芸人、俳優、怪談師、YouTuberなど、多彩な顔を持つ好井まさおさんが、自身のYouTubeチャンネルと同名の著書『好井まさおの怪談を浴びる会』(KADOKAWA)を上梓した。
面白いのは、単に配信した怪談を書き起こしているのではく、芸人・好井まさおの類まれなる話芸をもって新たに“語り起こされて”いるところだ。
今回、特別に著書の中から紹介するのは、怪現象が連発する現場での体験。まずは前篇をどうぞ。
怪談のYouTubeチャンネルをやっていると、たまに心霊スポットロケのオファーを頂くことがあります。芸人が霊媒師さんとハンディーカム持って行くアレ。
NGにしています。
変やん。
怪談チャンネルやってて心霊スポットNGはタレントとして使いづらいって。
わかってます。わかってるんです。
以前はお引き受けしていたんですよ。その種の番組に出て、心霊スポットに何度も行きました。
「うわ、怖っ」
みたいな体験は何度かありました。それが……それがなんです。
とある体験をきっかけに、
「もう無理やん、こんな体験したら心霊スポットの仕事、完全NGやん」
と思い知らされました。霊感がないうちの奥さんも巻き込んでしまい、
「霊感とか関係なく、見えてまうんや」
と思ったんです。
今から綴るこの体験は、自分が目にした心霊現象の中で、ダントツ一番怖かった。そう断言できます。
「霊障」という言い方が適切かはわかりませんが、この話をする度視聴者の方から、
「好井さんのお話を聞いたあと、こんな心霊体験をしてしまいました」
「彼氏が急に壁を見ておかしなことを言いだして……」
といった報告があったり、ライブで話した際は、気分が悪くなり退席されたりする方もいらっしゃいます。また倫理的にどうやねんと言われることもあります。
ハードル上げすぎやろ、そんな声が聞こえてきます。
違うんです。
そういうお話であるということを踏まえ、注意喚起として先に言わせて頂きました。
そんなこと言われたら、ちょっと読みたくないねんけどって方は別のお話を読んでください。
せっかくここまで読んで頂いたのに不躾(ぶしつけ)で申し訳ございません。
それでは綴りたいと思います。
その仕事は、心霊スポットで怪談を語るという、よくあるものでした。
ただいつもと違うのが、朝の子ども番組やということ。
なんでやねん。
なんで朝の子ども番組でがっつり怖い話すんねん。
変やって。
そんな疑問を抱きつつ、昼過ぎにとあるテレビ局に集合しました。
出演者は数人の怪談芸人、MCの先輩芸人、そして聞き役的にきれいな女性タレントさん1人。
怪談を語る僕らの持ち時間は1人1分。今思えば超ショート怪談。
ロケバスに乗り込み早々、番組スタッフさんが全員に声をかけます。
「子ども番組なんですが、手加減しないでください! 視聴者の後ろで一緒に見てる保護者の方を震え上がらせましょう! 皆さんの一番怖い話をお願いします!」
どんな子ども番組やねん。
後々聞いたんですが、このむっちゃ気合いの入ったスタッフさんはゴリゴリの怪談好きと評判の方でした。
ロケバスにぎゅうぎゅう詰めになって、東京の郊外へ向かいます。車窓に頭をくっつけながら、どの話をしようかと悩んでいました。
目的の心霊スポットは、東京の外れにある、山の頂上付近に位置するトンネル。
これがまた遠い。都内とはいえ1時間半は車に揺られます。頭の中で怪談のレパートリーを検索していたはずが、いつの間にかウトウトしていました。
すると、ゆっくり車が止まります。
カーテンを開け、ロケバスから窓の外を見ると、到着した場所は、山の入り口。
ここほんまに東京か? そう思ってまうぐらい、大自然に囲まれていました。
山の入り口には、学校の校門のようなゲートがあり、重厚な南京錠(なんきんじょう)で鍵がかけられています。さらに、乗り越えて侵入されないための高いフェンスもズラーッと門の横に併設されていました。この山は国によって立ち入り禁止、即ち閉山されているとのことでした。
どうやら今回は特別に許可を得て入山できるようです。
役所の方らしき人がゲートを開け、ロケバスが通っていく中、心霊スポットに詳しい出演者たちの話し声が聞こえてきます。
「え? ここほんとにやばい心霊スポットじゃん」
「うわ、ここ〇〇トンネルあるとこでしょ?」
どうやら都内でも有数のスポットらしいことが寝起きの僕でもわかりました。
季節は初夏ということもあって、心霊スポット巡りに来ている一般の方の車も数台あります。しかし、一般の方は許可を得ていないので、その先には進めず、帰らされていきます。
引き返す車たちが心から羨しい。
あー今から怖い所で怖い話をするんや。
あー帰りたい。
そう思っている一方、ロケバスは曲がりくねった峠道をどんどん上がっていきます。
どこ行くねん。
4、5分走ったところで車が止まり、若いスタッフさんが一旦バスを降りました。
何事なん?
