2024年8月8日、新潟県の新たなアンテナショップ〈銀座・新潟情報館 THE NIIGATA〉が銀座5丁目のすずらん通りにオープンした。
銀座のメインストリートから一本離れた通りであるすずらん通りには、老舗料理店が並び、格式高い雰囲気が漂っているが、そのなかでも、ひと際開放的な雰囲気を放っているのが〈THE NIIGATA〉だ。
通りに開けた明るいファサードに惹かれて店内に入ると、従来のアンテナショップのイメージとは大きく異なる、セレクトショップのような洗練された内装と随所に施された工夫に目が奪われる。
そんな〈THE NIIGATA〉のショップ、イベントスペース、〈にいがた暮らし・しごと支援センター〉のデザイン・設計をはじめとした企画・施工・ロゴデザイン・ビジュアルデザインを手がけたのが、さまざまな空間の総合プロデュースを手がける乃村工藝社だ。
2024年8月8日にグランドオープンした〈THE NIIGATA〉。新潟県のアンテナショップは、表参道から心機一転、銀座5丁目すずらん通りにオープンした。
本特集「アンテナショップ、進化論。」では、誕生から現在までのアンテナショップの変遷をたどりながら、進化を続けてきたアンテナショップに焦点を当てた。
その流れのなかで、オフィスや商業施設、ホテルなどを手がける乃村工藝社のような空間づくりのプロフェッショナルたちがアンテナショップを手がけるようになった。そこでは、どのようにしてアンテナショップ〈THE NIIGATA〉がつくられていったのだろうか。
今回のプロジェクトメンバーのなかから、施設のコンセプトづくりなど企画を担当したプランナーの二宮咲さん、空間デザインを担当した清水茂美さん、ロゴなどのグラフィックデザインを手がけた萩谷(はぎや)綾香さんの3名に話を伺った。新時代のアンテナショップに求められるものを、空間をプロデュースする側からひもといていく。
左からプランナーの二宮さん、空間デザインを担当した清水さん、グラフィックデザインを手がけた萩谷さん。
客観と主観の間で揺れるアンテナショップの「正解」――今回、〈THE NIIGATA〉の空間づくりを手がけるうえで、まずどのようなことを心がけたのですか。
二宮: アンテナショップの空間づくりをするうえで、モノを買うためだけの場所ではなく、きちんと情報をインプットできて、「新潟に行きたい」という気持ちを抱くような場所にしたいと思っていました。
そのためには、インターネット上ではなくリアルな場だからこそ得られる情報とはどんなものなのかを考えました。
越後妻有で開催されている〈大地の芸術祭〉に参加したことがあるなど「プロジェクト始動前から新潟県には親近感を感じていた」と二宮さん。
例えば、新潟清酒の利き酒ができる有料の試飲スタンド〈THE SAKE Stand〉では、壁一面に酒瓶をきれいに並べて視覚的に楽しめる空間にしています。
また、中央に設置した大きなテーブルは、訪れた人たちでテーブルを囲んで、コンテンツの入った情報タブレットを触りながらお喋りができる空間を演出しました。店内でより濃い時間を過ごしていただくことで、新潟への気持ちが高まるのではないかという狙いがあります。
〈THE NIIGATA〉2階の〈THE SAKE Stand〉。日本一の酒蔵数を誇る新潟の日本酒が、中央のテーブルを囲むように並ぶ。
清水: 酒蔵へのリスペクトも込めて、酒瓶はひとつひとつプロダクトとしてちゃんと見せたい思いがありました。ラベルのデザインはもちろんですが、同じ一升瓶でも酒蔵によってビンの色味が違いますし、それらがきれいに見えるような照明にもこだわりました。
日本酒が美しく見えるようにデザインされた陳列棚。照明にもこだわりが。
二宮: 1階の階段奥には新潟の「ものづくり」に焦点を当てた〈新潟のものづくり採集〉コーナーがあります。そこには新潟の職人さんたちが実際に使っていた道具や素材を見て、触れて、学べる、リアルだからこその情報が詰まっています。
「感覚的にストーリーを感じてもらう」というコンセプトは、〈THE NIIGATA〉としてかなりこだわった部分です。だから単なるパネル展示で終わらせるのではなく、実際に店内での「体験」を大切にしています。
〈新潟のものづくり採集〉は3人が新潟に繰り返し足を運んで、見て・聞いて・感じたことが表現されている。
ーー一般的な店舗や商業施設、オフィスなどの空間デザインとは異なり、アンテナショップの場合、あくまで自治体が手がけているという点がありますよね。そのうえで、まずはその地域について「知ってもらうこと」が重要になってきますが、どのような空間デザインを意識しましたか?
