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京の四季が堪能できる「叡山電鉄・鞍馬線」を深掘りする

  • 2022年5月21日
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おもしろローカル線の旅85〜〜叡山電鉄・鞍馬線(京都府)〜〜

 

京都の洛北(らくほく)を走る叡山電鉄(えいざんでんてつ)には、叡山本線と鞍馬線(くらません)の2本の路線がある。前回の叡山本線に引き続き、今回は鞍馬線の旅を楽しんでみたい。

 

鞍馬川に沿って走る鞍馬線は、京都市内の路線ながら洛北の山中を走る。車窓風景は見事で特に「もみじのトンネル」が名物となっている。沿線に名高い寺社や史跡もあり、京の四季を堪能できる。

 

【関連記事】
古都の人気観光電車「叡山電鉄」を深掘りする【前編】

 

【叡電を深掘り①】本線のように賑わう「鞍馬線」だが

叡山電鉄・鞍馬線の概要をおさらいしておこう。

 

叡山電鉄には叡山本線と鞍馬線の2本があり、叡山本線は出町柳駅〜八瀬比叡山口駅5.6km間を走る。一方、鞍馬線は叡山本線の途中駅、宝ケ池駅と鞍馬駅間の8.8kmを結ぶ路線だ。鞍馬線の電車はほとんどが出町柳駅の発車で、宝ケ池駅まで叡山本線を走る。

 

鞍馬駅行き電車はすべて2両編成。対して叡山本線の八瀬比叡山口駅行きの電車が1両編成。鞍馬行き電車の方が乗車率が高くこちらが本線のように感じてしまうのだが、あくまで鞍馬線が支線である。

 

路線の歴史は叡山本線の方が古く1925(大正14)年9月27日に開業した。京都電燈という電力会社によって造られている。一方、鞍馬線は叡山本線から遅れること3年、1928(昭和3)年12月1日に山端駅(やまばなえき/現・宝ケ池駅)〜市原駅間が開業、1929(昭和4)年12月20日に鞍馬駅まで路線が延ばされている。

 

鞍馬線は叡山本線とは異なり、京都電燈と京阪電気鐵道の合弁会社として設けられた鞍馬電気鐵道により路線が設けられた。線路はつながっているのにもかかわらず、運営は会社が異なるという、やや複雑な生い立ちを持つ。

 

【叡電を深掘り②】いろいろな会社名が出てくる戦前の路線図

叡山本線と鞍馬線は、古くから観光路線として親しまれただけに、路線パンフレットが数多く作られ配布された。特に太平洋戦争前に作られたものが多く、筆者も複数のパンフレットを所有している。興味深い内容なので、やや寄り道になるが見ておこう。

↑戦前に発行された路線パンフレット3枚。下のパンフは「叡山鞍馬電車」とあり、右上は「叡山・嵐山電車」とある

 

まずは叡山本線と鞍馬線を紹介した「叡山鞍馬電車」のパンフレット。表紙には〝大原女(おはらめ)〟のイラストが描かれていて趣深い。叡山・嵐山電車の名前で印刷された「春爛漫」なるパンフレットは、ロープウェイの下に桜が描かれ、これもなかなか味がある。

 

とはいえ、パンフレットが発行した鉄道名を見ると「叡山鞍馬電車」のみならず、「叡山・嵐山電車」、「叡山・嵐山・電車」とさまざま。これは叡山本線を開業させた京都電燈が、現在の京福電気鉄道嵐山本線・北野線(通称:嵐電/らんでん)を吸収合併していたためで、後者は叡山鞍馬電車とともに〝嵐山電車〟も一緒にパンフとしてまとめたものだった。

 

さらに、京都では叡山鞍馬電車を「叡電」「叡山電車」という通称名で呼ぶ傾向もあった。ここまで「〜電車」という名が乱発気味に使われていると、果たして利用者が、迷わなかっただろうか心配してしまうほどだ。

 

