「日本に眠る愉しみをもっと。」をコンセプトに47都道府県に潜む「ONE=1ヵ所」の 「ジャパン クリエイティヴ」を特集するメディア「ONESTORY」から岩手県遠野市の「とおの屋 要(よう)」を紹介します。
「和食ではない。でもフレンチやイタリアンベースでもない料理は唯一無二」。東京の飲食店や酒販店、ワイン関係者までもが声を揃えてそう絶賛する店が岩手県遠野市にありました。店主の佐々木要太郎氏は、神話の町・遠野に初めてできた『民宿 とおの』の4代目。高校卒業後、飲食とは全く関係のない職に従事し、久方ぶりに帰った故郷・遠野で「何かできることはないか」と始めたのが、自家栽培米を使ったどぶろく醸造でした。
「遠野の地に根ざして生きていく」。そう覚悟を決めてから、先代の父とともに厨房に入り『民宿 とおの』を全国から客を集める名宿に育て上げます。そこから「自分の力だけで勝負できる場を」と一念発起し、2011年、民宿に隣接する敷地に和のオーベルジュ『とおの屋 要(よう)』をオープン。地元の食材を使った発酵食品や自家製加工肉をふんだんに取り入れたユニークな料理とどぶろくとのマリアージュは、今や海外からも注目を集めています。
「唯一無二」と評される『とおの屋 要(よう)』の料理とはいったいどんな料理で、どのようにして生まれたのでしょうか。そこに込められた思いや哲学とは。佐々木氏に話をうかがうべく、遠野を訪ねました。
今や地方の飲食店が地産食材を使うことは当たり前。裏を返せば、「地産地消」という謳い文句だけでは、全国各地から人が集まる店にはなり得ない時代に突入しています。ある種の成熟ですが、その分、店にとってのハードルが上がったのも事実。地産食材、プラスαの魅力や価値が求められるからです。
地方レストランの増殖と淘汰が繰り返される2011年、これまでにないスタイルの店が、岩手県遠野市で食通の目を引きつけています。宿泊施設を併設した『とおの屋 要(よう)』は、人呼んで「和のオーベルジュ」。しかしながら実際に訪れてみると、ひと口に「和」と言い切れない料理の数々に驚くばかり。他のどこでも味わえない、ユニークな料理を供するレストランなのです。
店主で料理長の佐々木要太郎氏は、料理界に彗星のごとく現れた人です。修業らしい修業経験はなし。遠野で一番古い民宿『民宿とおの』の4代目として生まれ、民宿を切り盛りする父のもとで料理の基礎を学び、父の料理とは全く異なる新しい自分の料理を打ち出して『とおの屋 要(よう)』を開業しました。全国から注目を集めるにいたった経緯は、稀有のひと言に尽きます。土台は和食にあっても、表現は自由。新しい自分の料理には師匠がいない、手本がないからこそ、圧倒的に自由な表現を迷いなく選べるのです。
「遠野はいい食材が取れる土地。もぎたてのトマトなど、子供の頃に食べた野菜の味が鮮明な記憶として残っていて、その記憶が今の自分を助けてくれます」と、佐々木氏。とはいえ、作られる料理は、「素材の味をシンプルに」と謳う料理とは、ベクトルが異なります。それはひとひねり、ふたひねり加えて、素材を通じて遠野の風土を浮かび上がらせる味。佐々木氏はいかにしてこの味にたどりついたのでしょうか。
「始めは、どぶろく醸造ありき。酒と料理の間には切っても切れない関係があります」。佐々木氏のその言葉のとおり、一度は離れた故郷・遠野に戻った15年前、最初に着手したのはどぶろくの醸造でした。
「どぶろく醸造から料理まで、全て自分で手がけよう。そうすれば味に説得力が出る。ワン&オンリーになれると思ったんです」と佐々木氏は言います。
