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話題の建築デザインユニット〈Kii〉がつくり出す、居心地のいい空間とは?

  • 2025年1月17日
  • コロカル

〈コンランショップ・ジャパン〉代表取締役の中原慎⼀郎さんが推薦したのは建築デザインユニット〈Kii〉の新井里志さんと中富慶さんです。

推薦人

中原慎⼀郎さん

中原慎⼀郎

〈コンランショップ・ジャパン〉代表取締役

Q. その方を知ったきっかけは?

2024年6月にコペンハーゲンで行われた『3daysofdesign』に参加。宿泊したホテルが一緒で、朝ごはんの会場などで顔を合わせて話すようになり、最終日には丸1日、いろんな場所を一緒に訪ねました。

Q. 推薦の理由は?

新井くんと中富さんそれぞれの経歴もすばらしいですが、彼らのオフィスは、リノベーションのバランスが僕にはない軽やかさとリズム感、カラーリングなどいろいろ驚かされました。何より居心地のよさと、おふたりのウェルカムなキャラクターに甘え、何度もご飯を食べに行ったことも。インテリアのなかでも、ダイニングテーブルは彼らの”らしさ”が詰まった作品。テーブルはまるで絵画のようであり、ラグのような存在感です。

住まい兼職場はローカル感を感じて選んだヴィンテージマンション

「東京で近所の人と仲良くなることなんてあるかなって思っていたけれど、普通に住んでいるから生まれるコミュニティっていうのがちゃんとありました」

建築デザインユニット〈Kii〉として活動する新井里志さんと中富慶さんが、仕事場兼住まいとして設計デザインした〈House K〉は、築50年ほど経ったマンションの最上階にある。

Kiiのふたりで設計デザインした〈House K〉

ふたりで設計デザインした〈House K〉。

「僕らは地方出身ですが、今はまだ東京に拠点があるほうがいい。そう思って物件を探しました。古い一軒家など、たくさん現地を見て検討した上で集まって住むことにみんなが希望を持っていた時代に建設されたマンションに住もうという結論になりました」

そんなふうに新井さんは職場を兼ねた自宅で現在の住まいを選んだ理由を教えてくれた。

House Kがあるのは山手線の駅から10分ほど歩いた集合住宅と戸建て住宅が向かい合わせに並ぶ地域。2年以上に渡って100近い物件を見て歩くうちに、この辺りは都心にありながらローカル感が強い場所だと感じた。

〈House K〉のバルコニー

今の部屋を選んだ決め手は、最上階に広いバルコニーがあり、建物全体がよく手入れされていたこと。

「道の向こう側に行くと地元に根づいたお店がいろいろあって、小さいコミュニティもいくつも存在していました。ここに住んだら楽しそうだなと思ったんですよ」と新井さんがいう通り、その時点でふたりが想定していた地元コミュニティは、喫茶店や個人経営の商店のようなものだった。

多くの分譲マンションは管理会社と契約し、管理人が派遣されているが、このマンションは自主管理の形態をとっている。自主管理のマンションで、手入れが行き届いている建物は珍しく、それは住民の多くがマンションに愛着を持つ証拠だ。

〈House K〉の書斎

Kiiのふたりが住み始めて3年ほどだが、この間に大規模修繕も経験した。その過程では、マンション内のコミュニティがしっかりしていてマンション外の近隣住民ともつながっていることがわかった。結果としてご近所さんとの交流も生まれるようになった。

最近では、おすそわけを持ってきてくれたマンションの老婦人と少しだけと談笑していたら、いつの間にか1時間ほど経っているということも何度かあった。そんなことも都会のマンションを選んだふたりにとって予想外の楽しい出来事だ。

職人さんを巻き込む軽やかなものづくり

House Kは、住まいであり、職場である。人を招き入れる機会が多いため、空間全体が応接スペースや、ふたりの作品が見られるショールームの役割を果たすこともある。

〈House K〉のデスクスペース

デスクスペースがあり、オフィスチェアも2脚あるが、緊張感はなく、こだわりの詰まった心地よさに溢れている。

物件選びの決め手となった広いバルコニーは、まるで室内から続いているかのよう。窓の向こうに出ると、目の前に高い建物がなく、数百メートル先に流れる川やその向こうの住宅街まで見渡せる。食事に招かれた人たちは、夜深い時間になるといつの間にかバルコニーに出てお酒を飲んではくつろいでしまうらしい。

