1300年前に都があった古都奈良。長年にわたって多くの観光客を受け入れる人気の観光地です。しかし2008年から発表されるようになった宿泊施設の客室数ランキングで奈良県は日本47位をしばらく保っていました。つまり日本国内で宿泊できる部屋数がいちばん少ない土地だったのです。ところが令和に入って徐々に状況が変化。奈良の特産品や自然が感じられるホテルのオープンも続き、2022年には44位になっています。様々な試みで奈良の文化に触れられる奈良市内にある4つのホテルをご紹介します。
一度は泊まりたい日本を代表するクラシックホテル〈奈良ホテル〉圧倒的な存在感を持つエントランス。
明治42(1909)年10月17日に開業したという歴史ある〈奈良ホテル〉。日本近代建築の父と言われる辰野金吾が設計した建物には115年以上にわたる歴史があちこちに刻まれています。
重厚な木造2階建ての建物は、古都奈良の景観に合うようにと外観は和風。館内に入ると赤絨毯やシャンデリア、マントルピースなどがある洋風の建築となっています。
明治から続く長い歴史のなかでは、世界からもたくさんの要人が訪れました。アルベルト・アインシュタインやヘレンケラー、ラストエンペラーとして知られる愛新覚羅溥儀そしてオードリー・ヘプバーンも宿泊。
アップライトピアノの上に飾られている写真にはアインシュタイン博士とピアノが写っています。
アインシュタイン博士は宿泊した時にピアノを演奏したという記録が残り、そのピアノがロビーの一画に置かれています。
実はこのピアノ、戦時中に金属供出の対象にならないよう大阪の倉庫に隠されてから2009年に発見されるまで行方不明になっていました。できる限り古い部品を残して修理が施され、現在はロビーコンサートなどで人々を楽しませています。
メインダイニングルーム「三笠」。
メインダイニングルーム「三笠」は、創業以来の変わらない厳かな空間で、明治大正時代にタイムスリップしたかのような気分が味わえます。
9月〜11月の春日コース17000円(サービス料・税金込み)。コーヒーも付きます。
宿泊客はもちろん、食事に訪れる多くの人から愛されてきた料理は、コースのフランス料理が中心です。食前のお楽しみ(アミューズ)からデザートまで存分に味わえるディナーのコースは季節の食材とともに贅沢な時間が味わえます。
クッキー缶(手前)4320円、ビーフカレー2缶セット(奥)2380円、オリジナルコーヒー(右)1404円。
奈良ホテルを訪れたら、ホテルショップも必ず足を踏みいれたい場所です。人気があるのは正倉院ゆかりの模様がデザインされた缶入りのクッキーやホテルオリジナル缶詰クラシックカレー、ホテルオリジナルコーヒーとのこと。
奈良ホテルの建物の中で過ごす時間は、歴史と品格を全身で感じられる特別なものとなってくれるはずです。
information
奈良ホテル
住所:奈良県奈良市高畑町1096
tel:0570-66-6088(ナビダイヤル)
客室数:本館62室/新館65室
1泊料金:42000円から(税・手数料込、2名1室)
Web:奈良ホテル公式サイト
道路を挟んだところに猿沢池があります。
興福寺五重塔が周囲の柳と一緒に水面に映る風景はとても美しく、奈良八景のひとつに選ばれている猿沢池のほとりに2018年11月にオープンしたのが〈SETRE NARAMACHI(セトレならまち)〉です。
隣にある老舗旅館〈吉田屋〉が修学旅行生向けの別館「ホテル大和路」として営業していた場所を建て替えて建設されました。
デザインにもこだわったホテルを運営するのは西日本を中心に地域の特徴を発信するホテルブランド〈SETRE〉です。
レセプションの背面は、奈良の土を用いて左官仕上げが施されています。
建物には吉野の杉や檜、奈良市東部の月ヶ瀬地区の土など、奈良を象徴する素材がふんだんに使われています。さらに館内の家具は吉野杉を使ったオリジナル。
「蘇芳」は小上がりの畳スペースの横には、中庭を見渡せるテラスがあります。
客室も全32室すべてに吉野杉を使用しています。小上がりのある客室、「蘇芳」は、布団を敷けば最大4名で利用可能。
ガラスに囲まれた坪庭がある町屋ルーム。坪庭の上は屋根がなく雨の日も楽しめます。
町屋ルームと名付けられた客室には、4階の室内にガラスで囲まれた小さな坪庭があります。奈良の古い町屋には坪庭があることを取り入れています。
中央にシンボルツリーの枝垂れ桜。
セトレならまちでは、客室以外にも宿泊客が自由に過ごせる空間がいくつもあります。吉野のしだれ桜が植えられ、畑もある中庭のビオガーデンには足湯が設置されています。この足湯はヒノキパウダーと米ぬかを混ぜて、微生物の力で発熱させたもの。
匠室(マスタールーム)と名付けられた茶室。
フードとドリンクが自由に楽しめるラウンジの一画には、匠室と名付けられた茶室があります。この茶室は、釘や金具を一切使わない木造建築技術を使用。屋根は耐久性に優れた吉野杉の皮でできています。奈良で長く技術を受け継いできた匠たちが手がけた土壁や手すきの障子紙、畳が使われています。宿泊者以外も見学可能で、月に2度開かれる雅楽の体験イベントの舞台にもなります。
他にも2階には本やレコードが楽しめるライブラリー&レコードルーム、屋上の五重塔や若草山の大自然を眺められる星宙テラスもあり、五感すべてで奈良を吸収できる工夫が散りばめられています。
information
セトレならまち
住所:奈良県奈良市高畑町1118
TEL:0742-23-2226(代表)
休館日:火・水曜(祝日・夏期・年末年始を除く)
客室数:32室