清水: 空間をつくるということ、つまり「3次元で表現する」うえで、新潟県をどう表現すればいいのか、ということは意識しました。
二宮さん同様、〈大地の芸術祭〉に参加経験のある清水さん。本プロジェクトを経て、さらに新潟愛が深まった様子。
ポイントとしては、床材に新潟の川砂利を混ぜてみたり、商品の陳列棚やイスなどに新潟の木材を使用したり、来館者の方々から見える場所、触れる場所にはできるだけ県産材のものを使用していることです。
ただし、来館者の方々にこうした情報を得てもらうことは重要ですが、どこまで「説明」するかは、デザイナーとして葛藤がありました。商品説明や内装のこだわりはポップなどでも紹介もしていますが、やはりリアル空間ならではの「感覚的に触れてもらう」ということを大切に考えていました。
〈THE SAKE Stand〉の大テーブルには新潟の箸メーカー〈マルナオ〉の箸の端材が使われている。
大テーブルの足の部分は、〈諏訪田製作所〉の爪切りの端材を使用。
萩谷: 私は新潟に行くのが今回のプロジェクトでほぼ初めてだったんです。ロゴやアイコンなどビジュアルデザインを担当するうえで、地元の方や関係者との対話を重ねて、新潟のことや先方の想いをしっかりと汲みながらデザインに起こそうと考えていました。
二宮: 大変だったよね。みなさん地元の特産物に対する思い入れが強いから、いろいろビジュアルモチーフに関しては細かいところまでフィードバックがあったり。
萩谷さんは「初めての新潟」だったからこそ客観性を持ち、新潟県の人たちとの対話を通してデザインを心がけた、とのこと。
萩谷: そうでしたね(笑)。ノドグロのビジュアルに関してはヒレの角度とか、アゴのしゃくれ具合とか……みなさんのこだわりを感じました。
これはノドグロの話に限らず、新潟県の方々が思い入れのある「主観」と、新潟を外から見てきた私たちがいいと思う「客観」に、ギャップがあることを目の当たりにしました。
でも、そこで県庁さんの想いだけでもなく、私たちの色に染めるだけでもなく、これから銀座でお店に来てくれるお客さんにも、また、新潟県出身の方にもそうでない方にも親しんでもらうためには、それぞれの視点がアンテナショップには必要なんだと感じました。
新潟の「N」をモチーフにした〈THE NIIGATA〉のロゴ。「見る人によって地図だったり、工芸品だったり、いろんな方向に想像が膨らむデザインにした」と萩谷さん。
〈THE NIIGATA〉のショッパーやホームページのデザイン等に使用された、新潟の魅力を訴求するビジュアルデザイン。
銀座だからこそ追求できたものづくりの精神――新潟県のアンテナショップといえば、昨年閉館した〈ネスパス〉は表参道で26年間営業されていました。今回、銀座で新しくオープンするにあたって何か意識した部分はありましたか。
二宮: ショップ部分はもちろんですが、3階のイベントスペースと地下1階の〈にいがた暮らし・しごと支援センター〉は、今の時代に合わせてつくることで、もっと広がりのある価値を創出する場所になると考えていました。
イベントスペースは、一般の方にも開かれてさまざまなイベントを開催されていますが、より地元・新潟の人たちにとっても価値がある空間にしたいと思いました。そして、銀座という場所柄、日本中・世界中から人が訪れることを考えたら空間的に工夫することで、もっとたくさんの魅力的なシーンが生まれる場にしたいと考えました。
そこで新潟県に所縁のあるアーティストの作品を取り入れることで、場所としての価値を高めようと考えました。
八海山をモチーフにした春原直人氏による絵画『Reach』と〈THE NIIGATA〉田中館長。
イベントスペースの床面には栗田宏一氏によるアート作品『SOIL LIBRARY/NIIGATA』を展示。
イベントスペースに展示されているのは、新潟県の越後妻有で開催されている〈大地の芸術祭〉に参加されている栗田宏一さんと、実際に登山をして創作活動を行っている春原直人さんの作品です。