Kiiのふたりを推薦してくれた中原さんも、テラスを含めたHouse KとKiiがつくる居心地のよさに、はまってしまったひとり。特に食事や打ち合わせに使われるダイニングテーブルに注目している。

Kiiが手がけるダイニングテーブル

ダイニングテーブル天板はテラゾー(人造大理石)で、おおまかなプランをもとに、左官職人さんと一緒に即興でつくった。

「住み始めてしばらくして、きれいな色の絵が欲しいと思っていたことが絵を描くみたいにテーブルをつくれないだろうかに変化しました。自由に描くなら左官の技術が使えないかな、と付き合いの長い〈原田左官工業所〉に相談したんです」と中富さん。

ダイニングテーブルの製作過程

ふたりも一緒に作業し、最終的な色を確かめないままその場で調色し、流し込んだセメントを乾かないうちに薄く掘ったり、ラインを付けたりと模様付け。

表面を研いでもらって完成した変形楕円の天板はピンクを主に淡い色合いがいくつも組み合わされて、面積も広くてずっしりと固い材質ながら、存在が柔らかだ。

この左官屋さんに限らず、ふたりは現場で職人さんたちとよく話をする。

「僕たちは、いろんな人を巻き込んで場所や物をつくることが多いです。職人さんともガンガン話すし、現場が始まると入り浸って『もうちょっとこうできない?』なんてお願いする。みんな、渋々なのか、付き合ってくれます(笑)」

とある現場監督からは、今回の仕事はKiiの設計だと伝えると俄然やる気になる職人さんが多いと聞かされたそう。

居心地のよさは一言では表せない

推薦者、中原さんが「何より居心地がいい」とコメントしたHouse K。ふたりは居心地のいい場所をつくりたいと強く考えていてそのポイントとはどんなことかと尋ねてみると「居心地のよさを感じる要素ってたくさんあると思っています」と新井さん。

Kiiのふたりで設計デザインした〈House K〉

「会話がしやすいこと、ごはんがおいしく食べられること、暖かくて、暑くはないこと、おひさまの光が入って、風が抜けること。それから、片付けが得意かどうか、身長は? など使う人のキャラクターも重要」と例として挙げた要素には、視覚的なものは含まれていない。

「使う人にとってベストの居心地とはなんだろうかと考えます。それはお店なのか、オフィスなのか、家なのか。それに適した場所か。既存の状態を注意深く観察して、その場所のよさを生かすことも考えます。その場所にいたら、ちょっとワクワクすることも居心地のよさです」と中富さん。

Kiiの2人が考える、居心地よく、ワクワクする空間づくりのなかでも実は要となっているのかもしれないと思わされたのが、その場所が持つ時間的なつながりへの意識だ。

〈House K〉のキッチンカウンター

House Kでは以前からあった建材類を既存の条件を受け入れながら、キッチンのカウンターや洗面室のドアなど暮らしに必要な部分の多くは、2人でこの場所のためにデザインした。

一方で、天井や梁(はり)、タイルを剥がして現れたキッチンのコンクリート壁などは、建設当時に当時の職人さんが付けたメモや接着剤の跡まで残している。

〈House K〉のキッチンカウンター

「ドットマークのようになっている部分もインパクトがあって。住んできた、その跡を残し、住み継いでいくという感覚も大切にしたい」と新井さんは話す。

2022年6月に吉祥寺にオープンしたクラフトミルクスタンド〈武蔵野デーリー〉の設計デザインもその場所のそれまでを意識した。

新井里志さん

「オーナーは戦前から続く牛乳屋さんを継いで、飲み物を自動販売機に卸す仕事をしていた70代のお父さんとその息子さんです。お父さんがこれまでのビジネスからは引退することになって。いつかやりたいと話していたミルクスタンドを始めることになりました」

新井さんは、プロジェクトの背景をそう話し始めた。

クラフトミルクスタンド〈武蔵野デーリー〉

牛乳が苦手だった息子さんが、日本各地の牧場を巡る旅へ。その道中で小規模な酪農家が大切に育てる牛のミルクがおいしいことと、都市に住む一般消費者にはほとんど届かないことを知り、自身の店で販売することに。(photo:yansuKIM)

