撮影:Ayami_Kawashima
omusubi不動産 vol.6はじめまして。おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉でエリアリノベーションチームのプロジェクトマネージャーをしている関口智子(せきぐちともこ)と申します。
私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、空き家を使ったまちづくりを生業としています。
この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる(ときには代表の殿塚も)書き手となり、思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。
連載6回目のテーマは、松戸市と一緒に開催する国際芸術祭〈科学と芸術の丘〉について。
私は前職での多岐にわたるコンテンツのディレクション経験を生かして芸術祭に携わるべく、2018年にomusubi不動産に参画し、3年目の2020年からはディレクターとして芸術祭全体を統括する立場になりました。芸術祭担当のかたわら、松戸市のエリアリノベーション事業も担当しています。
いち、まちの不動産屋さんが、松戸市の重要文化施策として国際芸術祭を運営することになった経緯と続ける理由をご紹介します。
メイン会場の戸定邸での特別展覧会。(撮影:Ayami_Kawashima)
国指定重要文化財を舞台に、未来を試す新しい芸術祭2018年にはじまった国際芸術祭〈科学と芸術の丘〉。初年度よりオーストリア・リンツに拠点を置く世界的なメディアアートの文化機関「アルスエレクトロニカ」の協力を得て毎年開催しています。
「科学、芸術、自然をつなぐ国際的で創造的な未来の都市」の実現を目指す、いわば未来を試す新しいタイプのお祭りで、世界最先端の研究機関、研究者、アーティストによる特別展覧会、トークイベント、ワークショップ、まちのお店と連携したイベントなどを実施しています。
メイン会場は国指定重要文化財の戸定邸(とじょうてい)。「伝統と先端科学、美しい自然の組み合わせのなかで、新しい未来の可能性を感じてもらえたら」そんな想いを込めています。
戸定邸で行われたトークセッション。(photo:Ayami_Kawashima)
「このまちで芸術祭をやりたい」 入居するアーティストのひと言から始まったomusubi不動産は、古い物件を扱うことが得意な不動産屋です。その特性からか、「こういった空間にしたい」というイメージを自分でつくってしまう方や、古い建物の魅力をおもしろがる方が多く集まるため、住居や事業用だけではなく、アーティストやクリエイターのアトリエとなる物件も多く扱っています。
この芸術祭は、弊社が運営するアトリエの入居者であり現代アーティスト・清水陽子さんの「このまちで科学と芸術をテーマにした国際フェスティバルをやりたい」というひと言から始まりました。清水さんは生物や自然現象などを生かした作品をつくるバイオアーティストとして活動されています。
そんな清水さんと弊社代表の殿塚らは盛り上がり、毎週のように企画会議を開き、打ち合わせを重ねていきました。
松戸駅と市役所周辺航空写真。清水さんは入居時からomusubi不動産周辺のコミュニティを見て「まるでニューヨークのブルックリンのよう……!」と言ってくれていました。
そのなかで、河川敷の雰囲気が松戸と似ているという、オーストリアのリンツ市で開催されるアートイベント「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」を知り、清水さんからの紹介によってアルスエレクトロニカに協力いただけることになりました。そして、当時、松戸市は行政施策としてアート分野に力を入れていたこともあり、松戸市に企画を提案したところ、予算をつけていただけることになりました。
芸術祭といえば、自治体が専門の事業者に依頼して開催するのが一般的かと思います。だけど私たちのモットーは「ほしい暮らしをDIYでつくる」。ある意味、omusubi不動産らしいスタートとなりました。
とはいえ、弊社に芸術祭の運営経験者はいません。すべてが手探りだったので、まずはタスクを整理・見える化しよう! ということで、模造紙と付箋を使って溢れかえったタスクを書き出したのが私の最初の仕事でした(最先端の科学と芸術を扱うお祭りなのに超アナログ笑)。
春雨橋親水広場での作業風景。
初年度と2019年は特にomusubi不動産にご縁のある方々にたくさんのご協力をいただき、2020年はコロナによる逆境のなかオンラインツールを駆使して実施。2023年は松戸市の市制施行80周年、千葉県誕生150周年のダブルアニバーサリーということで、過去最大規模で開催するなど、毎年のチャレンジを一歩一歩重ねてきました。
2023年の様子。(撮影:Ayami_Kawashima)
まちにも広がるアートと不動産活用メイン会場は戸定邸としつつも、omusubi不動産の強みを生かして、まちに眠る遊休不動産を活用した取り組みにもチャレンジしてきました。芸術祭の開催と同時期に、展示やイベント会場を駅周辺の中心地にまで拡張して、空き物件を活用したまちなかの展示も行っています。
まちなかの展示は、初回の2018年から実施しています。松戸駅近くにあるomusubi不動産が管理する〈buildingC〉という物件では、まだリノベーションする前だった当時、建物の記憶が残る空間を使って美術家の久芳真純(Kuba Masumi)さんに展示を行っていただきました。
2023年は、まちのなかにあるお店やギャラリーに4つの展示会場を設け、そのうちのひとつは空き物件を使った作品展示となりました。
building Cでの久芳真純さんの作品展示「Repositioning」。
200年の歴史ある〈山田屋の家庭用品〉が所有する蔵で行われた髙橋銑さん展示の作品「Cast and Rot」シリーズ。(photo:HajimeKato)
