現代のアイヌが表現するアートとは? 『阿寒アイヌアートウィーク』

  • 2025年2月19日
  • コロカル
木彫りのお土産物からアートへ

「アイヌ」と聞いて、どんなイメージを持つだろうか。最近では実写映画・ドラマ化もされたマンガ『ゴールデンカムイ』で興味を持った人も多いだろう。

樺太から北海道の先住民族であるアイヌ民族は、北海道の各地に「コタン」と呼ばれる集落を形成している。そのひとつ、阿寒湖にあるコタンを舞台に、昨年11月から12月にかけて『阿寒アイヌアートウィーク』が開催された。アイヌ作家のみならず、ほかの地域から訪れた現代作家たちがアーティスト・イン・レジデンスとして現地に滞在し、作品を生み出した。

そもそも阿寒湖アイヌコタンは、観光地としての阿寒湖温泉とともに歩んできた。コタンはひとつのエリアに集まっており、通りの両サイドには、アイヌ作家が経営するお店が立ち並んでいる。ほとんどの1階はお土産物店になっていて、それぞれのオーナーは2階に住んでいる。

お土産物として売られているものの多くは、木彫りの商品である。伝統的な「マキリ」というナイフから、定番の木彫りの熊、お土産に最適なかわいいキーホルダーまで。

オープニングイベントでは、普段は外部の人間はなかなかお目にかかることができない伝統儀式「カムイノミ」が特別に行われた。

オープニングイベントでは、普段は外部の人間はなかなかお目にかかることができない伝統儀式「カムイノミ」が特別に行われた。

彼らが先祖代々受け継いできた木彫技術は、お土産物として現代に受け継がれてきたが、その様子が変わってきたのは数年前から。

「それまでは『俺が彫った木彫りは俺の店で売るんだ』で済んだのです」と話してくれたのは、『阿寒アイヌアートウィーク』の監修をしている「デボ」こと秋辺日出男さん。自身も木彫りの作品を出展しているアイヌの作家でもある。

秋辺日出男さんはデボさんと呼ばれている。映画『urar suye』のひとコマから(後述)。

秋辺日出男さんはデボさんと呼ばれている。映画『urar suye』のひとコマから(後述)。

「数年前に、あるブランドとコラボして作品をつくる機会がありました。向こうも商品だから『もうすこし軽やかにしてくれ』『お客様の手に本当に届くような魅力あるものにしてくれ』などの注文がくるんです。私たちと違う目線で秤にかけられるんですね。そうした経験を経て、アイヌのつくり手ひとりひとりの意識も変わってきたと思っています」

流木の形を生かしたデボさんの『魚』。全体に鱗彫りやアイヌ文様が彫り込まれ、黒漆も施されている。

流木の形を生かしたデボさんの『魚』。全体に鱗彫りやアイヌ文様が彫り込まれ、黒漆も施されている。

そこで阿寒湖アイヌコタンの潜在能力を感じたという。

「こうした技術や感性をもっと磨き上げたいと思っていた矢先に、このアートウィークの話が浮上してきたんです」

今回は14名の阿寒アイヌの作家が出展。アイヌ文様を施した木彫や刺繍の作品、伝統楽器のトンコリなどが展示され、オープニングイベントではアイヌ古式舞踊などを鑑賞できた。

アイヌ文様が刺繍された、西田香代子『ルウンペ』。

アイヌ文様が刺繍された、西田香代子『ルウンペ』。

まるでヘビメタのヘッドバンギングのように女性が髪を振り回す『アイヌ古式舞踊』の演目のひとつ「フッタレチュイ(黒髪の踊り)」。

まるでヘビメタのヘッドバンギングのように女性が髪を振り回す『アイヌ古式舞踊』の演目のひとつ「フッタレチュイ(黒髪の踊り)」。

外からの文化を柔軟に取り入れる阿寒のアイヌ

「ややもすると、私たちのコタンだけで済ませてしまうことができるのですが、それではいけないと思いました」とデボさんは続ける。

「大事なのは外部のアーティスト。外の作家やアーティストが何をやっているか、今どんなことが起きているか、どんな空気感があるのかということを、阿寒湖にいるアイヌの作家たちが感じることが非常に大事だと思います。そこで今回、外から現代作家も招いていただいたわけです」