すぐにスタッフさんが戻ってきて大きめの声で言います。
「すいません! 木が道を塞いでおり、一旦、木を動かす作業に入ります」
キガミチヲフサイデオリ、キヲウゴカスサギョウ?
??????? 初めて聞いた言葉。
窓の外を見てすぐ理解しました。
本当に手入れされていない山。道路の真ん中に木が横たわり、その上で蝉(せみ)が鳴いていました。
男性陣総出で木を道路脇に移動させる × 4
その後も、四度大木を動かしました。最終的に、山の入り口から山頂のトンネル付近にたどり着くまで小一時間かかりました。
肉体労働付き怪談収録。後にも先にもこんなことは今のところありません。
これからも多分ないやろうな。
収録場所のトンネル付近のちょっと開けた駐車スペースに到着しました。
しかし、怪談を話すにはまだ早い。夕日がきれいすぎる。
山頂付近はさすがに見晴らしがよく、東京の街並みがきれいに見えます。
「日没を待って収録を始めまーす」
暇。暇すぎる。
携帯の電波はもちろん入りません。
暇を持て余した僕はMCの先輩と一緒にトンネルの中を散策します。それが間違いでした。
トンネルはえげつないほど不気味。緊張感のなかった僕に、
「あ、ここはアカンとこやん」
と本能が伝えてきてるのがわかりました。
一気に恐怖がおそってきて、一瞬正気を失いかけました。MCの先輩にバレないように平然を装いトンネルに入っていきます。
中は真っ暗。
普通、トンネルの中にはオレンジ色の照明がついているはず。
おかしい。
あ……そや、閉山されてたんや。
当然、照明は全部切れていました。不気味な、そして真っ暗なトンネルがずーっと延びています。
「こんなとこで収録すんだなあ」
「崩れ落ちてこないっすかね?」
「大丈夫だろ!?」
まだ陽があり明るいながらも、トンネル内には不気味な空気が流れています。
2人とも全然ビビってない感を出すために会話のラリーも多め。
トンネルを進んでいくとそこには異様な光景が広がっていました。
トンネルの天井の高さは約3メートル。
その天井に近い、いや天井に付いてる……そんな高さまで大量の花が手向けられていました。
全部、造花。
枯れることなく発色のいい花。
赤や黄色が不気味すぎる。
何があったんやろう。
怪談を盛り上げるためのセットなんかな?
その時はそのぐらいにしか思っていませんでした。いや、深く考えないようにしていたという方が近いかも。その光景はむっちゃ違和感がありました。
「こんなにたくさん花を手向けられることって、ある?」というくらいの量です。
ちょっとでも怖い方へ考えてしまうと、正気を保てる自信がありませんでした。考えないようにしてトンネルを出てロケバスに戻りました。
そうこうするうちに陽が落ちだします。見渡す限り、ほんまに真っ暗。民家も遠い。聞こえるは風の音と虫の鳴き声くらい。
照明で演出された、不気味なオレンジに光るトンネルをバックに、いよいよ僕らの怪談の収録が始まります。
僕はトップバッター。ディレクターさんの合図とともに話し出しました。
「それではまいりまーす。5秒前、4、3、2……」
「……これはですね」
「ちょっと待ってください!!」
音声さんが、大声で割って入ります。50代くらいのベテランの音声さんが、顔を引きつらせ、声を詰まらせ、軽く震えながら、
「あの……人の、話し声が聞こえるんですけど……」
僕は正直、ドッキリやんと思いながらも、
「ちょっとやめてくださいよー!」
と若手芸人らしく言ってみました。
スタッフさんはフル無視。
「え? どういうこと」
「どんな声?」
「一旦聞かせて」
その場にいるスタッフさんたちのバタバタが止まりません。いい歳したおっちゃんが震えながら、
「人の声が聞こえるんです!」
って何回もいろんな人に言って回っています。
あきらかにテンパってる。
周りにいるスタッフが順番に録音された音声をヘッドホンを回しながら聞いていく。そして2、3秒の沈黙のあと、
「うわぁ!」
とヘッドホンを外す。この流れが何人も繰り返されます。
「いやいや、むっちゃドッキリやん、下手くそやな……」
と呆れながら、僕も一応音声を聞かせてもらいました。
そこに入っていた「声」は、想像と違いました。
1人や2人ではない。ライブの開演前、客席がざわついてるぐらいの感じ。
口々にいろんな人が話してる。
「うわぁ!」
僕もこれまでの流れ同様にヘッドホンを外します。
え? ドッキリちゃうの?
