八戸港や朝市で有名な館鼻岸壁の漁港からほど近くに、どっしりとしたレンガづくりの平屋があります。壁面に「男山」と書かれたその建物が〈八戸酒造〉です。大正時代に建てられ、「文化庁登録有形文化財」、「八戸市景観重要建造物」に指定されたという漆喰の土蔵と赤レンガの蔵は、八戸港河口の風景と相まってじつに絵になります。
ここに、「世界酒蔵ランキング」1位に輝いたことがあり、今年も、フランスの日本酒コンクール〈Kura Master〉や、イギリスの〈International Wine Challenge〉日本酒部門で金賞受賞と、国内外のコンペで常連の酒蔵があると聞いて訪ねました。
大正4年から大正末期にかけて造られたという建造物群。伝統的工法を用いた主屋を始めとする6棟が登録有形文化財に指定されています。
八戸酒造の屋号は「近江屋」といい、その名の通り、近江商人であった初代・駒井庄三郎が盛岡での商いを経て陸奥の地で酒造りの道に入り、明治21年に現在の湊町に移転し、〈駒井酒造店〉という名で代々日本酒を造り続けてきたといいます。創業の酒〈陸奥男山〉はその辛口具合が湊の男たちからも愛されてきました。
潮目が変わったのは1997年のこと。〈駒井酒造店〉は戦時中、昭和の政府が発布した「企業整備令」によって、八戸市および周辺の複数の酒蔵と合同会社として酒造りを行ってきましたが、現八代目当主庄三郎が1997年に合同会社を分離独立し、1998年に新ブランド〈陸奥八仙〉を立ち上げたのです。ただし、自社の蔵ではなく、休業していた八戸市内の旧八戸酒造の蔵を借りての再スタートと、厳しい環境下でした。
酒を醸造するタンク。
近年は青森県産のヒバ樽で熟成した粕取り焼酎も人気。
こうして現八戸酒造の新しい酒造りに取り組み、〈陸奥八仙〉が誕生。現専務の駒井秀介(ひでゆき)さんが入社した翌年の2003年からは、陸奥八仙もバリエーションが増え、酒質もひと言で言うなれば「味わいがきれい」なものになったといいます。フレッシュでフルーティーな酒が好きだった駒井さんが、「自分たちがおいしいと思う酒を造りたい」と生み出した酒は、日本酒に手をのばすきっかけを求めていた人たちのニーズにマッチしたのです。
そして、2009年には元の蔵である現在地に戻ることができたことで、蔵に活気と勢いが蘇りました。現在は父である8代目当主の庄三郎さん、秀介さん、杜氏である弟の伸介(のぶゆき)さんの兄弟が蔵を支え、若い蔵人たちも切磋琢磨しています。
左から〈8000ドライスパークリング〉爽やかな酸を特徴としたクリアでドライな味わいが特徴。アルコール度数は11%。〈陸奥八仙blanc(ブラン)〉白麹を使用し、爽やかな味わいが特徴。白ワインに似た味わいを持つ。〈Hassenblage(ハッセンブラージュ)〉4年間熟成させた高価格帯の商品で、4種類の青森県産米をブレンド。2021年の全米日本酒歓評会の大吟醸A部門 (精米歩合40%以下)で金賞および準グランプリ受賞。〈八仙 吟烏帽子40 純米大吟醸〉青森県の酒造適合米「吟烏帽子」を使用。白ワイングラスなど大ぶりなグラスに入れて。〈陸奥男山 超辛口純米〉シグネチャーともいうべき、八戸酒造始まりの酒「男山」から、燗酒にも合う辛口純米をチョイス。〈陸奥八仙 ISARIBI 特別純米〉「漁師さんの食中酒」というイメージでつくられた1本。イカやサバといった八戸の名産品と相性抜群。
専務の駒井秀介(ひでゆき)さん。
特にここ数年は、外飲み需要の高まりや、インバウンドの需要、八仙の高名もあり、駒井さんは大忙し。
昨年11月には、有名店が軒を連ねる東京〈虎ノ門横丁〉にて、17店舗の参加店舗の料理に対する八仙の多種多様なマリアージュや、八戸の名物を用いたおつまみとのペアリングと飲み比べを楽しむ〈八仙祭り2023 in虎ノ門横丁〉を開催。「新規顧客の獲得と、八戸の観光PRに手応えを感じました」と駒井さんは話します。会場では、日本酒だけでなく、粕取り焼酎やスピリッツなども準備され、アレンジ自在、多彩なラインナップで会場を賑わせました。
〈八仙祭り2023 in虎ノ門横丁〉の様子。写真提供:八戸酒造
法被を着てもてなした駒井秀介さん(右)。写真提供:八戸酒造
八戸都市圏交流プラザ〈8BASE〉でのイベントなど、都市部で八仙熱が高まっても、蔵の根っこは八戸に。
「地域の特産品や文化との連携を重視し、幅広い層に訴求できる商品開発を行っていきます。また、蔵元主催のイベントだけでなく、他の蔵元や地域生産者とのコラボレーション、レストランでのペアリングディナーなど、多様なイベントを展開していこうと企画しています」
これまでも、むつ市の斗南丘牧場の飲むヨーグルトを使った〈八仙ボンサーブ ヨーグルトリキュール〉や、東通村のブルーベリーを使ったヨーグルトリキュールなど、地域の特産品とコラボレーションした商品開発を行っているほか、八戸出身のバンド「androp」のボーカル、内澤崇仁さんとコラボレーションを実施。話題となりました。
蔵で行われた内澤崇仁さんのライブ。写真提供:八戸酒造
全国から駆けつけたファンとの1枚。写真提供:八戸酒造
andropと八戸酒造のコラボ酒〈「androp×hassen」八仙 -乾杯をしよう 僕らはきっと よくやった–〉は、白麹由来のクエン酸がもたらす、まるでグレープフルーツのような爽やかな酸味が心地よい、スパークリング日本酒。
「もともと内澤さんが八仙のファンだったということで実現しました。酒造りに参加していただき、オリジナルボトルを制作し、蔵でのライブイベントも2回開催。全国からファンが集まってくれました」
地元八戸をともに盛り上げていくとともに、日本酒に苦手意識がある女性への、認知と消費の拡大が期待されます。
海外への出荷については、全体の5%程度ではあるものの、約25か国に展開しており、特にアメリカ市場が伸びているといいます。「今後はドバイでのプロモーションも予定しており、さらなる展開を目指しています」と駒井さん。海外の富裕層からの評価も気になるところです。
ふだんあまり日本酒を飲んだことがない日本酒ビギナーにこそおすすめしたい八戸酒造の酒。来年の創業250周年をひかえ、ますます成長する蔵の努力を想い、秋の夜長に盃を傾けてみてはいかがでしょうか。
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八戸酒造
住所:青森県八戸市湊町本町9
蔵見学期間:通年月曜〜金曜(冬期間10月〜2月は土曜も営業)*臨時休業あり
見学時間:10:00〜16:00(所要時間は45分程度)
見学料金:500円(試飲付き)
蔵見学予約:0178-20-0443
Web:八戸酒造
*価格はすべて税込です。
writer profile
Yu Ebihara
海老原 悠
えびはら・ゆう●コロカルエディター/ライター。生まれも育ちも埼玉県。地域でユニークな活動をしている人や、暮らしを楽しんでいる人に会いに行ってきます。人との出会いと美味しいものにいざなわれ、西へ東へ全国行脚。
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撮影:西川幸冶(STUDIO・2GRAM)