【叡電を深掘り③】集中豪雨で1年以上不通となっていた

1929(昭和4)年12月20日に鞍馬駅まで全通した鞍馬線だったが、その後の1942(昭和17)年8月1日に京福電気鉄道鞍馬線に、1986(昭和61)年4月1日に叡山電鉄鞍馬線と組織名を変更する。

 

観光客に人気の鞍馬線だが、路線が鞍馬川の渓谷沿いの険しい場所を通ることもあり、水害の影響をたびたび受けてきた。古くは1935(昭和10)年6月29日に起きた鴨川水害による被害で、この時は7月末に復旧した。その後、長らく水害の影響はなかったものの、地球温暖化のせいなのか、近年はたびたび被害を受けている。

 

まずは2018(平成30)年9月4日に列島を襲った台風21号により、鞍馬線全線が運休、宝ケ池駅〜貴船口駅間は9月中に運転再開したものの、貴船口駅〜鞍馬駅間の復旧が手間取り、10月27日に全線復旧を果たしている。そして「令和2年7月豪雨」に襲われる。この豪雨の影響は深刻だった。

↑鞍馬川沿いを走る鞍馬線。令和2年7月豪雨の際は、貴船口駅の南側地点200m地点(写真の左手にあたる)で土砂崩れが起きた

 

鞍馬線は貴船口駅の前後が、最も地形が険しい。線路はこの地域、鞍馬川の西斜面に沿って右に左にカーブを切りつつ走る。2020(令和2)年7月7日から翌8日未明にかけて京都市北部を襲った局地的集中豪雨により、鞍馬線の二ノ瀬駅〜貴船口駅間の斜面が崩落、60mほどの区間が土砂に埋まった。

 

当時、上空から撮影した航空写真を見ると山側の樹木がすべてなぎ倒されて、線路を埋め尽くした様子が見て取れる。筆者は前年の12月に現地を訪れ、貴船口駅付近を走る電車の姿を撮りつつ、その険しさに驚いたものだったが、ちょうど撮影した7か月後、すぐ近くで大規模崩落が起きていた。この土砂崩れにより、鞍馬線は市原駅〜鞍馬駅間が長期間の不通を余儀なくされる。

 

復旧までに1年間以上の時間を要し、運転再開したのは2021(令和3)年9月18日のことだった。

↑貴船口駅そばの斜面の様子を災害前と災害後を比較した。写真で感じる以上の傾斜地だが、災害後には植林されてきれいな斜面に

 

貴船口駅周辺では土砂崩れがあった二ノ瀬駅側だけでなく、被害が出なかった鞍馬駅側も、斜面の整備がかなり行われていたことが、撮影した写真を見てよく分かった。

 

上記の写真は貴船口駅すぐ北側の写真で、路線が不通になる前と、再開後を比較した。2019(令和元)年の写真では、伐採された木々と木株が斜面に残され、崩れ落ちそうな状態に見えた。この急斜面が路線再開前にきれいに整備され、傾斜地はひな壇状になっていた。急斜面には等間隔に植林が行われ、この若木を守るように1本ずつカバーがかけられていた。この状況を見て山を守る工夫がされていることがよく分かった。大変な被害に遭ってしまった鞍馬線だが、災害に強い路線を目指していることが伺えた。

 

鞍馬は山深い地だ。公共インフラは鞍馬線と平行して走る府道38号線(鞍馬街道)のみに限られる。災害のあった区間の一部に二ノ瀬トンネルが掘られるなど強化されているものの、鞍馬でイベントが開催される日は渋滞しがちだ。鞍馬線の大切さが改めて認識された災害となった。

 

【叡電を深掘り④】改めて出町柳駅から鞍馬線の沿線をたどる

ここからは鞍馬線の旅を楽しんでいこう。鞍馬線の電車は始発を除き出町柳駅発となる。鞍馬駅行き電車は日中15分間隔で、18時以降はおよそ20分間隔となる。朝夕には出町柳駅〜市原駅間を走る電車もある。日中の方が本数の多い典型的な観光路線である。

