読者と選考委員の圧倒的な支持を受け、「CREA夜ふかしマンガ大賞2024」の第1位に輝いた、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(ぶんか社)。
大学時代から続いた交際も6年目を迎えようとしている社会人カップルの勝男と鮎美。同棲生活にも慣れ、そろそろ次の段階へ……と考えていた勝男でしたが、なんと鮎美にプロポーズをスパッと断られてしまいます。
「男らしさ」「女らしさ」という言葉さえとっくにアウトな現代でも、それにこだわる人は絶滅していないのが現状。慣れないながらに作る料理を通して、ザ・昭和男が今までの「あたりまえ」を見つめなおす――そんな、現代的なテーマの物語を明るく描いた本作について、谷口菜津子先生にお話を伺いました。今回はインタビュー前篇です。
――「CREA夜ふかしマンガ大賞2024」第1位、おめでとうございます!
谷口菜津子さん(以下谷口) ありがとうございます。最近、マンガって本当にいろいろな種類のものがあっていいなと思っていたんです。多くの人に支持される作品だけじゃなくて、少数だけど特定の人に刺さるようなマンガ、すごく変だけどめっちゃいいマンガとかもこの世にゴロゴロあるわけで。『じゃあ、あんたが作ってみろよ』も「これを読んで意見を出し合えたらいいな」と思って描いている作品なので、第1位をいただけたことで一緒に考えられる人がもっと増えるのかなと思って……そこがとても嬉しいです。
――『じゃあ、あんたが作ってみろよ』はどんなふうに立ち上がった作品ですか?
谷口 担当編集さんに声をかけていただいたのがきっかけです。ちょうど、自分から出るものだけでなく、たくさんお話しして「この編集さんとだからできる」みたいなものを作ってみたいなと思っていて。お会いしてみたら、担当さんは元料理人だったんです。男性だから、男性を主人公にしようかなと。
編集担当Gさん(以下、編集) 「飲み会で3千円使う代わりに、その予算で宅飲みする独身男性を主人公にしては?」という話もしましたよね。
谷口 そうでした。最終的にこういうストーリーになったのは……きっかけはいくつかありますね。ひとつはある芸人さんのラジオで聞いたエピソードです。その男性の芸人さんはいつも彼女にごはんを作ってもらっていて、たまには感想を言わなきゃと思って「全部茶色いね」と言ったそうなんです。そしたら、彼女さんが泣いちゃった、と。これを聞いて思ったんです。「それならおまえが作ってみろ」と。
――おかずを指して「茶色い」と揶揄する言い方は昔からあって……そういえば私も母親が作ってくれたお弁当をそう言ってしまったことがあったなと冷や汗をかきました。
谷口 それと、SNSで「ポテサラ論争」があったじゃないですか。スーパーで出来合いのポテサラをカゴに入れていた女性が、知らないおじさんに「ポテサラくらい簡単なんだから自分で作れ」と言われたという。ホントの話かどうかわかりませんが、作らない人にかぎってポテサラは簡単と思いこんでしまうってありそうですよね。ここでまた、「おまえが作ってみろ」と……。
――2発目ですね!
谷口 あと、昔つきあっていた人に「彼女なんだから、僕の元カノみたいに掃除したりごはんとか作って」と言われ、泣くほど悔しかったことがあって。長年忘れられないんですよ。こんなふうに心の中に蓄積したいくつかの断片が結集してマンガができることが多いですね。
――挑発的なタイトルなので、読む前はモラハラ男がボコボコにされるマンガかなと予想していました。いい意味で裏切られましたね。
谷口 「こういう展開になるんでしょ?」と読まれちゃうのも悔しい、みたいなところがあるのかな。ちょっと意外性を持たせるのが好きですね。タイトルは当初『じゃあ、おまえが作ってみろよ』だったのですが、「おまえ」を「あんた」に変えて少々マイルドにしました(笑)
――主人公の勝男はムカつくキャラのはずなのに、かわいく思えてしかたありません。
谷口 古くさい価値観の昭和男子という設定でも、主人公が嫌われては困るので、読者の方に愛されるにはどうすればいいのかなと考えて「まっすぐすぎてちょっと痛いけど、そこがかわいらしくもある」という落としどころにしました。第1話をアップしたらSNSでバズったんですけど、むちゃくちゃ勝男が叩かれて(笑)。「許せない!」という反応も多くて。「かわいい」という声も増えていますが、いまも勝男を憎みながら読んでる方もいて。トラウマがある人はそう感じてもしかたないなと思います。
