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〈よつめ染布舎かれんだ〉最後の九州・沖縄編が発売!10年暮らした国東から来春広島へ

  • 2024年12月3日
  • コロカル

ギャラリー〈すずめ草〉の前で2025年〈かれんだ〉を手にする小野豊一さん。

型染作家として独立、地域デザインまで何でもやった30代

大分県の北東、周防灘に丸く突き出した国東半島。約1300年もの時を超えて山岳信仰や祭りが伝わる地で、深い山に苔むした寺や石仏が佇み、異世界のような雰囲気が漂っています。

2015年、この国東半島に広島県北広島町から移住し、染めの工房〈よつめ染布舎〉を構えた小野豊一(とよかず)さん。型染と筒描という室町時代から続く伝統的な染色技法を使って、身のまわりの自然や国東半島の伝統文化に着想を得た独創的なデザインのテキスタイルをつくってきました。

空に舞うテキスタイル『カラスの群れ』。写真撮影:谷知英

空に舞うテキスタイル『カラスの群れ』。写真撮影:谷知英

手染めの大きなのれんやクッションなどの日用品、モンペやTシャツといった幅広いプロダクトが並ぶギャラリー兼ショップ〈すずめ草〉は全国にファンが多く、展示会は年間10回前後、国内からロンドンまで25店舗以上で取り扱われます。福岡県の〈地域文化商社 うなぎの寝床〉や長野県の〈パンと日用品の店 わざわざ〉など、発信力の高いセレクトショップとのコラボ商品も話題に。

古民家を改装したギャラリー。玄関には国東半島を代表する奇祭「ケベス祭」を表現した手ぬぐいが。

古民家を改装したギャラリー。玄関には国東半島を代表する奇祭「ケベス祭」を表現した手ぬぐいが。

今や「よつめ染布舎=国東」というイメージが定着しましたが、2024年10月に「来春、広島へ移住します」という電撃ニュースが公式Instagramに発表されたのです。折しも、毎年定番の〈かれんだ〉が発売される時期でもあり、聞きたいことは山とあるとばかり、国東半島へ取材に向かいました。博多から新幹線と特急ソニックとバスに揺られて、片道3時間半。周防灘に注ぐ伊美川沿いに佇む〈すずめ草〉を訪ねました。

工房看板

鶏が自由に歩き回る庭を抜けて、工房へ。

小野さんは、北広島で明治28年から続く染物屋に生まれました。祭りの幟旗や神楽幕などを専門に染める会社で、長男の小野さんは「継ぐもの」だと思って24〜31歳まで実家で型染の職人として働きます。

「ずっと絵で独り立ちしたくて、職人仕事の傍らペンキで絵を描いていました。その頃、妻(岡美希さん)に出会って。彼女は陶芸家として身を立てていたんです。展示会で彼女の器を買ったお客さんたちが幸せそうにしているのを見て、なんて豊かな光景だろうと衝撃を受けました」

自分が絵を1点描く間に、同じ意匠の器をたくさんつくって人を幸せな気持ちにする美希さんの姿に、工芸には絵と違う可能性があると小野さんは気づきました。さらに、あるギャラリーの主人から「描きたい絵を型染で表現すればいい」とアドバイスされたこともあって、「型染に自分のクリエイションをのせてみたい」と考えるように。

20代から作家になることを夢見ていた小野さん。2014年、結婚・出産とほぼ同時期に型染作家として独立しました。1年後、子育てと創作を両立しやすい環境を求めて、たどり着いたのが「空き家バンク」を介して知った国東市国見町。ものづくりに携わる移住者が多く、移住のいろはを教わったのが決め手でした。

「移住した当初は売上もままならなくて、プレッシャーでした。染色は工程が多いけど分業できる職人がいないので、一から十までひとりでやる。子どもも生まれたし、必死でしたね」

手で彫った型紙を使って糊を置いていく工程。写真撮影:谷知英

手で彫った型紙を使って糊を置いていく工程。写真撮影:谷知英

生活を立てるために、型染の作家活動のほかにも企業の商品パッケージや自治体イベントのロゴデザインなど、ブランディング業務を手がける部門〈よつめデザイン〉も立ち上げました。