普段は使われていない場所を、お祭りというハレの機会を使って、人が再び集まる場所としてひらく。そうすることで、また新たな活用の機会を生んでいく。そんなスタイルは、国際パートナーのアルスエレクトロニカが遊休化した建物を活用して年に1度開催する「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」にも通じるところがあります。
アルスエレクトロニカ・フェスティバルのメイン会場〈POSTCITY(ポスト・シティ)〉。旧郵便局の配送センターが巨大なフェスティバル会場に。市内のさまざまな建物の魅力を再発見するかたちで開催されている。(撮影:Martin Hieslmair)
主体的に関わる人がまちをつくる。日常に染み込んでいく芸術祭私たちは「catalyst(カタリスト)」という存在に助けられ、ともにこの芸術祭をつくっています。
カタリストとは、この芸術祭という機会を一緒に楽しみ、協働し、創っていく方々のこと。植物の受粉を介する蜂や蝶に例えて「ある状態を変化させたり、何かを生み出すきっかけをつくる存在」として、そう呼んでいます。
自ら進んで「何かをつくりたい」と行動する方々が触発しあい、まちとの関わり方に変化が生まれていく。その変化のひとつひとつは小さくても、イベントで一堂に会することで非常に大きな力になっていることを実感しています。
芸術祭を一緒に運営していくカタリストたち。(photo:YoshiakiSuzuki)
カタリストと呼び始めたのは、私がディレクターに立たせてもらった2020年からのこと。
2018年の初回から、私たちomusubi不動産だけでこの規模のイベントを回すことは到底できず、多くのボランティアの方に助けられてきました。
ボランティアのメンバーには、開催を毎年楽しみにしてくださる方、「あのお店知らなかった!」とまちの魅力を発見する方もいれば、さらに新しい企画を提案してくださる方などがいらっしゃいます。たくさんの感想に触れるにつれて、この場の持つ価値を私たちが逆に知る機会をいただきました。
そんなメンバーのみなさんに対して「この場を楽しみ、つなぐ」存在のようなイメージが湧いてきました。「ボランティア」よりもっといい表現があるはずだと、アートや科学、自然に関する用語を漁り、「カタリスト(触媒)」という言葉を見つけます。また、カタリストの名称を、スタッフ、イベント、プロダクトそれぞれにつけ、「蜂(スタッフ)、蝶(イベント)、種(プロダクト)」とモチーフをビジュアル化し、芸術祭を構成する大きなひとつとして発信するようにしました。
今では運営フローやまちを熟知する「スーパーカタリスト」、さらに今年は、そのカタリストを増やすべく「子どもカタリスト」や「企業カタリスト」など、いろんなかたちが生まれてきています。そして、そのなかから運営のコアメンバーに入っていただき、お仕事として運営業務を依頼させていただく方も出てきています。
2022年に戸定邸で展示した海外アーティストの作品で非常に思慮深いものがありました。その作品は、「まちに関わる大きな決定ごとに、もっとそこに暮らす市民の意見が反映されるべきだ」というメッセージを含んだ作品でした(少なくとも私はそう解釈しました)。
まちという広くて複雑なコミュニティを私たちがどうこうするということは無理ですし、自分たちの思い描くまちにしたいとも思っていません。わかりやすく「まちづくり」という言葉を使っているものの、まちはそこにいる人たちの活動の結果でつくられていくものだと考えています。
私たちはこの芸術祭を通じてその場や機会を提供し、まちと人の関わり方をリノベーションしていく……そういう意味では普段の不動産事業でやっているアトリエや物件に対する捉え方をまちに広げただけかな、とも思います。
カタリストによる展示の説明。(撮影:Hajime Kato)
今年もやります! 科学と芸術の丘20242024年、7年目となる今年も、ありがたいことに開催が決定しました。
テーマは「City of Artists 〜つくるをひらく〜」。「アーティスト」の概念を問い直し、「つくる」ことをともに「ひらき」、つなげていく、まさにこの芸術祭の本質を表したテーマになります。
アートはちょっと難しい……と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、国指定重要文化財のすばらしい建築や、国指定名勝の美しい庭園は、お散歩するだけでも楽しく、雨の日もゆったりとした時間が過ごせます。展示だけでなく、アーティストがディレクションする〈丘のマルシェ〉など駅前周辺の中心地にもたくさんの企画があり、毎年小さなお子さんやご高齢の方たちまで集まる和やかな雰囲気が流れています。そんななかで、最新の芸術や科学にバッタリ出合ってしまう、そんな機会にしたいと考えています。
ぜひ、この機会に松戸に足を運んでいただき、たくさんのアーティストたちを発見してください。戸定邸、まち、そしてスタッフのなかにも隠れアーティストがたくさんいます。年月をかけて緩やかに変化していく松戸のまちの様子を、一緒に楽しんでいただければ幸いです。
2019年の様子。(撮影:Hajime Kato)
マルシェの様子。(撮影:Hajime Kato)
information
科学と芸術の丘2024
会期(本祭):2024年10月25日(金)10:00 〜 16:30
2024年10月26日(土)10:00 〜 16:30
2024年10月27日(日)10:00 〜 16:00
会場:戸定邸、戸定が丘歴史公園、松戸市内各所、松戸市内各所
公式サイト:科学と芸術の丘2024
カタリストスタッフも絶賛募集中です! 芸術祭を一緒につくりませんか?
omusubi不動産
おむすびふどうさん●「自給自足できるまちをつくろう」をコンセプトにまちの方々と田んぼや稲刈りをするフドウサン会社。築60年の社宅をリノベーションした「せんぱく工舎」をはじめとしたシェアアトリエを運営するほか、松戸市主催のアートフェスティバル「科学と芸術の丘」の実行委員として企画運営を行う。2020年4月下北沢のBONUS TRACKに参画。空き家をつかったまちづくりと田んぼをきっかけにした暮らしづくりに取り組んでいます。https://www.omusubi-estate.com/
credit
編集:中島彩