倍さん死なせないでよ!」とさらに大きな声で言っていた。奈良県警だけでなく、日本中の警察官はこういう文句を言われることが増えたのだろう。

 

「財布を落としたことで、なにか悪い厄が落ちて、良いことあるかもよ」と私は気持ちを切り替えたが、妻は怒っている。Suicaとか妻から持たせてもらっている妻名義のクレジットカードとかも入っているから、止める手続きが面倒なのだとか。だが2時間後、映画館から電話があり、財布は出て来た。厄が落ちたと気持ちを切り替えていた私は少しがっかりした。

 

※妻より

お前はバカか……

 

22時ごろ、知らない番号からスマホに着信。知らない番号でかけてくる人は留守電も残さないのが大半だが、珍しく留守電が入る。聞いてみると、息子のキャンプの方だった。その瞬間、心臓がバクバクする。折り返し電話がほしいとのこと。

 

キャンプ先で息子の特性が爆発してしまったか、大癇癪が出てしまったか、胸がドキドキし、震えながら折り返す。川遊びあとの発熱とのことでホッとした。コロナだったとしても、息子が不安感を募らせて爆発してしまうよりはぜんぜんマシだ。抗原検査をしたら陰性だったので、様子を見るとのこと。

 

少し安心したが、今日は息子が楽しみにしていたテントキャンプだったのだ。五右衛門風呂ってどんなの? とか、夜のうちに川に罠を仕掛けるんだ! とか、キャンプファイヤーに向けて、家でマッチすりの練習をしていた姿などが思い出され、可哀そうになり、すると熱を出して保健室で寂しく過ごしていないかとかいろいろ考えると心配で眠れず。

 

 

7月30日(土)

15時ごろ、息子のキャンプから電話。熱が39度まで上がったとのことだが、今日の抗原検査も陰性ではあった。どうします? 戻りは明日なので預かってもいいですが、お迎えに来られてもいいですよとのこと。

 

慌ててスマホで行き方を調べると、今すぐダッシュで迎えに行っても特急あずさで長野につくのは19時ごろ、戻ってくるのは23時ごろになりそう。行くなら明日の始発の方がよいのか悩む。妻は明日娘の野球の引率で長野に迎えに行くことはできない。

 

とりあえず、行けてもそんな状況だと伝えると、夜か朝の体温でみんなと一緒にバスで帰れるか検討するとのことで、今日は迎えに行かず。こういうとき、車があればすっ飛んで行くのだが、そう言えば免許も持ってなかった。

 

7月31日(日)

妻が朝5時にキャンプ場に電話した。私は電話が大の苦手なのだ。息子の様子を尋ねる。息子の熱が高かったら、不安な気持ちだと思うので始発で迎えに行くと伝える。すると「37度台まで下がったし、抗原検査で3回とも陰性だったので、発熱者だけをみんなとは違う中型のバスで新宿まで送ります」との事(発熱者は4名いたようだった)。

 

私は電話が苦手なので筆談で「いや息子はとても不安だと思うんです、ボク迎えに行けますから! 息子に迎えに来て欲しいか聞いてもらえますか?」と妻に紙を渡す。

 

妻は「字が読めねーよ! 第一、新宿までバス一本で連れて送って来てもらった方が、あんたが長野に行って乗り換えして電車で帰るより息子の身体は楽でしょうが! 帰宅も早いからすぐ横になって寝れるし、息子の事を考えたら新宿まで別バスで送ってもらった方が絶対良いと思う」と言うが、私は熱を出している息子が不憫で仕方がない。「私はこんなに心配しているのに、どうしてサマーキャンプの人も妻もそんなに冷静なんだ!? 心配してないのか!? 冷たすぎる!」とパニックになり、また一人空回りして紙に字を書き連ねていると、妻が見る見る不機嫌に。

 

「夫が迎えに行きたいとわめいているんですが、息子にどっちがいいか聞いてもらっていいですか?」と妻は電話の向こうに言う。こうやってすぐに人を巻き込むような言い方をするから私もついつい腹が立ってしまうのだ。結局、キャンプの人が息子に聞いたところ「皆と一緒に帰る」との事なので、私は早朝癇癪を起こしかけたが済んでのところで留まった。妻が大きな舌打ちをしながら大変冷たい目で見ていたが、そっちの方向を見ないようにした。

 

そして今日は娘が野球のクラブチームを退団する日だ。昨年9月の一件があり(9月26日の日記参照https://getnavi.jp/life/658604/)、今年の3月からは2週間に一度のペースで練習に参加してきたが、そのペースで参加すると監督からの風当たりが強いらしく、行って嫌味を言われたり、完全に無視されるらしい。あんなことをしといて嫌味をいうなんてどんな監督かと思うが、女性のGMは熱心な方で「部活も遊びも楽しんで、その上でマイペースで野球を楽しんでくれたらいい」と何度も何度も娘を引き留めてくれた。だが、監督とGMの意思疎通は全くできていない。娘がそれだけ苦しいのであれば辞めるべきだと伝え、娘は勇気を出して本日退団する。

 

最後の挨拶ということで、妻が娘を引率し皆様に配るお菓子を大量に持って最後の練習場に向かったが、熱中症・コロナで参加人数は少なく、GMは小学生女子チームの試合でおらず、娘は監督に挨拶するつもりだったが、監督は煙草を吸うとさっさと1,2年生の待つ別会場に移動してしまったらしい。

 

「逃げたな」と私は思った。自分の思い通りにならない中学生からあのおっさんは逃げたのだ。挨拶もしてやらない、そして娘の挨拶のチャンスも奪うというのは、自分が思うように練習に参加しない娘への最後の復讐のつもりだったのかもしれない。せっかく野球を好きになったが、この先の人生で娘がグローブをはめることはあるだろか。散々ノックした日々など思い出す。キャッチボールくらいはまたしたいなと思う。

 

妻からそんな報告を受けつつ、私は新宿へ息子を迎えに行く。少し具合の悪そうな顔をしている息子に、「キャンプ、楽しかったか? 熱は残念だったけど」と言うと、「最悪のキャンプだった」と言った。

 

それ以上キャンプのことを聞くのはやめた。息子は家に戻るなりゲームをした。1時間くらいすると、息子はポツリと「今回、班長した」と言った。私は驚いて「自分からするって言ったの!?」と聞くと「そう」とゲームをしたまま言う。息子が自分からそんなことを言うなんて驚愕だ。私はうれしかった。きっと息子は冬の苦い思い出のキャンプのリベンジをしたかったのだろうなと思った。それで意気込んで発熱したのかもしれない。とりあえず、息子がまたキャンプに参加してくれるといいなと思う。

 

【妻の1枚】

 

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【プロフィール】

足立 紳(あだち・しん)

1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作「百円の恋」が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ほか脚本担当作品として第38回創作テレビドラマ大賞受賞作品「佐知とマユ」(第4回「市川森一脚本賞」受賞)「嘘八百」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「こどもしょくどう」など多数。『14の夜』で映画監督デビューも果たす。監督、原作、脚本を手がける『喜劇 愛妻物語』が東京国際映画祭最優秀脚本賞。現在、新作の準備中。著書に『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』などがある。最新刊は『したいとか、したくないとかの話じゃない』(双葉社・刊)。

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