2024年3〜7月にCREA WEBで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。国内旅部門の第5位は、こちら!(初公開日 2024年6月22日)
神奈川県三浦半島に位置する高級別荘地・葉山。品川から電車で1時間、海と自然に囲まれた、昔ながらの田園風景と富士山を望む美しい沿岸のある自然豊かな場所です。そんな葉山で近代建築の三大巨匠の一人フランク・ロイド・ライトの高弟、遠藤新が設計した「加地邸」は、2017年に有形文化財に登録され、2020年より宿泊できるようになりました。エメラルドグリーンに変化した銅板の屋根が美しい、背後の山に溶け込むようなプレイリースタイルの加地邸で、葉山での邸宅暮らしを堪能するのはいかが。
フランク・ロイド・ライトの高弟、遠藤新が設計し、ライト哲学を深く受け継ぐモダニズム建築の加地邸。時間と共にエメラルドグリーンに変化した銅板屋根が美しく、背後の山に溶け込むように建てられたプレイリースタイルの建物です。
地下1階、地上2階建て、敷地面積1129.52平方メートル、延べ床面積364.38平方メートル。
建主の加地利夫氏は、三井物産のロンドン支店長、重役、監査役を歴任した人物。加地氏の別邸として使われていた加地邸は、戦後一時GHQに接収されたのち、加地氏の子孫が管理していました。
2017年に有形文化財として登録され、2020年から宿泊ができるように。「できる限りそのまま使って欲しい」という希望で「一棟貸し」として、当時の暮らしをそのまま体感できる宿泊施設へと生まれ変わったのです。
遠藤新は、ライトが東京に帝国ホテルを建設した際、チーフアシスタントとして携わり、その後も自由学園明日館、山邑邸などのライト建築に携わりました。
加地邸を手掛けたのは39歳の時のこと。帝国ホテルと同様セントラルヒーティングで全室を温め、大谷石の柱を内外に設置し空間の広がりを感じさせるなどライトの意匠を深く受け継いだ設計であることから「小さな帝国ホテル」と呼ばれています。
ライト哲学に加え、建築、家具、照明器具に至るまで総合性の実現を目指した「全一」という遠藤の哲学で表現されています。
大きな邸宅内は寝室や子ども部屋、ビリヤード室など各部屋が細かな階段で結びつき、各部屋からリビングに流れ着くような構造です。
加地邸に宿泊すると支配人の松橋直人さんが出迎え、建物の魅力や葉山での優雅な過ごし方を丁寧に教えてくれます。
松橋さんは海外で、日本からのゲストを世界のリゾートにアテンドする仕事を務めてきた、おもてなしのプロフェッショナル。安心して邸宅暮らしを楽しめます。到着後は、松橋さんの案内で、建築の説明を聞きながらじっくりと巡ってみるのもおすすめです。
宿泊者の中には建築家や建築関係者が多く、建築ファンを魅了する施設です。館内の一つひとつの家具や装飾を美術館の作品を見るように楽しみたいですね。
「椅子に座ると、当時のままの空間が蘇ります。その贅沢な時間を、自分の家のように使ってください」(松橋さん)。近隣には富士の見える一色海岸や美術館、自然と人が調和する優雅な葉山・加地邸暮らしを楽しんでみては。
広々としたキッチンは家と同様、自由に使うことができます。食材を買い込み調理することができるほか、近くの名店でケータリングを頼んで、グループで取り分けて食事をすることも。
また、何人かの出張シェフを紹介してもらうこともできます(別途 15,000円〜(税抜き)/人。4名より予約可。シェフのスケジュールによって予約できないこともあるため、宿泊予約時に要確認)。
この日のシェフは、鎌倉のフレンチレストラン「古我邸」で料理長を務めたのち独立した古川慶顕氏。生産者とのつながりを大切にし、新しい味の組み合わせを常に求め続ける気鋭のシェフです。市場巡りで出会った旬の食材や地元食材等を使い、美しく、印象に残るメニューを提供します。