型染の意匠やデザインのヒントを得るために、国東の人々が信仰する「鬼」についてなど歴史文化のルーツを研究したそうです。

「型染作家としての創作と、デザインの仕事を行ったり来たり。アートで地域を活性化するイベント企画も提案しました。30代のうちは声がかかる仕事は全部やって、自信と経験を積もうと。“境”をつくらないことでおもしろい仕事が生まれたんですよね」

国東市内の高校生や小学生と完成させた、地域産品「鬼おんちっぷす」のパッケージデザイン。写真提供:よつめデザイン

国東市内の高校生や小学生と完成させた、地域産品「鬼おんちっぷす」のパッケージデザイン。写真提供:よつめデザイン

〈かれんだ〉はプロレスみたいにアツい媒体

小野さんは独立当初から、型染のテキスタイルだけでなく、紙の作品も手がけてきました。なかでも、2016年からつくり続けるのが〈よつめ染布舎かれんだ〉。11月下旬に2025年版が発売されました。

2025年版の表紙はサーフィンをしに訪れた宮崎県のフェニックス並木。1月は鹿児島県の桜島。

2025年版の表紙はサーフィンをしに訪れた宮崎県のフェニックス並木。1月は鹿児島県の桜島。

紙に鉛筆で描いた型染調の絵をペンでトレースして、パソコンでデータ化し、「リソグラフ」という特殊な印刷技法で仕上げています。さまざまな個性を持つ紙に版画のように一色ずつ重ね刷りすることで微妙な版ズレや混色、刷りムラが生まれ、レトロな雰囲気が表現されます。

「一枚一枚色や手触りが異なる紙を使って、書体もバラバラにするのは、“整っていない”デザインこそパワーがあって面白いから。今、パソコンのコマンドキーを使えば一瞬でやり直しができますけど、整えすぎの表現ってつまらなくないですか。僕は、瞬発的な筆の勢いや偶然性を大事にしたくて」

最初の数年は、二十四節気などをテーマにしていましたが、「国東でじっとしていたら暦ネタしか見つからない」と悩みます。ブランディングの仕事で九州の工芸や食の生産者と知り合い、人との出会いは財産だと思うようになった小野さん。2022年版で「作る人」を新たなテーマにしようと思いついたのです。自らがつくる人であり、妻もつくる人。さらに、塩、海苔、お茶、酒など信念を持ってものづくりをする人たちの姿にインスピレーションを得て即興的に下絵を起こしました。

個性のある書体を30種以上もデザイン。

個性のある書体を30種以上もデザイン。

小野さんのまなざしで「ものが生まれる風景」を捉えた一枚の絵。手元で12か月眺めていると、絵巻物の物語に入り込むような感覚があります。最終ページには各月の絵に寄せたエッセイが掲載され、読む楽しさも。

2024年版からは「九州・沖縄地方の文化や風土」と題し、阿蘇の草千里ヶ浜や宮崎県の青島神社などさまざまな景勝地をモチーフに。抽象化された意匠やユニークな構図が、めくるたびに新鮮な驚きを感じさせます。

「うちのお客さんは〈かれんだ〉に出てくる人や土地が好きで、何度も行った、また食べたいっていう声がたくさん届くんです。描いた人と描かれた人と使う人の間に対話やアクションが生まれるなんて、すごくアツい媒体。なんか、プロレスみたいじゃないですか?」

筆者もそのプロレスの虜になった一人で、〈かれんだ〉で知った人や土地を訪ねて九州を旅してきました。カレンダーの枠に収まらない、旅のメディアともいえます。

「ジャンルを超えたところに、新しいものが生まれるんですよね。広島に移住しても中国地方の〈かれんだ〉を続けていきたい」

現代アートに挑む原動力は「炎」

来春、小野さん一家が移住するのは、美希さんの母の実家がある広島県呉市。高齢になった両親のそばにという美希さんの願いが直接的なきっかけでした。「定住するよりもあちこち動く方が性に合う」という小野さん一家は、新しい土地に移り住むことにワクワクしています。

移住先では美希さんの祖母が営んでいた銭湯をリノベーションして「すずめ草」を移設し、倉庫を2人の工房にするそう。

移設先建物 写真提供:よつめ染布舎

銭湯の脱衣場だった空間はショップに生まれ変わる予定。写真提供:よつめ染布舎

実は移住を決める前から、小野さんは創作のモチベーションに変化を感じていました。きっかけは5年前、あるギャラリーから「自由に展示してほしい」と依頼されたこと。

「自分の表現には考えがない、空っぽだと気づいたんです。 これいいなあと直感的に作品をつくってきたけれど、先人が掘り下げてきた歴史文化をモチーフとして借りていただけだなと」