この柔軟性は、阿寒の アイヌの成り立ちにも関係するだろう。もともと阿寒湖のアイヌコタンは、札幌や旭川、帯広、釧路など、いろいろな土地のアイヌが融合してできたコタンなのだ。

アイヌの木彫作家、床 州生さん。阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」の舞台監督を務めたこともある。

アイヌの木彫作家、床 州生さん。阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」の舞台監督を務めたこともある。

「もともといろいろな文化が混ざり合っている場所なので、文化の捉え方や表現の仕方の多様性については寛容 。それもあり、新しいチャレンジがやりやすいところでもあります。だからこそ、こういう外の人とのつながりもできるし、アイヌ文化と観光をうまく融合したことができるのだと思います」

こう話すのは、自身も作家として木彫作品を出展している床 州生さん。

木の形を生かして、テーブルの上面に水流の力強さを掘り上げた。床 州生『ナイ』。

木の形を生かして、テーブルの上面に水流の力強さを掘り上げた。床 州生『ナイ』。

その床さんと同じスペースで制作をしていた、外から参加した作家、加々見太地さんは「これまでいろいろな場所で滞在制作をしてきましたが、ここはすごく特殊な景色が広がっていた」と振り返る。

加々見太地『山際の景色』。アイヌ儀礼の祭具「イクパスィ」を模したオブジェクトに彫刻を施し炭化させた。阿寒湖周辺の間伐材を使用。

加々見太地『山際の景色』。アイヌ儀礼の祭具「イクパスィ」を模したオブジェクトに彫刻を施し炭化させた。阿寒湖周辺の間伐材を使用。

「本当にみなさん何かつくってらっしゃるところを最初に見て、ちょっとすごい光景だと思いました。倉庫の隣で床さんが制作されているという環境で一日中、木を彫っていました。みんなが何かしら手を動かして時間を共有しているという経験は大学以来。つくり手としては結構楽しかった」

成り立ちからして、外からの文化や影響を取り入れる素養がある。そうやって柔軟に変化してきたのが阿寒アイヌなのだ。こうした特徴がアートウィークのコンセプトとしても掲げられている。「創造のラタㇱケㇷ゚:混じり合うアイヌ文化と芸術」である。

「ラタㇱケㇷ゚」とは、野草や野菜を混ぜ合わせるアイヌの郷土料理のこと。そのように混じり合って生きていくことは、アイヌにとって「創造」のひとつでもあるのだろう。

これからは芸術や文化といった「感性のラタㇱケㇷ゚」が進んでいくのかもしれない

アイヌの魂は忘れない

阿寒アイヌアートウィークは、いうまでもなく背景にアイヌ文化がある。アイヌ以外で招聘した現代作家は、山口みいな+木下真紀、MSHR、磯崎道佳、前出の加々見太地の4組。デボさんは最初に強く申し出たことがあるという。

「アイヌ文化をリスペクトしてくれる人に関わってほしい」

当たり前のようだが、これがこのイベントの根幹。結果、作家たちの作品を見てみると、ちゃんとアイヌをリスペクトした作品をつくってくれていたと、デボさんは感じている。

「これは狭い考えではなく、より広いものに押し広げていくためのこと。アイヌ文化がアートのコンテンツのひとつであればいいと思っています」

芯にしっかりとしたアイヌ文化と魂が宿っていれば、その上でどう転がっても、踊っても、ゆらぎはしない。そんな確固たる自信も感じる。

阿寒湖在住の宮川ヌエさんとの交流と対話の軌跡を、ドローイングと交換日記で表現した。山口みいな+木下真紀『〈trail of correspondens -文通ドローイングの軌跡- 〉』

阿寒湖在住の宮川ヌエさんとの交流と対話の軌跡を、ドローイングと交換日記で表現した。山口みいな+木下真紀『〈trail of correspondens -文通ドローイングの軌跡- 〉』