この日のアミューズは、芝生でのんびりと過ごすような子豚のリエットから始まりました。その可愛らしさに思わず笑みがこぼれそう。
シロップに漬けたボタンエビの甘みと、雪の下でじっくりと熟成したバニラ風味のメークインの甘みが口の中を駆け巡る逸品。エビとじゃがいものそれぞれの甘みのハーモニーをじっくりと堪能して。
食器は全国津々浦々の作家の元で購入した和食器をメインに。料理そのものはもちろん、提供されたときの見た目の美しさにもこだわりが感じられます。
甘鯛は、骨とアサリ、クリームバターを炒めた濃厚なクリームと共にいただく。サクサクとした鱗の軽やかな歯応えを味わって。
どんぐりを食べて育ったフランスのビゴール豚は、美しい赤みで柔らかく、溶けるような噛みごたえ。一口食べた時に本当に豚肉だろうかと驚く人もいることでしょう。酸味にこだわる古川シェフの自家製ホエイのソースや、未熟果ソースを絡めていただきましょう。シェフがその時に出会った食材で、あなたのためだけに作られた食事を一口ずつ味わうという至福を。
当時の加地邸での暮らしをそのまま体感できる贅沢な時間。邸宅の暮らしを心ゆくまで堪能してみては。
食事の後はバルコニーでゆっくりとくつろぐ時間を。暖炉に火を灯し、人との距離が近くなるように配置された椅子で家族や友人との時間を過ごす喜びを。
修築の際には可能な限り当時のままの姿を残す一方、新たに浴室を設置しました。かつて使用人室として使われていたこちらを浴室に、上階の女中室を大きく開いて梁を出し、上からの光が注がれるようなスタイルです。
脱衣所にはタオル、バスローブ、シャンプー、リンス、バスソルトなどが用意されているので身軽に宿泊することができます。
洋館でありながら、広々とした湯船を楽しむ新たな価値。湯船の奥には人目を気にすることなく寝てくつろげる「寝湯」を設置。光のシャワーを全身に浴びてリラックスするのはいかが。
6名まで宿泊することができる加地邸には寝室が3部屋あり、家族やグループで楽しんだ後に、それぞれのプライベート空間でくつろぐことができます。こちらの主寝室は当時から寝室として使われていた場所で、シャワーや手洗いがあり、部屋着も準備されています。
隣接する書斎は、椅子に腰掛けると、ちょうど山々と空だけが見えるように調整されており、見晴らしも抜群。加地氏もお気に入りの場所だったそう。
木の腰壁と窓枠のレトロなデザインがかわいい子ども部屋も寝室として使用。家族やグループでそれぞれのプライベート空間を保ちながら過ごすことができるのが心地良いですね。
朝食は近隣のカフェ「Avec cafe & deli Hayama」のブレックファーストを召し上がれ。ロンドン暮らしが長かった加地氏を想い作られたオリジナルメニューです。
ルビーキウイなど季節の果物、ベーコンソーセージ、スクランブルエッグ、無添加マヨネーズ使用のポテトサラダサンドなど、朝から大満足。淹れたてのコーヒーと一緒に味わえば、ロンドンにトリップしたかのよう。
幾種類もの鳥のさえずりが響く、心地良い朝。鳥の鳴き声と、木々のざわめきと、自然に届く太陽光に目覚め、ゆっくりと朝食をとる贅沢。
春は桜、梅雨の時期は紫陽花、秋には紅葉と季節ごとに移ろう庭を眺め、季節そのものを味わう。この場所で過ごした1日を想い、心ゆくまで堪能して。
文化財での滞在を堪能した頃には、この暮らしが当たり前であるような不思議な感覚を覚えるかもしれません。暮らす人を想い建てられた、建築、家具、装飾の一つひとつが、語りかけてくる時間です。見学ではなく、文化財を「私のものとして使う」という贅沢。
別荘があるという世界へと連れ出してくれるようです。「来年も一緒にまた来ようね」と、共に過ごした家族や友人との特別な一つの約束の居場所ができることでしょう。
加地邸
所在地 神奈川県三浦郡葉山町一色1706
電話番号 044−211−1711
料金 363,000円(税込 1棟)
https://kachitei.link
文・撮影=神谷加奈子