今年開催年を迎え、現在も開催中の〈大地の芸術祭〉は3年に一度の開催ですが、開催年は新潟県の観光客がすごく増えるんです。それぐらい新潟県への影響が大きい催しなので、そうした縁を活かしてアートを空間に落とし込めたのはとてもよかったと思います。
それに栗田さんも春原さんもフィールドワークを通して作品をつくる方々なので、「体験」を大切にしている〈THE NIIGATA〉にとてもマッチしています。
清水: 〈にいがた暮らし・しごと支援センター〉については、さまざまな背景を持った方々が訪れると伺って、みんなが前向きな第一歩を踏み出す気持ちになれるような、明るく爽やかなイメージで空間を設計しました。雪や海といった新潟の自然を感じられるような場所になったと思います。
丸みを帯びたデザインで、温かい雰囲気の地下1階の〈にいがた暮らし・しごと支援センター〉。
――銀座でオープンすることになって、銀座と新潟の相性の良さを感じたそうですが、どんなところでしょうか。
二宮: 〈THE NIIGATA〉がグランドオープンする前の内覧会には銀座周辺のホテルの支配人の方々が来てくれたのですが、そのときに銀座でよかったと思うことがありました。
その方たちは、海外のお客様に日本酒をどこで買ったらいいか、よく相談されるそうなんです。〈THE NIIGATA〉の日本酒を視覚的にも楽しみながら試飲できる空間をすごく褒めてもらえたんです。
それを聞いて銀座という場所にオープンする価値を感じました。銀座ならではの出会いが、今後この場所からたくさん生まれていくのだと期待しています。
萩谷: わたしは、〈新潟のものづくり採集〉コーナーの制作のために新潟の織物屋さんに行ったとき、その方が「銀座だと腕が鳴るね」とおっしゃったんです。
ものづくりに携わっている人たちの目線で言うと、銀座という場所に自分たちの製品が並ぶことは誇らしいことなんだなと思いました。
「プライド」と「リスペクト」が生んだ新しい時代のアンテナショップ――乃村工藝社さんは、これまで商業施設やオフィス、ホテルなどさまざまな空間デザインを手がけられてきました。今回、「アンテナショップ」という“場”を手がけてみて、どんなことを感じましたか。
二宮: 現代は空間のあり方がどんどん変わってきている時代だと感じています。とくに買い物や情報に関しては、デジタルで得られるものが多いので、わざわざそこに足を運んでもらう価値をどのようにつくるかがとても大事だなと。アンテナショップもまさにその通りで、足を運んでもらうための「仕掛けづくり」が重要です。
清水: 空間デザインの点から言うと、普段、マテリアルはデザインのイメージから選定していくのですが、アンテナショップの場合は、県産材など新潟にまつわるマテリアルからどんな空間デザインをつくっていこうか、というふうに逆説的なアプローチが必要でした。そこが普段のプロジェクトとは少し異なる部分でした。
――そのなかで、今後のアンテナショップに求められていることはどんなことだと感じていますか。
二宮: 今回リサーチのためにいろいろなアンテナショップを見に行きました。ほとんどの施設が「ショップ」と「情報発信」の機能がハッキリと分かれてしまっていることが気になりました。ショップのほうは賑わっているのに情報発信のほうには人がいない状態になっているアンテナショップをよく見かけたので、今回はそのふたつの要素をうまく混ぜて相乗効果を生んでいけるように意識しました。
買い物か、情報収集かどちらの目的で来たとしても、どちらも手に入るような場所が、今後のアンテナショップには求められるのかなと感じました。
