住まいの選択肢が広げるリノベーション。戸建てやマンションといった枠にとらわれず、古い物件を活用したり、自分たちの暮らし方に合わせて工夫してみたり、その自由度は高く、さまざまな選択肢も豊富に揃ういま、本当に住み心地のいい部屋は、どのようにしつらえばいいのか。
今回は自分らしい家づくりと暮らしを楽しむウェブマガジン「TOKOSIE(トコシエ)」で取り上げてきた取材事例のなかから、心地よさを追求した5つのマンションリノベーションの事例とともに、自分らしい住まいづくりのヒントを探る。
理想の住まいは静かな環境で。愛犬家夫妻の団地リノベ現在2匹の愛犬と暮らす松野さん夫妻は、横浜の山下公園の近くの市街地で暮らしたのち、山口県の古民家を借りて移住。しかし数年して横浜に戻ることになり、新たな物件を購入した。
古民家暮らしで、都会よりも自然に囲まれた生活に魅力を感じていた。犬もいて既存の物件を探すのは難しさや暮らしの拠点を移した心境の変化があり、市街地から離れた丘陵地に建つ築53年、95平米のスケルトン物件を購入し2LDKにリノベーションすることに。
玄関側のリビングダイニング。スケルトンの物件だったため、希望した奥行きのある広さに。
山口で暮らしていたため、手がけた〈SHUKEN Re〉との打ち合わせのほとんどはリモートで行われた。施工中は来ることができず、初めて自宅を見たのは引き渡しの時だったという。
現在2匹の愛犬と暮らす松野さん夫妻。住まいには自分たちが暮らしやすいだけでなく、一緒に暮らす愛犬たちも、快適に過ごすための工夫が随所に見られる。
足場板は視覚的な効果だけでなく、滑りにくいという、愛犬家の夫妻にとって大事なメリットも。さらに汚れや傷が目立ちにくく、椅子を引きずっても気にならない。
床材に足場板を使用し、全体的に淡く不規則な色合いが周りの白壁と交わり柔らかな空間に。
「足場板は山口の古民家で使おうと購入したものでした。自分たちで塗り直して色を統一したり、削ったりしていたんです。でもプランナーさんが、塗っていない裏面を使いませんかと提案してくれたんです」
表面は艶があってワントーン暗く、全体のバランスを考えると裏面を使って正解だったと振り返る。
日当たりのいいリビングの奥には愛犬たちの部屋としてテラスを設けた。山口の古民家で隙間風の寒さに苦しんだ経験を踏まえ、窓にはインナーサッシをつけて断熱と防音性能を上げた。
愛犬への愛情はキッチンにも見られる。寝室の扉はリビングダイニングの奥にあるが、自由に愛犬たちが回遊できるようにとキッチンにも、寝室に繋がる通路を設けて「基本的には開けっぱなしです」と裕史さん。
キッチンと寝室にも扉を設けることで、空間全体の風通しを良くし、空調効果を高めるメリットもある。ベッドでくつろいでいるのは愛犬のルナくん。
空気の循環にも役立ち、特に調理中のキッチンは熱がこもりがちだが、空気の流れをつくることで解消された。「広めにつくったキッチンには、おやつづくりに使うスライサーなどの機材も置けてお気に入りです」
郁子さんは山口の生活で、害獣として駆除された鹿や猪のほとんどが活かされず処分されていることを知り、犬のおやつとしてジビエを有効利用する活動も行っている。
「昔は便利な市街地がいいと思っていましたが、今は静かなほうがいいなと思いますね。こうして自宅で家族や愛犬と過ごしている時間が、とても落ち着きます」
賑やかな大都市の中心地から地方へ移住した経験や、これまで一緒に暮らしてきた愛犬たちとの思い出が、日々の暮らしや住まいづくりに詰まっている。
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日本の美を散りばめて。家族がつながる「一畳十間」の家3年ほど前に築50年に近い都心のマンションを購入し、自邸としてリノベーションした〈小大建築設計事務所〉の小嶋さんご夫妻。
もともと和室のある竣工当時のままの3LDKに、そのままの状態で1年暮らしてみたことで、間取り計画にも役立ったという。光や風の入り方、暑さ、寒さなどが体感でき、プランニングに活かすことができ、断熱性などの機能面に加えた。
1972年竣工、バルコニーがL字型につながった最上階の90平米を約2年前にリノベーション。
