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キャンプ帰りの子どもの成長に涙し、睡眠用BGMに「喘ぎ声」を聞く映画監督の日常

  • 2021年9月10日
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「足立 紳 後ろ向きで進む」第17回

 

結婚19年。妻には殴られ罵られ、ふたりの子どもたちに翻弄され、他人の成功に嫉妬する日々——それでも、夫として父として男として生きていかねばならない!

 

『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『喜劇 愛妻物語』で東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。いま、監督・脚本家として大注目の足立 紳の哀しくもおかしい日常。

 

【過去の日記はコチラ】

 

 

8月1日(日曜日)

キャンプから戻ってきた娘を迎えに新宿まで行く。そして入れ替わりでキャンプに行く息子を送る。

 

野球チームの人間関係で悩み、勉強をする気がまったく起きない娘の今の楽しみは動画編集なのだが、親としては外でパーッと体を動かしてきてほしいという思いがある。また家ではソファにドカッと座ったっきり、口ばっかり達者で全く動かず、家の事など一切しないスタンスなので少しでも自立してほしいという期待もあり、わずか10日間ではあるが、サマーキャンプに行かせた。

 

反抗期の娘が家にいないとこうも快適かと伸び伸びと過ごしていた私と妻だが、頭の片隅には、人と馴染むことが苦手な娘はもしかしたらキャンプの10日間ほぼ誰とも口をきかず、ひたすらつまらない時間を過ごしているかもしれないとの不安もあった。どんな様子で帰って来るだろうかと思っていたが、開口一番「めっちゃ楽しかった。あと10日間は居たかった」と言った。正直、それだけのことで目頭が熱くなってしまった。

 

恋人や家族ができることに苦しみが伴うのは、自分よりも大切な存在ができてしまうからだろうが、我が子がなにかを楽しかったと言うだけで、こうも嬉しいものだろうか。久しくこの喜びを味わっていなかったような気がする。それは私たち親のせいでもあるのだろうが。

 

キャンプでは同級生のイケメン男子とも住所交換をしたとニタニタしながら言っていた。これで少しはいろんなことに前向きに取り組んでくれたらいいなと思う。家に戻るなりイケメン男子にハガキを書いていたのはいいが、その後は10日間離れていたスマホ三昧。なかなか親の思うようにはいかない。

 

↑今日からサマーキャンプスタートの息子はメチャクチャ不安そうな顔。終始無言でバスに乗り込んで行った。娘の表情とは雲泥の差。車酔いしやすいので、我々もかなり不安。行きのバスからゲロ全開でぶちまけないといいが(by妻)

 

8月4日

昨年の秋に受けた健康診断で私も妻もいろいろと数値の悪いところがあり、この日、半年間でどれだけ改善されているのかという再検査を妻と共に受けに行く。

 

すると、私だけすこーし数値が改善されていた。私は保健師さんの前で喜びいさみ、妻の酒量が全く減っていないことだけでなく、

「ジムに行っているくせに全然体重が減ってないんですよ! ていうか、むしろ2キロ増えてるんです! 信じられないですよ! ボクはこうして減ったのに! ボク、週2の妻のジム日に大好きなアイスを絶つから、妻もジムの日だけは酒をやめてほしいんですけど、絶対にやめないんです! ジムが終わった瞬間に缶ビール2本です!」

などと絶好調で唾を飛ばしまくって大声で訴えていると、そのような場でも自分のことを貶められると(これ、貶めてるのかな?)容赦なくキレる妻が案の定ブチ切れて、「おまえ、マジ、だまれ。調子ブチこくんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」と大声を出し、保健師さんをドン引きさせてしまった。

 

更年期障害って、M-1グランプリでの芸人の舌禍事件以来、それまで以上に揶揄的な意味合いになってしまっているような気がして使いづらいが、もしかしたらそのような症状が出始めているのかもしれないとも思う。私も労わらなければと思うのだが、未熟さゆえについつい要らぬ一言二言、時には三言を言わなければ気が済まない。その要らぬ一言というのはほとんど妻への何らかの復讐のために吐いてるような言葉がほとんどだから、言わないように我慢できないことはないはずなのだが、我慢できない。

 

(※)妻より

異議あり。聞いてください。

私をよく知る母仲間から「アキコさんは更年期障害でイライラしてるのではなく『カサンドラ症候群』なんじゃない?」と指摘されました。調べてみると症状がバッチリ私に当てはまりました。パートナーや家族に発達障害を持つ人が陥りがちな症状で、抑うつ、不眠、イラつき、不安、自己肯定感の低下などがあるらしいです。そうなる傾向としては真面目、面倒見が良い、忍耐強い性格などと記載があり、はっきり言って私まんまだと思います。あれ? 自己肯定感は高い?

