多彩なプログラムから、今回は「日本最古」をテーマにした3つのストーリーをお届け。日本列島のはじまりとされる国生み神話や、起源は1500年前ともいわれる金物の名産地、さらには日本、いや、世界でも最も古い伝統芸能である能の世界も、ここ兵庫が舞台に。
過去から未来へ脈々と受け継がれる、兵庫の歴史と文化にたっぷりと触れる旅へ。
400年以上続く姫路・江崎福王会の「能」「この能の舞台がみなさんにとってのテーマパークになればと思っているんです」
思いがけないひと言とやさしい笑顔で迎え入れてくれたのは、江崎福王会十二世江崎欽次朗さん。滋賀の膳所藩お抱えの能楽師だった江崎家は、姫路藩にスカウトされて姫路の地へ。1695年から現在に至るまで、この場所で伝統を守っている。
主役である「シテ」の相手役となるワキ方を務める江崎家の12代目。ワキ方とは、能面をかぶるシテ(死者)の悩みを聞く現世のカウンセラーのような役割なのだそう。
ワークショップは約3時間。実際に能舞台に上がり、江崎家の歴史や能楽の成り立ちについてのお話を聞くところから始まる。
琵琶法師が語り継いだ平家物語などのお話を演劇として楽しむため、室町時代に誕生した能楽。途切れることなく続いているという意味では、世界最古の伝統芸能だ。
「狭い空間の中で現世とあの世を表現できるのが唯一無二の能の世界。この高揚感、まるでテーマパークに来たような気持ちになれるんです」能の知識がなくても大丈夫。江崎さんのこうした軽快なトークに、知らぬ間に引き寄せられる。
生きている間に叶わなかった恋の話や、戦での悩み。能で描かれている神話や歴史に触れることで、現代を生きる私たちも古の人と同じように思いを馳せることができる。室町時代の人たちと変わらぬものを目にできるなんて、なんだかタイムスリップしたような気分。
また、ひとつひとつの物語には哲学や文学、音楽といったさまざまな要素が溶け込んでいるため、能を知れば日本に詳しくなれると言っても過言ではないのだ。
ワークショップではお話を聞きながら実際に能装束(写真は敦盛の衣装)を身につけることができるほか、刀を使った所作やすり足の体験も。
ほんの少しの角度の違いで、顔が晴れやかになったり沈んで見えたり。能面は意外と表情豊か。
江崎さんの願いは、能楽の楽しさをひとりでも多くの人に伝え、次世代に受け継いでいくこと。能の作品は200曲もあるそうだが、なかでも兵庫ゆかりの「高砂」と「敦盛」は地元姫路の能楽師だからこそ誇りを持って演じていきたいという。
「結婚式の高砂席の由来にもなっている高砂は、昔からお祝いごとで歌われている曲。相生の松という木のお話なんです。途中に“言の葉草の露の玉 心を磨く種となりて”というセリフがあるんですが、これは“言葉が心を磨く”という意味。幸せな言葉を伝えると、相手も幸せになれますね」
「お前百まで(掃く)わしゃ九十九まで(熊手)」。ほうきと熊手を手にした縁起物の高砂人形。
セリフも歌い方も、600年前からずっと変わることのない能楽。世界に目を向けずとも、美しく尊い文化は私たちの目の前に。
information
兵庫から発信する日本伝統文化の守り人たち 姫路藩主御用能楽師「十二世江崎欽次朗」から「能」を学ぶ
体験場所:江崎能舞台
実施日:要相談
所要時間:3時間程度
料金:1名あたり50000円(体験費用、姫路駅から体験場所へのタクシー送迎費込み)
決済手段:事前に銀行振込
受入可能人数:2〜9名
予約:要
予約方法:メール
問い合わせ先:一般社団法人 江崎福王会
Email:comomo4sai@yahoo.co.jp
Web:姫路藩主御用能楽師「十二世江崎欽次朗」から「能」を学ぶ
日本最古の歴史書『古事記』と『日本書紀』。冒頭には、伊弉諾尊(いざなぎ)と伊弉冉尊(いざなみ)が日本列島を生み出した「国生み神話」が記されている。二神が鉾で海をかき混ぜて、鉾をあげたときに垂れたしずくが「おのころ島」という最初の島になった――その島こそが淡路島の南端に浮かぶ沼島だという伝説が残されている。
そんな“はじまりの場所”にまつわる奇岩を漁船でめぐる約1時間の旅が「沼島おのころクルーズ」。海底から隆起した巨大な岩には神話との深いつながりもある。
島のほとんどが山の沼島。海岸線の岩は崩れやすいため遊歩道を設けられず、海から沼島をめぐるクルーズが誕生した。
南あわじ市灘の土生港から沼島汽船に乗り10分ほどで沼島港へ。伊勢海老やシラス漁なども盛んな漁港町に到着する。
「ぐるりと1周しても10キロほどの島に神社や小さな祠が密集しています。島全体がパワースポットだと喜ぶ人も多いんですよ」
そう話すのは、ガイドの小野山さん。小野山さんは約10年前に大阪から移住。以来、精力的にこのクルーズを盛り上げている。
「真夏と真冬以外はベストシーズン。普段の服装で参加していただけますよ」
コンパクトな島に5つのまちが密集している沼島の風景。
おのころクルーズの大きな特徴は、現役の漁師さんが漁船を運転してガイドしてくれること。
「漁師は普段魚を相手にしているからか、いざお客さんを相手にすると緊張してしまうことも(笑)。でも、漁師だからこそ大きな岩の間近まで船を寄せることができるんです。実は、一定の場所に留まるだけでもテクニックが必要。ただ地形を知っているだけではない、経験と知識のあるプロが絶景へ案内します」