全体の面積の70%ほどを占めるLDKに、さまざまな機能を持たせることで、ひとつの空間でいくつもの過ごし方ができる。
玄関先にある和室は、襖を開け放つとその向こうのリビングと一体となってひとつの空間に。
玄関先にある和室は、襖を開け放つとその向こうのリビングと一体となってひとつの空間に。
妻の綾香さんは京都出身、アメリカへの留学をきっかけに日本の文化をもっと知りたいと思うように。「日本人にとって居心地のいい空間とは何か追求して、自分たちの住まいに取り入れたい、と考えたんです」
閉めると1枚のアートとして楽しめる、〈野田版画工房〉にオーダーした襖。“コロナ禍で家族をつなぐ”をテーマとした図案。欄間は古道具店で購入したものを使用している。
テクスチャーのある珪藻土、無垢のオークの床材、ラワンを染色した建具……。和の設えを取り入れるときに、自然素材にこだわることも外せなかった。
珪藻土の壁に囲われたスペースに、書斎、収納、トイレが。おこもり感がちょうどいい書斎は、離れのような雰囲気。天井を開けることでつながりを持たせるとともに、空調もクリアに。
珪藻土の壁に囲われたスペースに、書斎、収納、トイレが。おこもり感がちょうどいい書斎は、離れのような雰囲気。天井を開けることでつながりを持たせるとともに、空調もクリアに。
和とモダンを融合させた、居心地のよい「一畳十間」。
日本の美を今の暮らしに溶け込ませた心地よい空間。それぞれのスペースにそれぞれの機能を散りばめながらも、一体感を持たせた「間」が、コミュニケーションを生み、豊かな暮らしを感じさせてくれる。
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リノベの第一歩。まずは賃貸で、まちの魅力を探るところからスタート2年ほど前に逗子にある築54年のマンションを購入し、フルリノベーションをして暮らしている安達家は、夫婦と1歳になる息子・柑太くんの3人暮らし。
全然まちのことを知らなかったので、ふたりはこの物件を購入する前に、まずは賃貸アパートに引越したという。
平日は肉屋さんや花屋さんで買い物をしたり、休日は行きつけのコーヒーショップに顔を出したり。実際に住んでみると、コンパクトなまちの中に個性豊かなお店が点在し、それでいてすぐ隣は、観光客で賑わう鎌倉。
この土地に惚れ込んだ理由について、「都内にも1時間弱でも出られるし、少し足を延ばせば子供と遊べるレジャースポットもある。そのバランスが、とてもいいなと思っています。あと僕はサーフィンをやるので、海へのアクセスの良さも魅力ですね」と話すのは、夫の賢(まさる)さん。
築54年、総面積は約63平米。バルコニーから土間まで、約10メートルの見通し。
ほとんど自宅で仕事をする賢さんは、書斎が欲しいこと、サーフボードやキャンプ用品を収納するスペースとして土間をつくりたいことを前職の同僚でもある、設計士の松山敏久さんに依頼し、それを受けて、玄関の横のスペースに広い土間を設置。
天井まである大きな棚で空間を仕切りながら、賢さんが仕事に集中できるワークスペースを用意した。
デスクの正面はガラス張りに。バルコニーまで真っ直ぐ見渡すことができる。
このまちに暮らして5年目。気がつけばご近所友だちが増え、馴染みの海の家もできたという安達家。
ピスタチオグリーンの壁が、ウッディな建具や照明を引き立てる。リノベーションの設計は、建築設計事務所〈atelier SHIGUCHI〉に依頼。
「のんびりした田舎と刺激のある都会のバランス感が心地よいです。小さなコミュニティがいくつもあり、住んでいて孤独感がない。子どもが生まれてからは、よりその存在を心強く感じますね。家を行き来できる友人も増えたので、しばらくはこのまちを離れたくないなと思っています」
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平日は首都圏、週末は山梨理想を叶えたデュアルライフ〈アフタヌーンティー・ティールーム〉で商品開発をしている坂下真希子さんは、有名建築家が手がけたヴィンテージマンションを、16年前に購入し、2LDKへとフルリノベーション。現在は夫と息子さん、娘さんの4人で暮らしている。