1泊料金:13000円から(朝食付・1名1室)
Web:セトレならまち公式サイト
〈アンドホテル奈良若草山〉は奈良奥山ドライブウェイの途中にあります。
百人一首にも登場する三笠の山は若草山の別名です。若草山は、春には桜、秋には紅葉が美しく、奈良の人たちはもちろん、初めて訪れた観光客さえも愛着を感じる存在です。
ロビーからも若草山の美しい景色が臨めます。
〈アンドホテル奈良若草山〉はその若草山のふもとにあります。56年続いた旅館「遊景の宿 平城」の建物をリノベーションして2020年にオープンしました。
元の旅館だった建物に大きくは手を加えず、木、布、紙、火、土といった素材感が感じられるようにリノベーションされています。
ペントハウススイートからは遠くまで見渡せます
最上階にあるペントハウススイートは、以前は倉庫として使われていた場所。キングサイズベッド2台とソファーベッドがあるベッドルームのそばにはファイヤーピットと専用露天風呂もあります。
ペントハウススイートの専用露天風呂。
新日本三大夜景にも選ばれた若草山からの夜景を一望できることから、プロボーズの場所として利用されることもあるのだとか。
2024年6月には旅館時代からあるプールを囲む場所にテラススイートとプライベートサウナスイートが新設されました。
日本におけるサウナの起源は奈良時代に聖武天皇の妻、光明皇后が造った「からふろ」だと言われています。
夏の間だけ利用されるプールのそばには、宿泊客向けのバレルサウナを新設。内部に入ると、窓からは森の緑しか見えず、サウナ本体が持つ木の香りと緑が疲れを癒してくれます。
プレミアビューツインは大きな窓が特徴です。
大きな窓からの景色に特別感のあるプレミアビューツインも人気のお部屋。美しい眺望とゆったりとしたベッドや新しい畳が心地よい空間を作っています。
奈良の文化や歴史を体験できるアクティビティも用意。若草山山頂ヨガ、僧侶によるお寺ガイドなど、奈良でしかできない体験に参加できます。
information
アンドホテル奈良若草山
住所:奈良県奈良市川上町728(新若草山ドライブウェイ沿)
TEL:0742-23-5255 (10:00〜20:00)
休館日:不定(月曜休館の場合あり)
1泊料金:50000円から(2名1室)
Web:アンドホテル奈良若草山公式サイト
〈NIPPONIA HOTEL 奈良 ならまち〉はJR奈良駅にも近鉄奈良駅にも徒歩圏内。
奈良は日本の食文化発祥の地と言われますが、清酒もそのひとつ。奈良市南東部にある正暦寺で、にごり酒を絞り、透明度の高い「清酒」が誕生したといわれています。15世紀半ば、室町時代のことです。現在奈良市内には3つの酒蔵があり、いずれも明治時代から酒づくりを続けている老舗です。
レストランがある場所は、元は土間だったそう。
〈NIPPONIA HOTEL 奈良 ならまち〉は、明治元年創業の〈奈良豊澤酒造〉が酒蔵として使っていた日本家屋を利用した宿泊施設です。建物の歴史的背景も生かした「酒ホテル」として、日本酒の魅力を伝えています。
客室の冷蔵庫にはお酒がいくつも準備されていて、自由に飲むことができ、酒粕を使った入浴剤も備えられています。併設しているレストランでは、奈良豊澤酒造の酒と料理のペアリングも提案。この場所でしか飲めない限定酒も提供されています。
プレミアムルームの103 KINOE。欄間も立派です。
離れや蔵も利用した客室は全部で8室。かつて豊澤家が応接間として使っていた和室は檜風呂も設置されたプレミアムルームとなっています。古い日本家屋をなるべく生かそうと、大胆なリノベーションではなく改修、修繕によって心地よい空間がつくられています。プレミアルームの縁側は、床の上を歩くと音がする鶯張りが残され、室内の欄間も当時のままです。
蔵を使った部屋の寝室は2階。
蔵に手を加えたメゾネットの客室は、蔵として使われてきたそのままの姿が印象的です。入り口付近にはなまこ壁が残り、独特な重厚さをもつ観音開きの扉も現役です。急な階段を上ったところにある寝室は、天井が高く広々。大人のための秘密基地のようです。
敷地内に残る井戸。今も水をたたえています。
敷地内には仕込み水を汲み上げていた井戸があり、レストランの天井には煙突が通っていた穴が明かり取りに使われているなど酒蔵として使われていた当時に思いをめぐらせることができるもの随所に残っています。
オーナーである豊澤家が住まいに使っていた離れにもふたつ客室があります。
NIPPONIA HOTEL 奈良 ならまちでの滞在すると普段何気なく飲んでいる日本酒を一層楽しめるようになるのかもしれません。
information
NIPPONIA HOTEL 奈良 ならまち
住所:奈良県奈良市西城戸町4
TEL:0120-210-289(11:00〜20:00)
客室数:8室
1泊料金:30240円〜(2名1室・2食付き・税込・サービス料別)
Web:NIPPONIA HOTEL 奈良 ならまち公式サイト
奈良は知識がある方が楽しめると言われます。ホテルが発信する奈良の魅力に触れると古くから今に続く奈良のよさを感じて、何度も訪れたくなるかもしれません。今回紹介したホテルでの宿泊や食事は、奈良市のふるさと納税返礼品にもなっているので、ぜひチェックを。
*価格はすべて税込です。
writer profile
Saori Nozaki
野崎さおり
のざき・さおり●富山県生まれ、転勤族育ち。非正規雇用の会社員などを経てライターになり、人見知りを克服。とにかくよく食べる。趣味の現代アート鑑賞のため各地を旅するうちに、郷土料理好きに。