――まあ勝男も料理をするようになったからといって、根本的に人が変わったわけじゃありませんしね。まだまだアウトな発言が多いです(笑)。
谷口 そういうことは、頭ではわかっていても、自分もやりかねないですからね。これも、まさにマンガに描きたいことなんですけど。特に年をとるほど若い人との価値観のギャップは生まれるはず。自分はどうしていかなきゃいけないかを考えたいと思っています。
――「モラハラ男」とバッサリ切り捨てるのも危険ですね。鮎美についても最初は「ああ、こういう打算的な女子っているよね」と思っていたのですが、読んでいるうちに「自分の中に、そういう打算は1ミリもないといえるのか?」という気持ちになって。
谷口 たとえばリアリティーショーなどを見ていて、出演者の芸人さんの恋愛を「キモい」と笑ったりするような視聴者の声を聞くことがあったのですが、私は恋愛って側から見たら大体キモいようなことが多いと感じます。みんな、そんなに他人を判定できるほど素晴らしい人間じゃないはず。
――他人のアラには気がつけるけど、自分のアラは見えづらい。そういうことをじんわりと説教くさくなく感じさせてくれる作品でもありますね。
谷口 自分が素晴らしい人間だなんて思っていないので、説教なんてとてもできないです。
――勝男の同僚の白崎くんもいいキャラクターですね。
谷口 白崎、意外と人気なんです。彼は、同僚に勝男とちがう考え方の男性を作ろうと考えて生まれたキャラクターです。現代的な感覚を持っていて読者と同じ目線で勝男につっこむ人がいないと成り立たないので……南川も同じ役割です。でも、この2人が完璧すぎると嫌みなので、南川は恋愛でうまくいってないとか、白崎は他人に冷たい一面があるといった性質を持たせていますね。
――最初の方では、白崎も裏でサラッと勝男の悪口を言ったりしている。そういうところも嘘っぽくない。みんながみんな、悪い人でも聖人でもない。
谷口 「本当の悪人と出会ったことがあるか」という話をしたことがあるんですが、嫌な人も何か事情を抱えているとか、それなりのわけがあるのかもしれないし……。一面を切り取ったらいい人に見えることもあるし、決定的に善とか悪といえる人はいないんじゃないかな。
――毎回、ズシンとくる名言があるなぁと思って読んでいます。意識して作っているのでしょうか。
谷口 名言!? それは意識してなかったです。話を考えるとき、どのキャラクターにどんな行動をとってほしいかを箇条書きにして、そこに至るまでの自然な道筋を考えながらセリフを作っています。
――特に印象的だったのは、渚の「そうやって 楽しいって感じたことが『自分らしさ』なんじゃない?」というセリフです。
谷口 「自分らしく」と言われても、よくわからない人が多いかなと。
――勝男の「俺は変わる 鮎美に捨てられた俺から! だが何を変えたらいいんだ?」も、ある意味名言かと。本質を突いたセリフが多く、1話ごとの情報量が多いですね。
谷口 もともと海外ドラマなど1話完結だけど続きもののオムニバスが好きなので、自然とその影響を受けているかもしれません。本作では編集さんに「連載作ならではの引きを作ってほしい」と言われたので、毎回がんばってます。読み進めてもらうには大切なことなんだなぁと、気づけてよかったです。
――話がどんどん進展していく小気味よいスピード感も、谷口作品の特徴だと思います。
谷口 そこは意識してきたかも。テンポを大事にしようと思って描いてますね。私はデビュー当時、暗いマンガを描いていて、担当編集さんに「もっと明るく、明るく」とよく言われていたんです。それで、主人公が長々と落ち込むような場面をカットしていった影響はあるかもしれません。映画も参考にしているかな。映画でいえば分数、マンガでいえばページ数は限られているので、必要に思えるシーンでも、それがあることで間延びしていないか考えています。
谷口菜津子(たにぐち・なつこ)さん
神奈川県出身。Web、情報誌、コミック誌等で活動。『教室の片隅で青春がはじまる』(KADOKAWA)、『今夜すきやきだよ』(新潮社)では、多様性を柔らかな筆致で描いたことに対し、第26回手塚治虫文化賞新生賞を受賞。現在、comicタント(ぶんか社)にて『じゃああんたが作ってみろよ』、webアクション(双葉社)にて『まめとむぎ』を連載中。
文=粟生こずえ
写真=平松市聖