自家栽培の無農薬米で造るどぶろくは、長期熟成してなお、生き生きとした味わいが感じられるもの。そこに、遠野の寒さや風が育む味を合わせていく。これが佐々木氏の料理の根底にある考えです。
例えば、自家製生麩を使ったひと皿。遠野の山で採れる旬の山ぐるみを生のまま散らし、三陸の恵み・ホヤの塩漬けを添えて、柚子が香るブールブランソースを合わせます。海の幸の塩気と山の木の実のコク、柑橘の香りが、ねっとりとした食感と自然な甘みを持つ生麩の風味に優しく寄り添い、酸味と旨味を併せ持つ濃厚などぶろくとマリアージュします。アマレッティを添えた鶏の炙りも然り。どぶろくと同じ米で造るどぶろく酢と醤油で鶏をヅケにして、相乗効果を促します。
スペシャリテは三陸名産の海藻・マツモを雲丹の殻に見立て、塩漬けの雲丹をくるんだ「感性 岩場の雲丹」。さび石の器で供される料理の見ためは、殻つきの雲丹そのものです。箸を入れればマツモの殻は簡単に崩れ、塩漬けにすることで旨味が凝縮された雲丹が中からとろりと流れ出すというひと皿です。
県央、内陸部に位置し、北上山地最大の盆地・遠野盆地の中にある『とおの屋要(よう)』は、日本屈指の漁場、三陸海岸とはやや距離があります。旬の海の幸を塩漬けにし、保存食にするのは、古くから地域に伝わる生きる知恵。他にも佐々木氏は、自家製加工肉、チーズなど様々な発酵食品を自らの手で作っています。佐々木氏曰く「時間がつくる味」。長期熟成を視野に入れて醸されたどぶろくがそうであるように、『とおの屋 要(よう)』の料理と酒は、遠野の地に流れる時間と、時間とともに巡る気候、風土を味わうものなのです。
「見てください。今日は素晴らしいキノコがたくさん入ってきましたよ」と言う佐々木氏の声に導かれて厨房に入ると、大振りのキノコが山のように届いていました。全てその日の朝、近所に住むきのこ採り名人の山中氏が採ってきたものだといいます。
「山を知っている人は年々減ってきていているのが現状です。山中さんは、遠野の山を熟知している数少ない人。きのこは夏のタモギダケから始まって、初雪の前までいろんな種類のものがふんだんに採れる。中には市場に出回らないような珍しいものもあります。遠野の山の恵みですね」と佐々木氏。
この日厨房に届いたのは、クリタケ、ムキタケ、ヤナギモザシ、土なめこの4種類。いい出汁が出るヤナギモザシは、たっぷりのキノコを冬瓜の器に詰めて蒸し上げるひと品に。比較的淡泊な味わいながら食感が豊かなムキタケは、甘露煮にして保存するのだといいます。
佐々木氏の作る料理は、素材の取り合わせから調理法まで、型にとらわれない斬新さが魅力。その一方で、軸足はしっかり土地に根ざしています。遠野の山で採れる山菜やキノコは、旬を楽しませるひと品に仕立てられる他、塩漬けなどの保存食にして料理のアクセントに。魚介は三陸から。中には年間60尾しか水揚げされない海ウナギのような希少なものもあります。自ら酒米を無農薬で栽培し、どぶろくを醸す佐々木氏は、農薬の恐さを誰よりも知っています。だから米や野菜も無農薬栽培のものが基本。米は、盛岡で自然農に取り組む若き農業家・田村和大氏が育てる「五百万石」を使っています。
「自然に愛されるものだけでやる。あえて自分の料理にテーマのようなものをつけるとしたら、そういうことになるのかもしれません」と佐々木氏は言います。
遠野を中心とした岩手県産の、派手さはないけれど自然に育まれたまっとうな食材。それを自由に、のびやかに、どぶろくに合うひと皿に昇華させるのが佐々木氏の料理なのです。