ふたりの人間がインターフェイスとなり光と音に共鳴し合う体験型作品。MSHR『波紋 蝶番』。

ふたりの人間がインターフェイスとなり光と音に共鳴し合う体験型作品。MSHR『波紋 蝶番』。

参加作家のひとり、磯崎道佳さんはニセコを拠点にしている作家だ。阿寒湖と同じく北海道の有名観光地でもあるが、ニセコはまちのあり方が変わるほどに外国人の流入が増加している。

磯崎道佳氏作〈GO-RO-N 起き上がることはない〉

磯崎道佳氏作〈GO-RO-N 起き上がることはない〉

「うちの町内会長はカナダ人で、日本語が通じないという、ある意味、おもしろい状況にはなっています。実際に阿寒湖に来てみて、同じ観光地ということで外からの人にも寛容という部分は共通していましたが、こちらには根っこにアイヌ文化というポリシーがあって、その差がはっきり出ている気がします。未来に向かってどんどん差は広がっていくでしょう」

ひとりひとりが持つ地域の力がある。柔軟に受け入れはするが、自分たちの芯は忘れないし、崩さない。本来、地域それぞれが持っていたはずのことを、アイヌの人々が教えてくれる。

阿寒湖周辺で採集した自然素材を元に、デザイナーであり採集者の田勝信(勝制作所)さんが拓本を制作。メインビジュアルに使われた。プロセスにおいても、AKAN AINU ART WEEKの重要なキーワードである「多様な背景」や「文化の交差」を体現している。

阿寒湖周辺で採集した自然素材を元に、デザイナーであり採集者の田勝信(勝制作所)さんが拓本を制作。メインビジュアルに使われた。プロセスにおいても、AKAN AINU ART WEEKの重要なキーワードである「多様な背景」や「文化の交差」を体現している。

阿寒アイヌを訪れた東京の女性を描いた映画『urar suye』

アートウィークの一環で、『urar suye(ウララ スエ)』というショートフィルムも制作された。監督(・脚本・編集)は十川雅司さん。観光スポットをまとめて紹介したようなものではなく、ストーリーがある短編映画になっている。

「プロデューサーから映画をつくりませんか? と言われて飛びついたんですよね」というのは前述のデボさん。映画にも俳優のひとりとして出演している。

あらすじはこうだ。

“東京で音楽活動をしているユカリ(xiangyu)は、自分のアーティストとしての将来性を信じきれず、思い悩んでいた。そんななか、ユカリは大学の同級生であるダンサーのサヤに誘われ、釧路にある阿寒湖アイヌコタンを訪れることに。アイヌコタンは〈創り手の街〉とも呼ばれており、人々の暮らしの中に伝統的に受け継がれた木彫りや刺繍、歌や踊りが息づいている。さらに、アイヌの世界観では、山や川、動物、樹木といった自然物や、火や雷などの自然現象、道具などに「カムイ」が宿ると信じられていた。ユカリはアイヌコタンを巡りながら、人々が日々の営みの中でカムイの存在を全身で感じることで、自分自身と世界とのつながりを捉えなおしていく”

このシナリオは、監督とプロデューサーが現地に入り、シナリオハンティングをして紡がれたもの。アイヌをはじめ、阿寒湖のさまざまな人にインタビューを行い、かけ合わされたものだという。

脚本・編集も手がけた十川雅司監督。

脚本・編集も手がけた十川雅司監督。

「このお話は、本当にこの土地で生まれたものだなと思います。映画をつくるうえで、すごく特殊なつくり方だったなと」(十川監督)

ネタバレになるので詳しくは書けないが、撮影中に奇跡がたくさん重なったという。虹やクマゲラの鳴き声はあとからつけ加えたものではないし、用意できなかったはずのトリカブトの花は、現場で主演のシャンユー(xiangyu)さんが偶然見つけたものだ。

だから「この映画はフィクションのようで、フィクションではない」と十川監督は話す。

「目まぐるしい現代社会は忙しなく、何が正しいのかわからない社会のなかで、アイヌの考え方が何かのヒントになるんじゃないか。インタビューをしているなかで感じたことです。現代社会で悩んでいる主人公がアイヌ文化にふれることで、何か糸口を見つけたり、別の方法があるかもしれないとたどり着くような映画にしたいと思いました」