自分にしか表現できないものはなんだろう。ふと思い出したのは、幼い頃から大好きだった絵を描くことや、高校時代に夢中になった現代アートへの「熱」でした。

広告の裏に迷路を描き、漫画『ドラゴンボール』の龍を模写し続けた少年時代。父の仕事場にあった和彫の資料を眺めると、絵が語りかけてくるようで心がザワザワしたそうです。思春期は絵から遠ざかって柔道に明け暮れましたが、高校の美術の授業で久しぶりに絵筆を持つと夢中になり、友達から「お前は絶対絵を描け!」と力説されたと言います。

その友達と古着や音楽(パンクやロック)に没頭するなか、アンディ・ウォーホルなどが発表したポップ・アートに出会います。

「キャンベルのスープ缶をモチーフにした作品とかを見て、“何を表現してるのか分からないけど、作品の奥にある思いを知りたい!”という気持ちが込み上げてきたんですよね。あの頃からずっと現代アートに憧れてきました。40代は型染の仕事をやりながら、自分にしかできない表現を探したい」

よつめ染布舎 小野さん。

「現代アートは集大成。アーティストとしてはこれからだけど、下剋上の気持ちで挑みます」と小野さん。

今、小野さんは書や言葉で表現する現代アートの団体に所属し、作品のコンセプトを模索しています。

この10年で地域の過疎化は進み、祭りや行事の担い手も減りました。土着の文化が消えていけば、それに関わる仕事や技や道具も忘れられるのではないか。時代の流れに抗いきれず、もどかしさを感じてきた小野さん。

〈すずめ草〉の近くにある伊美別宮(いみべつぐう)社

〈すずめ草〉の近くにある伊美別宮(いみべつぐう)社で、行事の役員も務めてきました。

「不便な田舎に暮らす僕たちにとって、生活を便利にしてくれるAmazonのようなサービスは “恩恵”である一方で、ITテクノロジーに頼るほど人の暮らしは均質化していきます。国東みたいに色濃い文化を受け継いできた土地でも、人々のアイデンティティが失われていくのは止められないのかって。わりきれない哀しさを、自分にも世にも問うてみたい」

そこで小野さんは、Amazonの配送ダンボールを水で溶かし固めた支持体に、神社の大幟を染める技法を応用し、炎の意匠と「奉献」という文字を染めました。ローカルの豊かな文化がこぼれ落ちていく社会へのカウンターとも感じられる作品。

〈ART SHODO COMTEMPORARY〉の展覧会(京都市)で〈オノ豊一〉名義で発表した作品『奉献カード』。写真提供:よつめ染布舎

〈ART SHODO COMTEMPORARY〉の展覧会(京都市)で〈オノ豊一〉名義で発表した作品『奉献カード』。写真提供:よつめ染布舎

工芸に強いメッセージをのせても「誰も欲しいと思わない」からこそ、現代アートに表現の可能性を感じると小野さんは話します。

「工芸はみんなを幸せにする健やかな世界なんですよね。それも僕が追求したい世界である一方で、人間が抱える業や欲、悲哀や怒り、ざらざらとした心地よくない何かも表現したい。ここにずっと燃えるものが、僕の創作の原動力です」

そう言って、小野さんは胸に染めた炎を指しました。2025年3月に国東を離れ、故郷の広島で次の10年へ。自分にしかできない表現を探す小野さんの旅は続きます。

information

よつめ染布舎(そめぬのしゃ)

住所:大分県国東市国見町伊美2525-1

電話番号:090-7500-0182

営業時間:要事前予約

アクセス:JR日豊本線宇佐駅から大分交通バスで約1時間「伊美」下車、徒歩5分

Web:よつめ染布舎

Instagram:@yotsume_dye_house

writer profile

Ayaka Masai

正井 彩香

まさい・あやか●兵庫県生まれ、福岡県在住。ライター歴20年以上。きのこと本が好き。地域の食や手仕事やまつりをつなぐ人の消えゆく声、名もなき人の暮らしを聞き書きしています。今日も追いかけて旅から旅へ。

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