東京にいながらにして、地域の特産品や食材を手に入れることができ、ローカルの雰囲気を楽しむことができる「アンテナショップ」。
現在、自治体のアンテナショップは銀座、有楽町、日本橋エリアに約30の店舗が点在している。その歴史は古く、昭和初期から東京駅近辺に集まりだしバブル崩壊や東京駅の再開発など紆余曲折を経て、現在のような「アンテナショップ特区」が広がっている。
そんなアンテナショップの動向をつぶさに見てきた、〈地域活性化センター〉のメディアマーケティングマネージャーの畠田千鶴さんにアンテナショップの変遷についてうかがった。
アンテナショップの先駆け!東京未上陸の味で躍進した沖縄と鹿児島〈かごしま遊楽館〉は1995年の開業当時の場所・日比谷で現在も営業中。
「1990年代、東京駅の八重洲口にあった鉄道会館と国際観光会館のふたつのビル(現在のグラントウキョウ ノースタワー付近)には、都道府県や市町村など約30の自治体の観光案内所が入居しており、地域の玄関口として機能していました。
それが東京駅八重洲口の再開発による同ビルからの立ち退きと、バブルの崩壊による銀座周辺の地価の下落によって、それまでビル内に入居していた自治体の観光案内所が銀座の一等地に個別の路面店型アンテナショップとしてオープンしたのです」
このときに現在のアンテナショップの原型となった沖縄県の〈銀座わしたショップ本店〉(1994年)と鹿児島県の〈かごしま遊楽館〉(1995年)が登場。第1次アンテナショップブームへとつながっていく。
首都圏でPRに成功したうちなーごはんと芋焼酎1994年に銀座一丁目でオープンした〈銀座わしたショップ本店〉は2023年に東京交通会館1階に移転。
〈銀座わしたショップ本店〉と〈かごしま遊楽館〉は、それまで現地を訪れなければ味わうことのできないローカルの味を首都圏でPRすることに成功し、多くの顧客を獲得している。
「〈銀座わしたショップ〉さんは、それまであまり馴染みのなかった泡盛の古酒や、ジーマーミ豆腐、海ぶどうなどの沖縄の食材を取り扱い、イートインスペースでは本場・沖縄の味を提供するなど、現在でもアンテナショップのなかで全国トップクラスの売上を誇ります」
その後、「わしたショップ」の名で北は〈札幌わしたショップ〉から、南は地元〈那覇空港わしたショップ〉まで計11店舗を展開しており、アンテナショップの成功例として各自治体から注目されている。
〈かごしま遊楽館〉とともに展開をする飲食店〈いちにぃさん〉。
同様に、鹿児島県〈かごしま遊楽館〉もローカルの味をフックに、東京でのプロモーションに成功している。
「〈かごしま遊楽館〉さんは、鹿児島の民間の飲食店〈いちにぃさん〉と共同でレストランを併設した店舗を日比谷でオープンしました。当時、東京には流通していなかった芋焼酎や黒豚、柚子胡椒などのローカル特産品を積極的にPRし、多店舗展開を実現します。
首都圏では、焼酎といえば甲類・乙類という分類が主流だった時代にいまや全国区の知名度を誇る鹿児島の〈森伊蔵〉〈魔王〉などを取りそろえ、東京で受け入れられたのです。
これまで地域でしか消費されていなかったものが、首都圏でも支持されるという『ローカルの可能性』を見出した事例といえます」
沖縄県や鹿児島県のように、路面店型のアンテナショップが登場する一方で、立ち退きを余儀なくされたそのほかの自治体の観光案内所が、東京交通会館にアンテナショップとして転換していったのもこの時期。
現在、交通会館には12店舗が入居しファンにとって「アンテナショップの聖地」として連日多くの客でにぎわっている。
東国原知事とケンミンSHOWで 「コンテンツ化」するローカルの魅力2000年代に入ると、2007年に放送開始した『秘密のケンミンSHOW』や、同年に初当選し宮崎県知事として全国に「宮崎ブーム」を起こした東国原知事の登場によって、ローカルの魅力は「コンテンツ」として多く人の目に止まった。