沼島を象徴する高さ30メートルもの上立神岩。伊弉諾尊と伊弉冉尊がこの島に降り立ち、巨大な柱の周囲をまわって婚姻を行った「天の御柱」だといわれているそう。
奥へ進んでいくと黄泉の国へつながっているといわれている約50メートルもの洞窟「穴口」や、国生み神話の最初の一滴が落ちた場所だという説もある、上立神岩と下立神岩の間にある「平バエ」という岩礁など、神話にまつわる壮大な景色があちこちに。
客船よりも波を近くに感じられる漁船は、自然との一体感もひとしお。私たちもこの地球の一部なのだと“はじまりの場所”で実感できる神秘的な体験だ。
information
沼島おのころクルーズ
住所:南あわじ市沼島
連絡先:050-3187-5040
実施日:通年
所要時間:45分〜50分
料金:3000円/1人(ただし、最低運賃7000円)
※1〜2名の場合は7000円
決済手段:現金のみ
受入可能人数:1名〜12名(13名以上は複数隻の利用が必要)
予約:前日までに要予約
予約方法:電話のみ
受付時間:9:00〜17:00(火・金曜休み)(水・木曜は12:30まで)
Web:沼島おのころクルーズ
日本最古の金物産地といわれているのが、神戸市の北西に位置する三木。その起源は、さかのぼることなんと5世紀中頃。大陸からこの地に住み着いた鍛冶との交流がきっかけだったとされている。
毎月第1日曜に三木金物神社で行われている、大工道具のつくり手による公開実演「古式鍛錬」の様子。
戦国時代には、羽柴秀吉による三木城攻めで荒廃したまちを復興させるために各地から大工職人や鍛冶屋職人が集結。全国屈指の金物のまちに成長した。
数ある金物のなかでも、鉋や鏝といった大工道具のまちとして栄えた三木。「父親の代までは、草を刈る鎌をつくり続けてきた鍛冶屋でした。このまちに鍛冶屋が100軒ぐらいあった時代には、そのうち60軒ほどが鎌をつくっていました」とは、〈田中一之刃物製作所〉の田中さん。
世界中にファンを持つ「本鍛造手打ち包丁」の工場。
明治末期に創業した鍛冶屋としては4代目、2000年からスタートした包丁鍛冶としては初代にあたる田中さん。海外から安い鎌が日本へ次々に輸入される様子を憂いたお父さまの「包丁ならば世界に発信していけるんじゃないか」とのひと言がきっかけで、高校卒業と同時に包丁鍛冶の修業のために福井へ。文字通り技を“叩き込まれ”、地元へ帰ってきた。
そんな田中さんが提供している体験プログラムでは、包丁鍛冶の仕事を間近で見たり、真っ赤に熱した鉄を実際に叩いてみたりすることができる。時間にして1時間程度だが、これがひと味違う。
「自分がやめてしまえば、親方の技術をなくすことになる」と田中さん。
「とにかく暑いし、鉄はめちゃくちゃ重い。しかも、私はあえてうるさく声をかけるんですよ。『そんなんじゃアカンで! もっと力入れて!』って(笑)。初体験のみなさんはヒーヒー言いながら鉄を叩くんですが、だからこそ絶対に忘れられない一日になるんです。いつか包丁を買おうかなと思ったときに思い出してくれるような、そんな記憶に残る体験を目指しています」
希望があれば、3日間かけて包丁を作るコースも対応可能。
ほかの包丁と田中さんの包丁、ズバリ何が違うのでしょう? との問いには、「使ってみたらわかります」とにっこり。「うちの包丁は、“切れ味がいい”というレベルではなく、え!?と声が出るほどの切れ味なんです。それほど、最初の感動が違いますね」
大量生産された包丁に対して、田中さんが一丁ずつ心を込めてつくる職人の包丁は流通量でいうと全体のわずか2%ほど。日本の未来を支えているのは、炎に負けないほどアツい三木の包丁鍛冶だった。
information
田中一之刃物製作所
実施日:通年、不定期
所要時間:1回1時間程度 ※包丁完成までの体験であれば3回は通う必要があります。
料金:1回/6000円 ※包丁はお持ち帰りいただけません。
3回(3日間)/60000円
決済手段:現金またはQRコード決済
受入可能人数:1〜5名程度
予約:要
予約方法:三木市総合政策部縁結び課
TEL:0794-89-2303
Email:emmusubi@city.miki.lg.jp
Web:金物のまち三木で包丁職人から習う鍛冶屋体験
information
ひょうごフィールドパビリオンとは
兵庫県内のさまざまな「活動の現場(フィールド)」を、地域の方々が主体となって発信し、多くの人が来て、見て、学び、体験する取り組みです。
Web:ひょうごフィールドパビリオン
Instagram:@hyogo_field_pavilion
*価格はすべて税込です。
writer profile
Maiko Harada
原田麻衣子
はらだ・まいこ●関西の出版社での雑誌編集を経て、2017年にエディター・ライターとして独立。誰かのために挑戦する人の味方・ファンを言葉の力で増やしたい人。生まれは神戸の西、現在は神戸の山のふもとで暮らしています。音楽とお酒とごはん、いい香りが好き。趣味はピアノ。
credit
撮影:HARRYS APARTMENT