この映画製作でアイヌ文化に深く触れたことで、十川監督の生き方にも変化をもたらしたようだ。

「シナリオハンティング後に、東京に帰ってきたときに、すべてのものに魂が宿っているような気がして、大切にしようという気持ちも生まれました。人との付き合いも蔑ろにしがちなところ、ひと呼吸おけるようになった」

180度変わるわけではない。たった10度くらいかもしれない。それでもその10度を知っているか・いないか、そしてそのスイッチを持っているか・いないかはきっと大きいだろう。

主演のシャンユー(xiangyu)さん。

主演のシャンユー(xiangyu)さん。

主演のシャンユーさんは東京を拠点にしているミュージシャンで、俳優としての経験はほとんどなかった。

「普段、アーティストとして制作しているときもパフォーマンスしているときも、時間と人に追われて“アセアセして”、ずっと緊張しているんだなあとあらためて感じました。主人公のゆかりが置かれている状況は結構自分とリンクしていて、感情がわかってしまうからこそ、わかりたくなくて。そういう複雑な撮影期間を過ごしました」

シャンユーさんも十川監督と同じく、映画撮影を通してアイヌや阿寒に惹かれていったようだ。

「湖はどこまでも続いていて、きれいですべて包んでくれるあたたかさもあるけど、なんか怖さもあって。そんなところに自分がしばらくいると、小さいことをどんどん忘れていく。そんな感覚がありました。撮影を終えて東京に帰ってきてからも、ずっと阿寒の土地のことが忘れられませんでした。今回は久しぶりに阿寒湖に来て、“ただいま”みたいな感覚です」

静かな阿寒湖の水辺と森。アイヌの心がじっくりと染み渡ってくるような映画だ。

現代を生きる、私たちのとなりにいるアイヌの話

映画からも、伝統からも、アート作品からも、さまざまなカタチでアイヌ文化を肌で感じることができた阿寒アイヌアートウィーク。土地の魅力を取り入れながら行う「ローカルの芸術祭」というフォーマットを、最大限に生かしたものとなっていた。

資料や博物館などで具体的な物事や事柄を知ることはできるが、今回「アート」というカタチをまとったことで、目に見えない精神性や魂のようなものを受け取ることができた。

とはいえ特段スピリチュアルな話ではない。アートを見ることで、普段の暮らしでモノやヒトを大切にしたり、また阿寒湖に行きたいなぁと思うことが、アイヌに惹かれているということなのだろう。

また、「アイヌ」というと、どうしても自分たちの暮らしとは別の“特別な存在”として捉えてしまいがちだが、アートウィークでも映画でも、表現されているのは、紛れもなく現代のアイヌ。単なる鑑賞の対象でも、パラレルな世界の話でもなく、現代における生々しいアイヌの文化であり、みんなそれと隣り合わせで生きている。

information

阿寒アイヌアートウィーク

主催:釧路市

企画・運営:株式会社ロフトワーク

協力:ガスアズインターフェイス株式会社

参加アーティスト:

阿寒湖アイヌコタン出展アーティスト(50音順)

秋辺 日出男 / 井上 綾子 / 岡田 実 / 郷右近 富貴子 / 斉藤 政輝

下倉 洋之 / 平良 秀晴 / 瀧口 健吾 / 床 州生 / 西田 香代子

平間 覚 / 辺泥 敏弘(Pete) / 簗瀬 秀夫 / 渡辺 澄夫

文化交流プログラム参加アーティスト(50音順)

磯崎 道佳 / 加々見 太地 / MSHR / 山口みいな+木下真紀

Web:阿寒アイヌアートウィーク

※現在は終了しています。

映画『urar suye(ウララ スエ)』

YouTube:『urar suye』

続編となる『cupki mawe(チュプキ マウェ)』も公開中!

YouTube:『cupki mawe』

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。https://www.instagram.com/michikokurushima/

https://www.facebook.com/michikuru

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