読者と選考委員の圧倒的な支持を受け、「CREA夜ふかしマンガ大賞2024」の第1位に輝いた、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(ぶんか社)。
大学時代から続いた交際も6年目を迎えようとしている社会人カップルの勝男と鮎美。同棲生活にも慣れ、そろそろ次の段階へ……と考えていた勝男でしたが、なんと鮎美にプロポーズをスパッと断られてしまいます。
「男らしさ」「女らしさ」という言葉さえとっくにアウトな現代でも、それにこだわる人は絶滅していないのが現状。慣れないながらに作る料理を通して、ザ・昭和男が今までの「あたりまえ」を見つめなおす――そんな、現代的なテーマの物語を明るく描いた本作について、谷口菜津子先生にお話を伺いました。今回はインビュー後篇です。
――ご自身で特に気に入っているシーンは?
谷口 勝男がマッチングアプリで知り合った椿をもてなすために手作りおでんを用意する回とか。おでんの楽しさを感じるシーンが描けて、いい料理マンガになったかもしれないと。
――10〜11話の「おでん回」も名言が多いです。「料理が作れるようになるって世界を広げることでもあるのか」とか。
谷口 あと、勝男と椿が友達になるシーンも気に入っています。
――ここも名セリフですね。「女友達…なんでこんなうれしいんだろう」「そうだな〜 人類のもう半分も友達になれる可能性があるって知ったからじゃない?」。
谷口 「男女の友情は成立しない」論がすごく苦手で。つねづね「そんな悲しいこと言うなよ」って思っているんです。こういう考え方もある、と伝わったらいいな。
――椿はさばけていてカッコいい女性ですが、勝男の手作りおでんに対して「なーんだ おでんかあ」「コンビニでも買えるじゃん!」との問題発言にはドキッとしました。
谷口 私としては「ちょっと嫌なキャラではある」と、描いたつもりだったんですが「最高じゃん、この女!」という反応が多くて。もちろん怒ってる人もいたけど……勝男が同じことを言ったらブチギレると思うんですが。この椿への読者のみなさんからの反応はけっこう意外でした。
――うーん、いろんなところに問いが仕掛けられていますね。ほかに読者の方の感想で、印象に残っていることはありますか?
谷口 男性の読者さんもけっこういるんですが。最近見た感想で、「勝男というモラハラ男が変わっていくのがおもしろい。だけど鮎美の方はビッチになってしまったんだ」というのがあって。
編集 第1話を読んだ感想のようです。
谷口 鮎美はそれこそ見た目がギャルっぽくなっただけなんですけど、外見で「ビッチになった」と言っちゃう男性は、どういう経験からそう感じてしまったのかが気になりました。
――SNSなどの感想もかなりチェックされているんですね。
谷口 します。それで傷ついて寝込んだりすることもありますが(笑)。電子コミックサイトの感想も読んでます。でも、反応があるのはうれしいことなので、どんな感想でも好きなことを語ってほしいです。昔、反応が全然なかった時代は暗闇に話しかけているような気分だったので、感想はマンガを描く原動力です。お手紙もネームを描く前に読んだりしています!
――谷口先生が今注目しているマンガは?
谷口 横槍メンゴさんがおすすめしてくれた鳥トマトさんの『東京最低最悪最高!』がすごくよかったです。「月刊!スピリッツ」で連載が始まったばかりですが、いい意味でアクが強い。この人にしか描けないだろうなというノリというかテンポを感じる作品です。この方の短編集『アッコちゃんは世界一』も大好きです。あと、『働きマン』(安野モヨコ)の最新巻もすごくよかった。
――17年ぶりに単行本未収録だった話をまとめた第5巻が刊行されて話題になりましたね。
谷口 今の価値観ではありえないという描写はあるにしても、その時代の働く女性たちがどんな気持ちだったかを伝える資料としても意義深いと思います。過去にがんばってきた人たちがいるから、今働きやすくなっているのだし。『働きマン』は全巻揃えていますが、一生手放すことはない、これを支えにがんばろうと思うような存在です。
――マンガは紙で読む方ですか?
谷口 基本的には紙で、本屋さんで買ってます。連載中で楽しみに読んでいるのは『あかね噺』(原作・末永裕樹/作画・馬上鷹将)。落語をマンガで語るって、ともすれば退屈になりかねないのに、作画の表現力と話のテンポのよさで読みやすく描いていて。マンガの勉強としてもためになります。
――「夜ふかしマンガ」をおすすめするとしたら?
谷口 『ただの飯フレです』(さのさくら)。ほとんど会話劇なんですが、リアルな会話が聞こえてくるような感じが楽しくホッとできるマンガ。そばに置いていて、ふとまた読みたくなって手が伸びますね。それから『かまくらBAKE猫倶楽部』(五十嵐大介)。毎回、猫にまつわる不思議な話が語られるという内容で。気持ちよく引きこまれ、穏やかな気持ちで読めるので、おやすみ前にぴったりです。
――谷口先生はごはんをおいしそうに描くマンガ家として定評がありますが、好きなごはんマンガは?