萩谷: 「地元の人たちを置いてきぼりにしない」というのはすごく重要な点だと思います。今回で言えば〈新潟のものづくり採集〉コーナーをつくるために、新潟でものづくりをしている人たちのご協力が必要だったんですけど、直接地元の方々とお話させていただいて、譲り受けたものを展示することで、地元の人の〈THE NIIGATA〉に対する思い入れも変わると思うんです。
現に今回〈新潟のものづくり採集〉にご協力いただいた方が〈THE NIIGATA〉の内覧会にわざわざ来てくださって喜んでくれていたのが印象的でした。
その姿を見ていたら、地元の人たちの想いが愛着としてその場にちゃんと乗っている状況を企画としてつくっていくのは、今後のアンテナショップにとって重要なことかもしれないと思いました。
そうすることによって、新潟に住んでいる人たちのもうひとつの拠点が銀座にもあるように思ってもらえたらうれしいなと。
二宮: アンテナショップって長い間「モノ」から入る場所だったと思うんです。だけどそれだけじゃなくて、「ヒト」や「コト」、さらには「トキ」にも出合える場所でもあるはずです。
先ほどお話した試飲コーナーの大テーブルや、イベントスペースはヒトで出会って「コト」が起こる場所ですし、〈新潟のものづくり採集〉も実際に触れて感じることで、新潟の「ヒト」や「モノ」を知り、〈THE NIIGATA〉らしい「トキ」を過ごしてもらいたいと思っています。
そういう意味で〈THE NIIGATA〉の先に新潟県があることをうまく伝えられる場所になったと思います。
清水: ふたりの話を聞いて、プライドとリスペクトが大事だと改めて思いました。新潟県側の「プライド」を、受け手側の我々が「リスペクト」を持って伝えていくことが新しいアンテナショップにとって必要なことなんだと思います。
終始、熱量たっぷりで楽しそうに〈THE NIIGATA〉について語る3人。思い入れの強さがうかがえる。
profile
株式会社乃村工藝社 クリエイティブ本部 プランナー
二宮咲
にのみや・さき 2017年乃村工藝社入社。地域の魅力づくり・ブランディングの視点を軸に、計画策定から施設の空間・体験づくりまで多角的な企画プロデュースを手がける。
web:乃村工藝社
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株式会社乃村工藝社 クリエイティブ本部 ルームチーフ
清水茂美
しみず・しげみ 2008年乃村工藝社入社。企業関連の施設を主に、飲食店・大型商業・ミュージアムなどを担当。対話を通して課題を見つけ、解決するデザインを考える。すでに存在していた美しさや価値に目を向けつつ、独自の視点からより良い体験を創出していく。
web:乃村工藝社
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株式会社乃村工藝社 クリエイティブ本部 IVD デザイナー
萩谷綾香
はぎや・あやか 2017年乃村工藝社入社。ビジュアル・グラフィックデザイン専門ユニット「IVD-Integrated Visual Design-」所属。クライアントのブランド価値向上を目指し、ビジュアルデザインを軸に、場やブランドの世界観づくりを手がける。
Instagram:@ivd_official
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Rihei Hiraki
平木理平
ひらき・りへい●静岡県出身。カルチャー誌の編集部で編集・広告営業として働いた後、2023年よりフリーランスの編集・ライターとして独立。
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Kanta Torihata
鳥羽田幹太
とりはた・かんた●フォトグラファー。1999年生まれ、茨城県東茨城郡茨城町出身。人の目では捉えきれないものを可視化する事に関心を抱き、感情や記憶・体験などを可視化する作品を制作している。torihatakanta.com