うそ? マジなんこれ?
出演者、スタッフ、一同「もう早く撮って帰ろう」と一致団結し収録が再開します。
そして僕が改めてしゃべりだしたところで、
バチンッッ!!
照明が消えます。
真っ暗。
「キャーー!」とメイクさんが悲鳴を上げます。
聞き手の女性タレントは声すら上げられないほど怯(おび)えています。
しばらくして非常灯がついたら、これまたベテランの、60手前くらいの照明さんが、顔を引きつらせて作業しています。
「どどど、どうなってんだ……どうなってんだこれ……」
ありえない、という顔をして何度も言っています。
もう受け入れよう。これはドッキリではない。
ほんまにやばいところに来てもうたんや。
ようやく僕も今起きてる現実から目を逸らすことをやめました。スタッフも出演者も、みんな震え上がっています。現場は軽くパニック状態。
そんな中、女性タレントさんが「気持ち悪い」と言いだしました。かと思ったら、草むらに走って行き嘔吐(おうと)。
目の前で女性タレントが走り込み嘔吐。
カオス。
再度、「とにかく早く撮ってしまいましょう」ということになり、収録が再開されます。
僕は自分の話を無事終えました。正確に言うと終わらされました。3、4箇所噛(か)んだけど、無理やりオッケーテイクとなりました。ロケバスに戻って他の人の出番が終わるのを待ちます。
絶対に外に出ない。早く帰りたい。
ん? おかしい。体がおかしい。
体が重い。というか背中が重い。なんか背負ってる感じ。腕も重い。
重いものを持ってるというか、大きめの畳んだ段ボールを数枚重ねて両手で持ってる時、重たくないのに疲れるじゃないですか? あの感じ。
車の中で休んでいると、1時間半くらいで収録は終わり、テレビ局に戻ることになりました。戻る道中はしゃべるのもしんどい。あきらかに体調が悪化していました。
体がだるいし、熱っぽい。夏の暑さとは違う、なんか体も熱い。早く帰りたい。
しばらく車に揺られ、あのトンネルから離れていくにつれて、緊張が解けてきて平常心を保てるようになってきました。
もしかして憑(つ)いてる?
いや、憑いてない、憑いてない。慣れへんテレビ収録やったからな。
肩に力入ってただけやん。興奮状態やっただけ。そうそう、そうに決まってる。
そう思いながら、いや自分で自分に思い込ませながらテレビ局に到着し家路につきます。
》後篇へ続く
好井まさお(よしい・まさお)
1984年生まれ。大阪府出身。NSC東京校を卒業後、2007年に井下昌城(現・井下大活躍)とお笑いコンビ「井下好井」を結成。2022年12月31日に解散し、ピン芸人に。それ以前から俳優、怪談師としても活躍。YouTubeチャンネルは、ファッションに特化した『好井&カナメクト』、怖い話に特化した『好井まさおの怪談を浴びる会』などを運営。『好井まさおの怪談を浴びる会サロン』も開設。2025年2月にスタートした全国ツアー「劇場版 好井まさおの怪談を浴びる会」も盛況。
好井まさおの怪談を浴びる会 https://www.youtube.com/@yoshii-abirukai
文=好井まさお、CREA編集部