↑元田中駅〜茶山駅間を走る900系きらら。叡山本線の出町柳駅〜宝ケ池駅間は街中の走行区間で、間断なく民家が建ち並ぶ

 

鞍馬行き電車が発車する出町柳駅には1〜3番線のホームがあり、この2〜3番線が鞍馬線の発着ホームとなっている。ホームの長さから2両編成の900系や、800系は3番線からの発着がメインとなる。2両編成の車両には側面に4つの乗降扉があるが、一番前の扉付近はホーム幅が狭いのでパイロンが置かれ注意を促している。

 

日中の鞍馬駅行き電車の発車時間は0分、15分、30分、45分発で、ダイヤも覚えやすく便利だ。

↑宝ケ池駅の構内踏切を通る自転車。右側2本が鞍馬線の線路で、駅の案内図では鞍馬駅行きの案内は赤字で表示されていた(左上)

 

叡山本線の区間である宝ケ池駅までは京都の街中を走る。途中、車庫のある修学院駅などに停車しつつ、5つ目の宝ケ池駅へ。ここまで所要9分と短い。途中に4つの駅があるものの、駅間はみな500mから長くても900mぐらいで、市内を走る路面電車の運行に近い印象だ。

 

鞍馬駅行き電車は、宝ケ池駅の手前にあるポイントで、叡山本線の線路から左手へ曲がり、鞍馬線へ入っていく。

 

【叡電を深掘り⑤】市原駅までは平坦な路線ルートが続く

鞍馬線は駅の近くに名所旧跡や寺社、そして大学が多い。その情報も含め路線を紹介していこう。

 

宝ケ池駅を発車して間もなく八幡前駅。三宅八幡宮(徒歩約3分)の最寄り駅だ。興味深いのは叡山本線にも三宅八幡駅という八幡宮から付けたと思われる名前の駅があること。八幡前駅の方が圧倒的に近いにもかかわらず叡山本線の駅名を三宅八幡駅(同駅からは徒歩約10分)にしたのは、この駅からの道が正式な参道(表参道)にあたるからだ。近くには朱塗りの大鳥居も立つ。

↑岩倉駅〜木野駅間を走る800形。この付近から山々が間近に見えるようになってくる

 

八幡前駅の次が岩倉駅だ。洛北にあった岩倉村にちなんだ駅名だが、実は歴史に名を残した偉人に関わる史跡の最寄り駅でもあった。その偉人とは岩倉具視(いわくらともみ)である。江戸末期、公武合体派から討幕派に立場を変え、明治政府では重要な役割を担った中心的な人物だが、この岩倉具視が当主だった岩倉家がこの地を所領にしていた。幕末の一時期は洛中から追放され「岩倉具視幽棲旧宅(ゆうせいきゅうたく)」(徒歩約13分)に3年間住んだとされる。

 

岩倉駅を過ぎると進行方向右手に洛北の山々が間近に見えるようになってくる。この山麓を回り込むように木野駅、そして京都精華大前(きょうとせいかだいまえ)と走る。京都精華大前駅は、駅名どおり目の前に大学がある駅だ。次の二軒茶屋駅(にけんちゃやえき)も京都産業大学の最寄り駅と、鞍馬線は京都市の郊外にある大学に通う学生たちの利用が目立つ。

 

二軒茶屋駅付近まで来ると、左右の山がより近づいて見えるようになり、鞍馬線が平野部から山間部に入りつつあることが良く分かる。このあたりから、勾配も徐々に厳しくなっていく。

 

【叡電を深掘り⑥】人気の市原駅〜二ノ瀬駅間のもみじのトンネル

二軒茶屋駅まで複線だった鞍馬線だが、この先は単線区間となる。駅前に町並みが連なるのは次の市原駅までとなる。市原駅までは京都郊外の〝生活路線〟と言って良いだろう。この先は、行楽路線の色合いを強めていく。

 

市原駅〜二ノ瀬駅間の約250m区間は「もみじのトンネル」として、もみじが美しい区間だ。新緑の季節と、紅葉の季節には電車も徐行して走る。春秋シーズンの夜間はライトアップ、車内照明が消され、ひときわ美しいもみじのトンネルが楽しめる。