でも、あなたに振り回されまくっている私も辛いということをちょっとでも自覚してほしいのです。せめて、「俺のパンツが一枚もない、靴下がない、着ていく服がない」とか子どもみたいなことを毎日言うのをやめてくれるだけでも、ストレスが少しは軽減されると思うのです。

 

8月5日(木曜日)

本日、息子4泊のサマーキャンプから帰宅予定。仕事は押していたが新宿まで迎えに行く。時間通りバスターミナルに大型バス到着。車酔いしやすい息子が心配で目を皿のようにして探していると、ニヤニヤしている息子を発見。開口一番、「あー帰りたくない! まだ長野にいたい!」と言った。娘で免疫ができていたのか、目頭が熱くなることはなかったが、嬉しかった。

 

解散してすぐに近くのロイヤルホストに入った。息子はちょっぴり静かで、バス降車時に渡されたサマーキャンプの写真をずっと眺め、美味しいカレーにもクリームソーダにも目もくれず、無言で涙ぐんでいる。色々質問すると「川遊びが楽しかった…。テントに一生泊まっていたかった…。マッチを擦ったんだ、初めてなのに成功したんだ…」とポツポツと話し出し、最終的に「今すぐ長野に帰りたい」と涙をポロポロ流し始めた。

 

息子は楽しい時間からのバイバイがとっても苦手な特性を持っており、本当に寂しそうで私まで悲しくなったが、ロイホのカレーがとても美味しくて息子の分と自分の分を飲むように食べた。

 

ちなみに息子は行きの服で帰ってきた。着の身着のままで4泊過ごした。リュックの中にはジップロックに畳んで入れた3泊分の下着と服と使っていない歯ブラシがまんまの形で入っていた。灼熱の中、風呂も1回しか入らなかったらしい。よほど楽しかったのだろう。妻は「たくましいなー、この子は。山中とか無人島とかで生きていけるタイプかもな」と言った。将来、そういう自分に向いた仕事につけるといいなーと切に思う。

 

8月7日(土曜日)

サマーキャンプに参加していたために、娘はこの日が2週間ぶりの野球の練習となる。

 

チーム内の人間関係に悩み、うまく馴染めていない娘に2週間というブランクはかなりキツイようで、前日から「あーあ、行きたくないな…」とこぼしていた。たかだか10日のキャンプで人間が変わるわけもないが、親としては少しだけでも物事に積極的になってほしいと思っていた。野球チームの人間関係もしかりだ。だが、やはりなかなか思い通りにはいかない。

 

酷暑の中、朝7時に家を出て19時半にヘトヘトで帰宅した娘の表情は暗かった。玄関で靴を脱ぐなり「もう辞めたい」とシクシク泣き始めた。久しぶりに練習に参加した今日は一日中誰からも話しかけられず、弁当もひとりで食べたらしい(珍しく弁当も残してきた)。今の子の言葉で言えば、娘は野球チーム内では「ぼっち」なのだ。

 

本当に「ぼっち」なのかどうは分からない。練習などそう頻繁には見に行けないから「ぼっち」の姿を目撃したわけではない。

 

誰かひとりくらいは話しかけてくれる子もいるのではないかと、口にはできないが思ったりもする。だがもしも本当に「ぼっち」ならば辛いだろう。チーム内で中学から野球をやり始めたのは娘だけだし(しかも中1の3月入部)、去年は東京都でベスト8にも入っているチームだ。そんな本格的なチームの中で、素人の娘が慣れない野球の練習をこなし、ひとりで弁当を食べている姿を想像すると、胸が張り裂けそうになり、もう辞めてもいいんじゃないかと思ってしまう。どんな言葉をかけていいのか分からず、私も途方にくれてしまった。

 

そしてキャンプ中に出会ったイケメン男子に出したハガキの返事を、首を長くして待っているが来ない。これも落ち込む原因になっている。頼むから返事来てほしい。

 