谷口 お気に入りを繰り返し読んでいますね。たとえば『オリオリスープ』(綿貫芳子)、『ホクサイと飯さえあれば』(鈴木小波)。どっちも料理をする工程がすごくおいしそうで。うっかり影響されて似てしまわないようにしなきゃ、と思うくらい繰り返し読んでいます。きくち正太先生の『あたりまえのぜひたく。』も。マンガがうますぎて、ため息ものです。
――谷口先生の新作『まめとむぎ』(2024年9月26日に第1巻が発売予定)は舞台が居酒屋、発酵食品がテーマになっていますね。ご紹介をお願いします。
谷口 不倫をして会社を辞めた麦という女の子が、発酵食大好きな居酒屋店員・マメといっしょに働きながら変化していく物語です。不倫って世の中の絶対的な悪とされていて、もちろん私も良くないと思っているんですが、「一回悪いことをしてしまった人は一生幸せになっちゃいけないの?」という疑問を持っていて。厳しい目線とともにやさしい目線も必要なのではないか。やらかしてしまった人がその後、周りの協力を得てどのように変わっていけるのかを描いてみたいと思ったんです。
――食べ物のことをよく作品に描かれるのは、純粋にお料理が好きだから?
谷口 日ごろ、本当に食べ物のことばかり考えているんですよ。寝るときも「明日何食べよう?」とか(笑)。楽しいから。
――小さいころからお料理が好きだったのでしょうか。
谷口 いえ、ぜんぜん。25歳くらいのときに友達と一緒に住み始めたんですが、その人たちがけっこう生活を大事にするタイプで。暮らしぶりを見ているうちに料理っていいなと思うようになったんです。
――マンガを描いていて楽しいのはどんな時ですか?
谷口 内容ができあがっていて、海外ドラマを流し見しながら作画作業しているときですね。
――やっぱり海外ドラマ、お好きなんですね。
谷口 マンガを描く上でいろいろ影響を受けていると思います。たとえばフェミニズムについて考えるようになったのも、ネットフリックスなどをよく見るようになってからですし。『NYガールズ・ダイアリー』『セックス・アンド・ザ・シティ』などから、女の人はもっと強く主張していいんだと学びました。
――登場人物が思ったことをはっきり言葉にするのは、谷口先生の作品の特徴になっていると思います。
谷口 人と関わる上では本当に思っていることを言わないとダメだなぁと。ケンカしたとき「腹がたつから言い負かしたい」ではなく、「これが悲しかったからもうしないでほしい」みたいに具体的に伝える努力をしないといけないんだろうなと思います。
――だから、作品の中でも登場人物たちはしっかりやり合ってるんですね。
谷口 究極的なことを言うと、戦争をなくしたいんですよ。戦争が話し合いで解決できたらどんなにいいだろうと子どもの頃から思っていました。そんなに単純ではないとは思いますけど……。言葉って難しいですしね。本当に思っていることを探し出すのは難しいから、作品を通して「こう思ってたのかも」「私はこっちの意見かも?」というバリエーションを提示できたらいいなと思っています。戦争が話し合いで解決できたらどんなにいいだろうと子どもの頃から思っていました。
――これから描いてみたいテーマは?
谷口 女性が生きやすくなるよう努力すると同時に、男性も生きやすくなるように……みたいなことを考えています。お互い歩み寄っていかないとしんどいですよね。男女、もっと仲良くなってほしいな、とか。
――いわれてみれば……男女って実はあまり仲良くなっていないですね。
谷口 SNSでもしょっちゅう「男vs女」みたいなバトルが起こってますし。知り合いではない人にも、もう少しやさしくなれるようにならないかと。
――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
谷口 この「CREA夜ふかしマンガ大賞」は、選考委員の方々がそれぞれ丁寧に考えて「いま本当にこの本を読者に届けたい」という気持ちで発信してくださっているなと思っていました。第1位に選んでいただけてとても感謝しています。作品を読んでくださったみなさま、編集部へのお手紙はもちろん、SNSでもマンガアプリや電子書籍ストアのコメント欄でも感想の言葉をいただけるとうれしいです。励みになります!
谷口菜津子(たにぐち・なつこ)さん
神奈川県出身。Web、情報誌、コミック誌等で活動。『教室の片隅で青春がはじまる』(KADOKAWA)、『今夜すきやきだよ』(新潮社)では、多様性を柔らかな筆致で描いたことに対し、第26回手塚治虫文化賞新生賞を受賞。現在、comicタント(ぶんか社)にて『じゃああんたが作ってみろよ』、webアクション(双葉社)にて『まめとむぎ』を連載中。
文=粟生こずえ
写真=平松市聖