 

ちなみに市原駅〜二ノ瀬駅間にある「もみじのトンネル」だが、叡山電鉄の案内チラシには「もみじのトンネルは電車の外からご覧いただくことはできません。車窓からお楽しみください」とある。もみじのトンネルを通る電車の写真や動画は、あくまで鉄道敷地内で、PR用に撮られたものなので注意したい。

↑鞍馬街道をまたぐ900形きらら。もみじのトンネル(右上)はこの橋梁と市原駅間にある。写真のきららは現在、黄緑塗装に変更されている

 

二軒茶屋駅付近から勾配が徐々に強まっていく鞍馬線。二軒茶屋駅と鞍馬駅間4.7kmの標高差は115mもあり、山岳路線であることがよく分かる。二ノ瀬駅を過ぎると、さらに勾配がきつくなっていく。貴船口駅へ走るまでに、なんと50パーミル(1000m走るうちに50m登る)という最大勾配区間となる。

 

勾配が厳しい区間を持つ全国の私鉄7社が加盟する「全国登山鉄道‰(パーミル)会」という親睦団体があり、叡山電鉄も加わっている。アプト鉄道の大井川鐵道井川線と、特別な登坂機能を持つ電車を利用する箱根登山鉄道をのぞけば、叡山電鉄・鞍馬線の50パーミルは最急勾配だ。50パーミルの勾配を持つ路線は「全国登山鉄道‰(パーミル)会」の中でも南海電気鉄道高野線と、神戸電鉄を含め3社と限られている。

 

鞍馬線は普通鉄道で最大級の勾配があるわけだ。そんな急勾配を、叡山電鉄の電車はぐいぐいと登って行き、貴船口駅へ到着する。

↑貴船口駅の手前にある50パーミルの最大勾配区間。右下に勾配標もある。きららは側面ガラスが大きく開き展望が楽しめる(左上)

 

【叡電を深掘り⑦】貴船神社の最寄り駅・貴船口駅は魅力満点

もみじのトンネルだけでなく、新緑、紅葉のもみじが美しいのが貴船口駅だ。この駅付近も春と秋のシーズン中はライトアップされ、紅葉狩りに訪れる人も多い。

 

貴船口駅は2020(令和2)年3月19日に新駅舎となり、より快適になった。名高い貴船神社の最寄り駅とはいえ,

神社までは距離にして約2kmある。そのため駅前からバスを利用して、神社の最寄りまで乗車し、そこから歩くという参拝客が多い。貴船川沿いには名物の「川床」があり、京都の夏の酷暑を少しでも和らげる避暑地として昔から人気が高い。

↑新駅舎となった貴船口駅。ホームはこの上にある。階下には待合室もあり、叡山電鉄の駅で唯一のエレベーターも設置される

 

貴船口駅のすぐそばには鞍馬川と貴船川が流れ、両河川が合流している。樹木が生い茂るエリアだけに、貴船神社まで行かずとも、駅周辺を散策するだけでも涼味が味わえる。ぜひとも途中下車したい駅である。

↑貴船口駅近く貴船神社の大鳥居。貴船神社へは駅前からバス利用(右上)で約4分+徒歩約5分で行くことができる

 

↑貴船口駅の下を流れる鞍馬川。このすぐ下流で貴船川と合流する。渓谷沿いの新緑・紅葉が美しい

 

【叡電を深掘り⑧】鞍馬駅前の大天狗が新しくなって鼻も立派に

貴船口駅の次が終点の鞍馬駅だ。貴船口駅からも50パーミルの急坂が続く。進行方向右手に府道38号線(鞍馬街道)を眺めつつ、電車は徐々に坂を登って行く。

 

車窓から見える鞍馬街道沿いに門前町が連なるようになれば終点の鞍馬駅も近い。出町柳駅から乗車して30分ほどで、京都市街とは異なる山景色が楽しめる。この手軽さが鞍馬線の人気の1つの要因でもあろう。