8月8日(日曜日)

テレビで男子マラソンを見ながら仕事。当たり前だが捗らない。そして、こうなるだろうとは思っていたが、私はテレビでかなりオリンピックを見ていた。今回は日本でやっているから寝不足になることなくオンタイムでいろんな試合が見られる。でも、嬉しくはない。

 

私にとって、オリンピックは深夜にゆっくりと「へえ、この競技、こんなに面白いんだ」と発見しながら見るのが楽しいのだとはっきり分かった。そしてそれは、あまりにもどうでもいいことだ。そんなどうでもいいことを思っている場合ではない。

 

コロナ感染者も爆発的に増えている。オリンピックは関係ないという言葉も聞こえてくるが、関係ないわけはない。きっとない。エビデンスはない。今、人生で初めてエビデンスという言葉を使った。正直最近までエビデンスと聞いても「海老」を思い浮かべていたし、ダイバーシティと聞いても何となく街の計画かなにかだと思っていたくらいバカだが、それもどうでもいい。

 

それにしても有言実行というのか、言葉通りに結果を出す大迫 傑は文句なくかっこいい。あと、女子バスケにも燃えさせていただいた。

 

閉会式は見なかった。開会式も見ていない。今までオリンピックの開会式と閉会式を一度も見たことがない。オリンピックには興味はなくても開会式だけは見るという人もいるが、私は自分の身内でもいない限り、オリンピックに限らずいろんなイベントの開会式というものはまったく見たいと思わない。

 

娘にイケメン男子から返事は来ない。毎日ポストを気にしている娘がそろそろ不憫になってきた。

 

8月10日(火曜日)

台本を書きまくる日々。そして不眠。夜1時ごろ寝て、朝の4時ごろには起きてしまう。昼間、猛烈に眠い。最近は寝るときにナイツやオードリーの漫才とか、誰でもいいので落語さんの睡眠用落語というのを聞いて寝ていたのだが、2時間くらいあるそれらを最後まで聞いてしまい、まったく睡眠用にならない。無音だと眠れないのだが、妻の聞いている文学の朗読は聞く気になれない。なにかないかと探していて、我ながら恥ずかしいが「喘ぎ声」というのを見つけてそれを聞いてみたら、これが意外に眠れた。のだが、それはその日だけだった。翌日も同じことをしたらまったく寝付けなかった。どなたかこれは必ず眠れるというものがあれば教えていただけたら嬉しい。

 

そして、イケメン男子から娘に返事がない。そして、この日の日記だけは娘に読まれたくない。

 

8月14日(土曜日)

娘の様子が気になり野球の練習を妻と見に行く。練習後にいつもシクシクとされて心配だからだ。私はジェラートトリプルを、妻はストロングゼロを2本買ってコソコソと隠れて見ていた。この日、娘は特守。フラフラになりながら猛ノック150本を受けていた。そんな娘に声をかけてくれるチームメイトたち。「頑張れ!」「しっかり!」「もう少しだよ!」「ナイスキャッチ!」などなど。正直涙が滲む。表面上にはどう見てもうまくいっているようにしか見えない。しかも私と妻に気づいた娘は、特守終了後わざわざやってきて「ねえ、私、うまかったでしょ」と言った。私なら自分の親がこっそり練習を見に来ているのに気づいても親のところへなど行かない。むしろ「くんなよ」と思ってしまう。娘は妙なところでメンタルが強いというのかバカなのかよく分からない。

 

ただ、練習合間の休憩時や練習終了のダウン時など、皆が雑談する時間がある時は、娘は確かにひとりぼっちであり、ポツンと所在なげにグローブをいじったりしているように見えた。

 

日陰を求めてウロウロと移動していた我々を見つけては、胸の前で小さく手を振る姿を見ると、やっぱり孤独で寂しいのだろうな、とは思う。娘にはどうかタフになってほしいと思うが、どうしても無理なら続けているのも時間の無駄な気はする。どう考えていいのかよく分からないまま、帰路につき、美味しい手づくりスコーン屋を発見したので、娘に買ってやるかと3つ買ってひとつ食べたらあまりにうまかったので全部食べてしまった。

 

そして娘にイケメン男子から返事は来ない。

 

