テレビ東京系で10月1日の深夜25時30分に放送された話題のドラマ番組『フィクショナル』。元々、1話数分という見やすさが人気のショートドラマアプリ「BUMP」で配信していたこのドラマ。作り上げたのは、テレビ東京の鬼才・大森時生プロデューサーと、黒沢清監督も「今一番注目し、影響も受けた」と名前を挙げる映画監督・酒井善三さんのコンビだ。
インタビューの後編では、ドラマのもうひとつの核である「フェイクニュース」という題材に込めた想いや、映画『若武者』で主演の一人を演じて注目を集めている俳優・清水尚弥さん、そしてハリウッドとWOWOWの共同制作ドラマ『TOKYO VICE』への出演でも話題の木村文さんら、本作で主演を務めた俳優たちとのエピソードなどを深掘りした。
――本作は宣伝で「現代のおとぎ話」と表現されていたのが印象的でした。
酒井 物語の後半は一見すると荒唐無稽にも見える方向に進んでいくのですが、その中にも現代社会の問題に実際に繋げられる要素が確かにあると思っています。そういう意味でおとぎ話足り得るのではないかな、と。
大森 アメリカの連邦議会の議事堂をQアノン信者が占拠した事件を改めて映像で見ても、『フィクショナル』とオーバーラップします。現実の出来事には到底見えないですし、現実の出来事こそがフィクショナルに感じます。
酒井 ネットを介してほぼ無限の情報にアクセスできることで、自己をこれまで以上に相対化できるようになったにも関わらず、荒唐無稽な事件が頻発するというのは不思議です。もしかすると、情報が溢れすぎたからこそ自分に都合の良いものだけを選ぶようになり、フェイクニュースという存在も生まれたのかもしれません。
――物語の根幹を担う「フェイクニュース」ですが、一体何のために誰が作っているのか作中で意図がぼかされている印象を受けました。
酒井 フェイクニュースの悪質さは正にその「意図が見えない部分」にあります。それゆえに都合良く真実を歪める証拠として利用されたり、逆に真実についても「これは反対陣営のフェイクに違いない」と反論の材料にされたりするのです。
大森 情報を統括する人がいない・見えないことも恐ろしいですね。ある種ウイルスのように拡散して変異していきます。かつ、ファクトチェックには膨大な時間と労力がかかる。それゆえに「真実」というものが全く有効打にならないのではないかとすら思います。それに触れ続けることで、現実と虚構の境目が見えなくなるということは起こり得ることですし、私がこれまで手がけてきたフェイクドキュメンタリー系の作品にも通じるテーマなのかもしれません。
――「意図が見えない不安さ」を映像で表現するのは難しかったのでは。
酒井 確かに色々頭を抱えました。フェイクニュースを作っているのが都心から離れた山の奥の事務所だったというのも、このニュアンスを出すために思いついた案です。あの事務所は主人公の神保にとっての非日常空間にしたいと思いました。神保はドン詰まりの現実を見ないよう刹那的に生きています。なので、彼の仕事場には一種のバカンス感があり、憧れの人と過ごせる夏休みのような空間にしたかったのです。
そんな夢心地の雰囲気があるからこそ、終盤に神保は「この空間さえ俺の夢や幻なのでは?」と頭を悩ませ、観客もそれにシンクロして「これは神保の脳内のおとぎ話なのか?」と考え出す。そうなったら、成功ですね。
――聞くほどにロケーション選びが肝心だったのだと感じます。
酒井 制作部の北村和希さんに「牧歌的な非日常的空間が良い」とイメージを伝え、見つけてもらったのがあの物件です。当初は「2階建てのログハウス的なところ」を考えていましたが、彼がイメージを広げるようなあのロケ地を提案してくれ、実際に見に行って即決しました。ロケ地のオーナーさんや町のフィルムコミッションの方々なども本当に良い方ばかりで、撮影の合間には皆でスイカ割りもしていました。
――「フェイクニュース」というシビアな問題と、相反するような「ラブストーリー」がひとつになっているところが本作をより個性的なものにしていますよね。
酒井 恋愛感情って、叶ってしまったら一気に冷静になってしまうことってあるじゃないですか。一方通行だからこそ人を狂わせてしまう熱量が生まれ得るというか。そういう部分が、フェイクニュースに自分の見たいものだけを見出して暴走している人たちに通ずるのかもしれないですね。
大森 意外とその2つは縁遠くないのかもしれません。感情に作用し、淡くてどうにも読みきれないという点では両者は共通していますし、人を盲目にさせる危険な熱量をはらんでいるという点でも近しい。恋愛も陰謀論も、自分が見えない部分を想像して、妄想を広げてしまう。でもそれはそのひとの中でのみ論理的だとすら思ってしまいますよね。
個人的にはそんな似た要素が同じようには進んでいかないのがおもしろかったです。フェイクニュースはどんどん過激化して主人公の神保を壊していくのに、そのきっかけを作った彼の淡い恋心は最初から変わらない。こういう対比をさらりとやれるところが酒井監督らしさですよね。
――こうした作品に込めた繊細なバランスを、主演の清水尚弥さんにどう伝えたのかが気になります。
酒井 清水さんは脚本からキャラクター像を考えてくださっていたので、僕から何かを要望することはほぼありませんでした。彼から聞かれたのは「神保は自分の性的指向を明確に自覚していますか?」という質問くらい。僕は「いえ、明確には自身の性的指向を自覚しておらず、僕にもわかりません。ただただ、及川に惹かれているのだと思います」とお伝えしました。
――及川を演じた木村文さんも同様でしたか。
酒井 木村さんはとても前のめりに色々プランニングしてくださる方で、キャラクターの内面をよく考えて現場に臨んでくださいました。いくつか心情表現を抑えてもらう場面はありましたが、それは彼の作り上げたキャラクター像が違ったのではなく、むしろあまりに的確で、神保から見たときの及川の曖昧さを残しておきたいと思ってのことでした。2人とも本当に素晴らしい俳優です。
――酒井監督は脚本も手掛けているので、そうした部分はむしろコントロールしたいのかと思っていました。
酒井 意外とそうでもないですよ。僕は脚本を書いているときのイメージをそのまま撮ることはほとんどできないです。脚本のイメージ通りにやるのはなんか気恥ずかしさすらありますね。出来上がる作品にはそうした自分の独りよがりの考えとは違うものを取り入れたい。だから周りが色々なアイデアを持ってきてくれるのは大歓迎です。
――最後に、大森さん&酒井監督のコンビでまた新作を撮ってくれると期待して良いでしょうか。
大森 今の時点ではなんとも言えないのですが、酒井監督とはたとえプラットフォームが違ったとしても何かやりたいとは思っています。そして、監督の持ち味が一番発揮できる場というところでいうと、それは映画になってくるのかなぁ。
酒井 見る人によってはどのジャンルにも当てはまるような、ボーダーレスな作品は今後も作っていけたらと思っているので、ぜひお仕事ご一緒したいですね。
文=むくろ幽介
写真=鈴木七絵