「みんなが知らないローカルなおいしいものと、吉祥寺のまちを繋げている。それがすごいと感じました」と中富さん。

クラフトミルクスタンド〈武蔵野デーリー〉

お店は飲料を冷やす業務用冷蔵庫があった場所にできた。大きな扉を設置し、週3日の営業日には店主である父が、ぐいっとハンドルを掴んでドアを開ける。(photo:yansuKIM)

〈武蔵野デーリー〉の3種飲み比べセット

月替わりで3つの牧場からミルクが届いて近所の子どもたち、家族連れも訪れる。(photo:yansuKIM)

その動作は、店主自身が長く続けていたプレハブ型冷蔵庫の扉を開けてトラックに飲み物を積み込む作業を継承したものだ。「ここはお店ですと主張するものをつくるのは、まちの風景に合わないような気がしました」と新井さん。

このまちの日常風景として業務用冷蔵庫がそこにあったことを覚えている人にとって、目立つ変化をつくることよりも、まちの風景に馴染むことを心がけた。

旅先の出会いから広がる、さらなる出会い

Kiiのふたりと推薦者の中原さんは、2024年6月にコペンハーゲンで知り合ってから半年足らずの間に焼き物の産地である滋賀県の信楽や、美濃焼とともにタイルづくりが発展した岐阜県多治見市、さらには三重県伊勢など、何度か一緒に旅を経験した。

中富慶さん

中富さんは物をつくる現場がとても好きだという。「そういうところが中原さんと共通しているから、一緒に回ると楽しいんですよね」

その影響もあってか、Kiiではあらためて日本の地方にも目を向け始めている。12月には、武蔵野デーリーに携わった縁もあって石川県の能登半島へ。

半島の先端からほど近い輪島市や能登町の海からも近い場所で牛やヤギを放牧で育てる人たちやその恵みから新しく何かをつくって魅力を伝え、暮らしを支えたいと考える人たちに会った。能登半島地震から1年近くが経っても、奥能登は今もあちこちの道路が応急処置的につなげられ、倒壊した家屋への対応も遅れているなど、言葉を失うような状況だった。

Kiiのデスクスペース

「それでも、能登の風景はすばらしく土地の魅力がすごくある」と中富さん。今はまだ能登のプロジェクトにどう関わっていくかは模索中だが、新井さんは「僕らの仕事は、人がいる場所をつくること」と言葉にした。

Kiiのふたりが昨年12月に訪れた〈寺西牧場〉

Kiiのふたりが昨年12月に訪れた〈寺西牧場〉。能登山頂付近の広大な敷地でジャージー牛を放牧している。

Kiiのふたりが昨年12月に訪れた〈寺西牧場〉

「地方だろうと都心だろうとそれはどこにでも必要なことです。居心地のいい、楽しい場所をつくったら、人が集まってきて交流が生まれる。それがグラデーションのようにまち全体に滲み出て、まち自体が魅力的になっていくといい。そう思って設計の仕事をしています」

2014年から活動するKiiがこれまで手がけたプロジェクトは、東京のオフィスや店舗を中心に都会的な軽やかさも伴ってきた。今後、地方からもっと何かを取り入れる、その土地で場所づくりを手がけることでどんな居心地のよさが生まれるのか、楽しみにして待ちたい。

Profile

Kii 

1984年群馬県生まれの新井里志と、1980年福岡県生まれの中富慶による建築デザインユニットとして2014年に設立。建築、インテリア、家具やプロダクトなど、建築的な視点を軸にイメージする場所をつくるために必要なことすべてをデザインする。

Web:Kii

Instagram:@kii_inc

writer profile

Saori Nozaki

野崎さおり

のざき・さおり●富山県生まれ、転勤族育ち。非正規雇用の会社員などを経てライターになり、人見知りを克服。とにかくよく食べる。趣味の現代アート鑑賞のため各地を旅するうちに、郷土料理好きに。

photographer profile

Hiromi Kurokawa

黒川ひろみ

くろかわ・ひろみ●フォトグラファー。札幌出身。ライフスタイルを中心に、雑誌やwebなどで活動中。自然と調和した人の暮らしや文化に興味があり、自身で撮影の旅に出かける。旅先でおいしい地酒をいただくことが好き。https://hiromikurokawa.com

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