「母影」(著・尾崎世界観)読了。

 

8月19日(木曜日)

この日は1日休むと決めた。

 

最近は仕事で通っている渋谷以外の街に行くことはなかったのだが、この日は久しぶりに違う街に行って、「モロッコ、彼女たちの朝」(監督:マリヤニ・トウザニ)と「返校」(監督:ジョン・スー)を見て、夜は俳優の坂田 聡さんと一緒に、「アンダードッグ」でご一緒した清水 伸さんが出演されている「道産子と越後人」を観に行った。3本のオムニバスでそれぞれ良かったが、私は3本目の「不毛ドライブ」が最も好みだった。

 

去年、坂田さんとお芝居をする予定でいたが、中止になってしまった。やっぱりなにかやりたいなあと刺激を受けた日だった。

 

そして娘にイケメン男子から返事は来ない。心が折れたのかポストを気にすることもなくなった。

 

8月21日(土曜日)

妻と共にワクチン2回目。夫婦で同日接種は避けた方が良いとネットに書かれていたが、申し込んだ時には副反応がこんなにひどいとは言われていなかった気がする。

 

1回目は左腕に打ったのだが、3週間たった今でもまだ痛いので2回目は右腕にしてもらったところ、何時間たっても筋肉痛的な痛みもほとんどなく、1回目のときに襲われた倦怠感とか頭痛もない。それだけで嬉しくなる。なのでそのまま妻とランチに行った。そしてそのまま、この日も娘の野球の練習を見に行った。今日の休憩中は、少しだが、チームメイトと雑談している雰囲気はあった。安心したと共に、ちょっとだるくなってきた。ポカリスエットと知り合いに聞いた「牛黄(ごおう)」という漢方と解熱剤を購入して帰宅。

 

「ヤクザと東京五輪2020」(著・竹垣悟×宮崎学)読了。

 

8月22日(日曜日)

やはり副反応で発熱してしまったが、筋肉痛的な痛みや強い倦怠感はなく、風邪よりは楽な気がした。少々朦朧としながらシナリオを書いていたが、たまらずダウン。冷えピタを貼ってNetflixの「ハイパーハードボイルドグルメリポート」をひたすら見ていた。

 

8月24日(火曜日)

息子と息子の友達と水鉄砲をしていたら、妻が日傘さしてやってきて「珍しく子どもの相手してんじゃん」と腹の立つことを言いつつ、スマホで写真を撮りやがるので、息子の友達が持ってきていたバズーカ砲のような水鉄砲で妻のケツめがけて攻撃したら、まぁまぁの威力の水に、妻がなかなかのキレ方を見せて「テメェ殺すぞ!」と怒鳴り、息子の友達がフリーズした。

 

「子どもの前でお尻とかオッパイを狙って水鉄砲撃つことを悪ふざけだというお前のような男がいるから、いつまでたってもバカな男が減らねぇーんだよ!」と怒鳴られ、がっちり謝罪をすることに。

 

↑連日の猛暑。近所の区民プールも、学校のプール開放も閉鎖中。息子も息子友達もパワーを持て余している。灼熱地獄の中、近所の無人の児童公園で水鉄砲祭(日中はベンチで肌を焼いている常連おじさんしかいない)&自宅極小風呂でダイビング(by妻)

 

8月26日(木曜日)

雨上がり決死隊の解散報告会を見た。出川哲朗の涙とFUJIWARAの藤本の号泣には、雨上がり決死隊とはぜんぜん関係のないことをたくさん思い出し、もらい泣きした。

 

2年前、映画の撮影中に宮迫とロンドンブーツ1号2号の田村 亮が闇営業問題の記者会見をして、その日ちょうど撮休だった私は香川県のスーパー銭湯でずっとその会見を見ていた。見ていて思ったのは、宮迫という人と私がそっくりだということだ。まるで自分を見ているかのようだった。自分の保身を一番に考え、それがもろに裏目に出る。そして裏目に出た時に激しく落ち込みながらも、同じ過ちを繰り返す。この解散報告会でも、正直その同じ過ちを繰り返しているように見えてしまった。逆に蛍原は男を上げた気がする。男を上げたという言い方は、今はダメかもしれない。人間を上げた。

 

こうした宮迫とか私のような、人間のみっともない部分が真っ先に出てしまう人間には、今という時代は生きづらいかもしれない。私は叩かれるような知名度がないだけのことだ。