 

行き止まり式のホームを先に歩けば趣ある駅舎が出迎える。同駅舎は1929(昭和4)年に建てられた寺院風の木造駅舎で、第一回近畿の駅百選に選ばれた。

↑鞍馬駅の木造駅舎。京阪鴨東線の開業時に手を加えられたが趣満点だ。駅前には大天狗のオブジェ(後述)が設置されている

 

↑駅舎横に電車の先頭部分が保存されている。こちらは開業時に使われたデナ21形の先頭部。横には同車の動輪と信号が設置されている

 

鞍馬といえば、牛若丸(源義経)が幼少時に修業した地で、山中で天狗を相手に剣術の稽古をしたと伝えられる。そうしたことからも天狗のイメージが強い。

 

鞍馬駅の改札を出ると大天狗のオブジェが目にとまる。この大天狗、実は2代目だ。初代の大天狗は2002(平成14)年に鞍馬地区から駅前に移され名物となった。発泡スチロール製だったためか、長年の風雪で弱り、さらに雪の重みで2.3mの鼻が折れる被害にあってしまった。

 

そのため2代目の大天狗が造られた。2019(令和元)年に初代からバトンタッチされたこの2代目、FRP(繊維強化プラスチック)製で2m以上ある鼻も丈夫そうである。初代よりも鼻がそそり立ち、いかにも今ふうの顔つき、眼光鋭くイケメンである。

↑鞍馬駅前にある大天狗。左が初代の大天狗で2019(令和元)年に2代目大天狗にバトンタッチされた

 

【叡電を深掘り⑨】珍しい境内の中にある小さなケーブルカー

鞍馬は平安京の建都以来、約1200年にわたり、京都の北方の守護の地として尊ばれる。その中心となるのが鞍馬寺だ。鞍馬寺の入口、仁王門へは鞍馬駅から並ぶ土産店を眺めながら200mあまり、約3分と近い。

 

鞍馬寺は奈良時代に唐から仏教を伝えた鑑真の高弟である鑑禎(がんてい)が8世紀に開山した寺とされる。本尊は毘沙門天王と千手観音菩薩と護法魔王尊の三身が一体となった「尊天」が祀られる。

 

鉄道好きとして気になるのは境内にケーブルカーがあること。鉄道事業として正式に認められたケーブルカー「鞍馬山鋼索鉄道」で、山門駅と多宝塔駅間の0.2kmを結ぶ。規模の大きなケーブルカーとは異なり、一車両が上下する造りで、坂道が連なる境内の移動手段として役立てられている。

↑鞍馬駅に近い仁王門が鞍馬寺の入口となる。多宝塔駅までケーブルカー(左上)が通じる。車両の名は牛若號Ⅳ

 

筆者が鞍馬線を訪れたのは、4月末の平日の朝だった。鞍馬駅から出町柳駅へ戻る時間帯が、ちょうど学生の通学時間に重なった。乗車したのは900系きらら。観光列車に乗って発車時間を待つ。そんな時に、鞍馬に住む中学生の一団が駅横の歩道を懸命に走ってきた。彼らが乗るのを待って電車は発車した。途中駅から、多くの中高生たちが乗車してくる。

 

朝の時間帯に乗車したから分かったのだが、鞍馬線は観光路線というだけではなく、京都の郊外に住む人々の通勤や、中高生の通学の足でもあった。鞍馬の地元小学校は貴船口駅前にあるのだが、中高等学校に進学すると、鞍馬からやや離れた学校へ、電車を利用して通学するようになるのであろう。

 

カッコいい観光列車きららに乗車して通学する彼らを、少しうらやましく感じた。市原駅、二軒茶屋駅と乗車する中高生たちが増えていく。そして岩倉駅へ着くと、一斉に下車して行った。観光客が乗車する時間帯と異なる時間に乗ると、思わぬ発見があるものだ。これから社会へ巣立っていく世代と一緒になり、ちょっと爽やかな気持ちになったのだった。

 

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