築52年、総面積は約60平米。
物件購入の決め手となったのは窓から広がる新緑の景色。リノベーションの設計は、このマンションでリノベーションを手がけた経験のある設計士の増田浩隆さんに依頼をした。
「同じ物件をリノベした経験のある、増田さんにお話を聞きに行ってみたら、『実はその事例はうちの自宅なんです』と言われて。実際に住んだ人だからこそできる提案をたくさんしてくださいました」
たとえば、玄関とリビングの間に造作した長さ3.15メートルの本棚。玄関とリビングを仕切るパーテーションの役割を兼ねつつ、両面から収納できる仕様に。
リビング側には扉をつけず、テレビや本を見せながら収納。
子供たちの成長と共に手狭になり、広いところへの引越しを検討した時期もあったという。
しかしこの物件以上に自分たちの暮らしにぴったりなものには巡り会えず、週末だけでもゆっくりと家族で過ごせる場所として、8年ほど前に山梨県にも中古物件を購入。それ以来、週末は毎週のように家族で山梨へ。家族みんなで山登りをしたり、焚き火でバーベキューをしたり、自然と共に過ごす時間を楽しんでいる。
山梨の別荘で収穫したジャガイモ。
正直、最初は『別荘をもつなんて特別な人だけがする贅沢なんじゃないの?』という気持ちもあったが、車ほどの値段で買える格安物件だったこと、売却時も同価格くらいで売れる見込みのあったことが後押しして、2軒目の購入を決めた。
「そろそろ下の娘にも個室を考えたいし、息子の進路によっても生活スタイルが変わっていく。
あと2、3年したら山梨の別荘を手放すことも視野に入れつつ、やりたいことを見つけて、また別の場所を買うのもいいかなと。その時々で自分たちのライフスタイルに合わせて、暮らしていきたいと思っています」
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二拠点生活を視野に入れて、ミニマムな心地よさを、日々育てる。築56年の都内にある物件を購入し、2年前にフルリノベーションをして暮らしている中島さんご夫妻。結婚して家を買おうと決めてから、新築やコーポラティブハウスなど、計30軒ほど内見をしたという。
「何も手を加えなくてもオシャレ! みたいな家があればいいなと思っていたのですが、そんな理想を全部叶えてくれる家って、なかなか巡り合えない。ふたりで考えた末、中古マンションをリノベーションすれば、自分たちの好きなデザインにできるし、コスパもいいと思って。そこからリノベ会社を探しはじめたんです」と話すのは、妻の彩衣子さん。
廊下を挟んで右がLDK、左が寝室。
リノベーションは〈スマサガ不動産〉が担当。
特にこだわったのは、ベッドルーム、洗面スペースも兼ねている「寝室」。「夏は暑いし冬は寒いし、洗面所という空間が苦手で。だからドライヤーを持ってリビングに行って乾かしたり、メイク道具もリビングに持ち込んだりして。それだったら洗面も部屋にあったらいいよねという気持ちで、寝室の一角につくったんです」今回のリノベーションでは、ふたりのやりたいことだけを詰め込んだと話す彩衣子さん。
コンパクトにまとめたキッチンは、忙しく働くふたり暮らしにぴったり。L字型のキッチンは左にコンロ、右にシンクを配置。
今年の夏からは聖太さんの仕事の都合で、2人の二拠点生活もスタートした。
「今後はライフステージに合わせて、寝室に新たに壁を立てて個室をつくってもいいかもしれないし。あまり先のことまで考えずに、今の暮らしに合わせてつくりました。これから1か月のうち東京に半分、地元・名古屋に半分のデュアルライフ、とても楽しみです」
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日本の美を散りばめた空間や、2拠点を見据えた暮らしなど、マンションのリノベーションにおける、新しいスタンダード、その選択肢もますます広がっている。
自分にとって何が心地よいか? どんなふうに暮らしていきたいか?日々の暮らしと深く向き合ったときに、住まいにおいて、何を大切にしたいのか、そのヒントが見つかるはずだ。
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