 

人は誰もがそういうみっともなさを持って生きていると私は思っている。みんなそのみっともなさをひた隠しに隠して隠しきって生きているのだと思っていたが(それはそれで素晴らしい生き方だと思う)、もしかしたら違うのかもしれない。そんなみっともなさを露呈してしまう場面に遭遇することなく生きていられる人が多いから、自分はみっともなくないと思い込んでいる人が多いのではないか。だからみっともなさを露呈させてしまった人がこんなに叩かれるのではないか。

 

しかし、露呈させない生き方は幸福なことなのだろうか? 叩く前に、かすかながらの共感というのか、「あいたたた……」と自分を見てしまうような感覚はないのだろうか。どおりで立派な人やちゃんとした人、不幸な境遇ながらも必死で生きている人が出てくる映画が好かれるわけだ。そういう映画を悪いとは言わないが、そうじゃないものを見た時に「こいつ、頑張ってないだけじゃん。自業自得っしょ」みたいな気持ちの悪い感想なんかが出てくるのだろうと思う。

 

人のみっともない部分を、人間味として面白く描くことを目指している私としては、今後仕事の出番がますます減っていきそうな気配を感じる

 

(※)妻より

夫が自分と宮迫氏とそっくりだと自覚し、保身が裏目に出るのを分かっているのに何回も繰り返してしまう、と書いてありますが、そこまで分かっているのにどうして夫は「保身裏目」を繰り返してしまうのでしょうか。私には理解できません。人として弱すぎます。まぁ休肝日を1日も作れない私に言われたくないでしょうが。
 
雨上がりさんに関しては、もう少し「気持ちを伝える努力」をお互いしていれば違った結果になったかもしれない、とは思いましたが、私も夫とコミュニケーションを取る(会話する)のがもの凄く苦手で避けているので、偉そうには言えません。
まぁ、人気芸人の宮迫氏と夫とでは保身する立ち位置が全然違うとは思いますが。もし夫が宮迫氏のようにYouTube始めたとしても多分フォロワーは5、6人だと思われますし、その5.、6人を私全員当てられると思います。

 

8月27日(金曜日)

もうすぐ夏休みが終わる。子どもの感染も増え、夏休みを延長するところもある。息子はそろそろ恒例の学校行きたいくないモードが出始めて、毎朝毎晩ウチの神棚やダルマやキツネやエミューの羽などの開運グッズに「一生夏休みが終わりませんように」とお祈りを始めた。冗談ではなく真剣にお願いしている。

 

妻のママ友仲間から、子どもが感染した場合の重篤化もハンパないから学校休ませようかと思うんだと連絡きたという。我々も息子を小学校に行かせるべきか、また中学生の娘に予防接種を受けさせるべきか悩んでいる。分からないことが多く、夫婦でも家族でも考え方は一致しないし、その考え方もコロコロと変わる。

 

修学旅行・部活・夏祭りやイベントの中止、黙食の徹底、休み時間でも無駄な会話禁止などの決まり事に対し、子どもがけなげに、そして律儀に守る姿を見るとせつなくなる。

 

なるのだが、区の小学校、中学校が9月12日の緊急事態宣言明けまで午前中授業にすると通達がくると、デルタ株が猛威を奮っていて、やむを得ない判断なのは分かるが憂鬱にもなる。きっと部活もなくなるだろうし、時間を持て余した子どもたちと衝突は必至だ。

 

「命には代えられない!」という方もいらっしゃるが、私は今この瞬間、残念ながらそこまでの危機感と想像力を持ち合わせていない。何とか落としどころ見つけてやってくしかないんじゃないのと今は思っている。あくまで今だから明日には変わっているかもしれないと言い訳のようなことも一応書いておく。

 

とにかく休校だろうが夏休み延長だろうが、去年の春先の放置休校のような地獄だけは、子のためにも、親のためにも勘弁願いたい。

 

8月29日(日曜日)

今日は息子の野球。息子は野球のルールがなかなか覚えられない。次回までにフォースプレイと駆け抜けて良い塁、いけない塁を覚えなくてはならない。息子にフォースプレイを理解させるのは、私になにか医学とかどっかの国の文学とかの難しい論文を読んでまとめてこいというくらい、途方にくれるものになるだろう。

