「ジュエリータカミネ」でリフォームジュエリーのデザイナーを務める永瀬珠。しかし閉店が決まり、45歳で無職に。再就職に向かう中で、たどり着く答えとは――。
11月6日に発売される小説『雫』は、永瀬と中学時代からの友人3人が織りなす30年間の青春物語です。就職や結婚、離婚、親子の別れ、パワハラなど人生で起こるさまざまな出来事と向き合い、ひたむきに生きる姿を描きます。
人生でつまずいたことがあるすべての人の心に響く物語。著者の寺地はるなさんに、作品を考えたきっかけや今作のために行ったリフォームジュエリーの取材について伺いました。
――『雫』を考えたきっかけを教えてください。
寺地 時間を遡る物語が書きたいと思ったんです。新作ではいつも新しいことに1つ挑戦していて、この書き方は初の試みでした。それで編集者と話すうちに、人の半生を振り返るような小説にしようと決めたんです。
生きていると、10代で憧れたものに30代でお仕事として関わることってありますよね。そういうものに出合うお話が書けたらいいなと思いました。書き終えた時は、いい疲れを感じましたよ。私の年齢と近い「45歳」の主人公から物語が始まるので、登場人物と一緒に30年間を生きた感覚がありました。
――本作では4人の登場人物が互いを思いやる姿も描かれています。寺地さんご自身は、こういった友人関係についてどのような考えを持っているんですか?
寺地 私には、ここまで密に付き合う人間関係はないんです。自分の人生を生きていて、たまに接触することがほとんど。10代から仲良くしている友達もいますけど、数年に一度しか会いませんし、必要がなければ連絡もしません。
みなさん、「友達の理想」ってありますよね。一緒に遊んだり、大変な時には駆け付けてくれたり。でも淡い付き合いもちゃんと友達ですし、本作では「それでいいんじゃないかな」という思いを込めています。
――今回、リフォームジュエリーをテーマにしたのはなぜですか?
寺地 最初はもう少し漠然と「会社の閉業や閉店」を考えていたんです。でも、せっかく時間を遡るなら、人から人に受け継がれるものを扱う会社にしたいと思いました。それで、誰かからもらった大切なものを、また次の世代へ渡すリフォームジュエリーを思いついたんです。
――寺地さんはもともと石がお好きだとか。今日の衣装のネックレスも、物語に「お守り」として登場するラピスラズリのネックレスにそっくりですね。
寺地 このネックレスは版元の広報担当者が出版を記念して、そっくりなものを探してくれたんです。
石はダイヤとか価値が認められたもの以外にもいろんな種類があるので、面白くて。石って長く使うものですし、誰かの形見としていただいたり、いろんな物語がありますよね。そういう意味では小説の題材にしても、広がりが感じられます。
――今作のために改めて取材したことは何ですか?
寺地 大阪のリフォームジュエリー店に取材に伺いました。お店にはお客さんからのお礼のお手紙がいっぱい壁に貼ってあって、すごく参考になりましたね。例えば、ある左利きのお客さんは、ネックレスの留め具を逆に作ってもらったそう。「そんなところまで気にかけるんだ」とびっくりしました。
――その人に合ったジュエリーを仕立てるんですね。小説には、リフォームジュエリーに関わる職人たちも登場します。
寺地 職人の方々にもお話を聞かせていただいたんですけど、すごく興味深かったです。ジュエリーの世界は分業制なんですけど、私の中で衝撃だったのは、地金加工とは別に石留めの職人がいることです。石を留める技術ってすごく種類があるらしくて、石の形に合わせて爪を調整するらしいんです。とても興味深かったです。
――今作で筆が乗ったり、あるいは何度も書き直したりしたシーンはありますか?
寺地 書き直すというお話で言うと、最初は4人それぞれの視点で30年間を振り返ろうと思っていたんです。でも書いてみるといまいちだったので、1人の視点に書き直しました。
かなりの原稿を変更したのですが、エピソード自体はそのままなので作業は大変ではなかったです。「本人からは見えていたことが、この人には見えていない」と視点を考え直す作業が必要なくらいで。
――読者に読んでほしいシーンはどこですか?
寺地 結末に近いところで、エレベーターに乗るシーンです。最後の最後に加筆した場面なので、そこが褒められたらうれしいですね。
――タイトルに込めた思いを聞かせてください。
寺地 このタイトルは、「しずく」という登場人物を決めた時点で、仮タイトルとして付けていたんです。書き始めた頃は、「雫」が人名用漢字か調べる余裕がなくてひらがなにしていたんですけど、書いていくうちに馴染んできたのでそのまま彼女はひらがなの名前にしました。
タイトルは漢字にしましたが、それを機に「雫」のモチーフを作品に色濃く投影させたんです。1文字のタイトルに憧れがあったので、「ちょっとかっこいいな」と思っています。
――じゃあ、ネックレスや名刺の「雫」モチーフも、タイトルから?
寺地 そうです。私が原稿を書く時は何度も書き足しながら進めていくスタイルなので、タイトルが決まった時に書き足しました。
――登場人物の「しずく」は、ハンドサインも印象的でした。
寺地 今の時代に本を手元に置いていただくのだから、1回読んでおわりじゃなくて、「これはどういう意味だっけ」と読者に何回も楽しんでもらいたいという思いを込めました。最初の場面では意味がわからないけど、結末になるとわかる仕掛けです。
どんなハンドサインにするかは、私が奈良の東大寺に行った時にひらめきました。看板に「東大寺の大仏の手の形には、こういう意味がある」と書いてあって、「これや!!」って思いました。大阪に引っ越してきた女の子が看板を観たのなら自然の流れだし、「これしかない!」くらいの勢いでしたね。
》インタビュー【後篇】に続く
寺地はるな(てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞してデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞。『川のほとりに立つ者は』『わたしたちに翼はいらない』『こまどりたちが歌うなら』など著書多数。2019年からは「署名っぽいサインで寂しいから」と、サインの隣にウサギのキャラクター・テラコを記している。
文=ゆきどっぐ
撮影=杉山拓也