 

帰宅後、息子は妻と自由研究。名前を付けてかわいがっていた3代目のザリガニも元気に脱走してしまったが、とりあえずザリガニへの愛を図に描き、文字を書くのが苦手な息子の手を背後から妻が持って、どうにか完成させた。それでも息子は「こんなんじゃダメって怒られるよ!」と不安で泣き叫ぶ。

 

ちなみに私は数日前に、娘の読書感想文を手伝った。

 

自称ストレスフルで不眠の妻が夜な夜な聞いているラジオの朗読で、娘(昼間は大変な呪詛を吐き散らすのに夜は妻と一緒に寝たがる)は妻と一緒に太宰 治を何本か聞いたため、読書感想文の宿題に「人間失格」を選んでいた。ちょいちょい響くところがあったようだ。

 

娘は「思い出」や「ヴィヨンの妻」を聴いたときに、「なんかパパみたい」と言っていたらしい。そして妻は「太宰とパパ、変わらないよ」と返したらしい。いくら妻とはいえ、この発言はかなり恥ずかしすぎるので「それはない」と咎めたところ、「だから私もお前は終わってんだよ」と意味不明なことを吐き捨てるように言われた。私は「まだ始まってねえよ」と「キッズ・リターン」風に返した。

 

ところで「キッズ・リターン」は好きな映画であるとともに、なんだか北野 武がつまらなくなってしまった映画だとも思っている。のちに「アウトレイジ」で私的には大復活したのだが、「キッズ・リターン」は北野 武が普通になってしまったと感じた映画だった。なんて偉そうなんだろう俺は。

 

8月31日

夏休み最後の日ということで、家族で焼き肉を食べに行ったのだが、娘と息子はあらかた食べ終わると、近くのブックオフに行ってくると言って店を出て行き、理由は分からぬが朝から鬼のように不機嫌だった妻とふたりきりになってしまった。なにを話しかけても目も見てくれない。不機嫌の理由はさっぱり分からないが、なにか妻の気に食わぬことを私がしでかしたのだろうが、それはきっと咎める方が人間の小ささを露呈するようなことで私を咎めることもできないからただただ不機嫌という、妻にとってはよくあるパターンの不機嫌さなのだと思う。

 

それに加えて店で酒が飲めないということへの怒りのとばっちりが私にきているのだ。子どもたちがいなくなると、妻は無言で生焼けのホルモンを口に運び続け、出て行った。ひとり取り残された私は頭を空っぽにして粛々と肉を食い、会計をし、子どもたちのいるブックオフへと行ってみた。息子がひとりでいた。姉は先に帰ったとのこと。「明日学校行きたくないな…」と言う息子が不憫なのと、漫画を買ってもらいたいからなのは見え見えだが、それでも私を待ってくれていたことが嬉しくて「はじめの一歩」11巻(分厚いやつ)と「ONE PIECE」の映画版のマンガを買ってやり、家に帰った。

 

そして、とうとう娘にイケメン男子からハガキの返事は来なかった。

 

「小説8050」(著・林真理子)を読む。

 

(※)妻より

異議あり。聞いてください。

不機嫌な理由は30個以上あります。話しても激しい口論となり、結果お互い全人格を否定しまくって消耗するだけなのであまり話したくありません。夫が怒鳴り、その三倍返しで私が怒鳴るが、その結果なにも解決しないという負のループです。バカですね。でも、最近夫婦というこの無理やりな制度そのものがバカなんじゃないかともちょっと思ったりします。ふたりの人間が長いこといれば、よほど「できた人」でない限り、きっとこの繰り返しなのではないか、と……。

 

 

【妻の1枚】

【過去の日記はコチラ】

 

【プロフィール】

足立 紳(あだち・しん)

1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作「百円の恋」が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ほか脚本担当作品として第38回創作テレビドラマ大賞受賞作品「佐知とマユ」(第4回「市川森一脚本賞」受賞)「嘘八百」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「こどもしょくどう」など多数。『14の夜』で映画監督デビューも果たす。監督、原作、脚本を手がける『喜劇 愛妻物語』が公開中。著書に『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』などがある。最新刊は『それでも俺は、妻としたい』(新潮社・刊)。

【喜劇 愛妻物語公式サイトはコチラ】

 

 

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