また、雑誌などでもアンテナショップの特集が組まれるなど、アンテナショップにも追い風となるローカルブームが始まったのだ。
「地域ブランディング」としてのショップの誕生それまで物販をメインとする店舗が多いなか、レストラン型のアンテナショップの先駆けとしてオープンしたのが、大分県のアンテナショップ〈坐来(ざらい)大分〉だ。
〈坐来 大分〉のメインダイニング。このほかにグループで利用できるプライベートルームが5部屋設けられている。
「〈坐来 大分〉さんは、首都圏での大分ブランドを確立していくことを命題に掲げ、日本中の名店が集まる銀座で、スタイリッシュな内装と郷土料理を前面に押し出した高級路線のレストランとして2006年にオープンしました(2014年にリニューアル。2021年に現在の数寄屋橋に移転)」
〈坐来 大分〉の名は、『東京に居ながらにして、大分を感じてほしい」という思いが込められ、店内の内装からカトラリーにいたるまで、一歩店に入れば大分尽くしの空間が出迎えてくれる。
「アンテナショップで特産品やローカル食材を購入するのではなく、都内で洗練された『大分時間』を過ごすことで、大分県そのものの価値を高めるブランディング路線へとアンテナショップが舵を切った一例といえます」
関連記事はこちら:大分県の公式アンテナショップ〈坐来大分〉が、東京・数寄屋橋で新装開店
アンテナショップとは思えない装いの〈ふくい食の國291〉の地下1階スペース。伝統工芸品をディスプレイ。
そのほかにも、2002年にオープンした〈ふくい南青山291〉は、銀座ではなく、港区南青山の骨董通りに店舗を構え、店内には越前漆器、越前和紙など福井県の伝統工芸品をディスプレイ。店舗内の多目的スペースでは、「福井手打ちそば入門講座」を開催するなど、モノを売るのではなく、体験を通して県のブランディングをする店舗が登場している。
同店はドロップインで利用できるワークスペースを備え、福井と首都圏をつなげる交流拠点として2023年2月にリニューアルオープン。同時に、2013年に銀座でオープンしていた〈食の國福井館〉は〈ふくい食の國291〉として福井県の食をメインに扱った店舗として住み分けて店舗展開し、併設されたレストラン〈越前若狭 食と酒 福とほまれ〉では、福井県の山・海・里の幸を満喫できる料理を提供している。
〈ふくい食の國291〉の紹介はこちら:福井県|ふくい食の國291@銀座
〈越前若狭 食と酒 福とほまれ〉は、県産材を用いた土壁や越前漆器など内装も福井県一色に統一されている。
空間デザインで魅せるアンテナショップ2010年代には、訪日観光客の増加(外国人へのビザ要件の緩和)や、東京オリンピックの開催決定(2013年)によるインバンドの増加で第2次アンテナショップブームが起こる。また、政府が「地方創生」を推進していったのもこの時期だ。
「第2次アンテナショップブームでは、銀座・有楽町エリアから新橋、日本橋へとアンテナショップの分布が広がりました。店舗デザインや空間プロデュースにも力を入れ一見してアンテナショップには見えない、セレクトショップのような店舗が登場します」
〈日本橋とやま館〉は富山の地酒が楽しめるバーラウンジや、観光交流サロン、イベントスペースなど多彩な機能を集約。
富山県のアンテナショップ〈日本橋とやま館〉がオープンしたのは2016年。商業施設やホテル、オフィスなどを手がける乃村工藝社がプロデュースし、店舗内にバーラウンジやコンシェルジュを擁した洗練された空間が広がっている。
富山のライフスタイルを体験・体感できるアンテナショップとして、使用されているテーブルやイスの木材は、乃村工藝社のデザイナーが実際に富山県の製材所を巡り、スギやヒノキをはじめとする富山の県産材から選別して空間デザインが施されている。
徳島県の〈ターンテーブル〉は、2階から5階までがホステル。客室はシングルルームからドミトリールームまで3つのタイプの部屋を完備。
また、徳島県の〈ターンテーブル〉は、物販を行わず、宿泊施設とレストランのみの業態で奥渋谷・神泉にアンテナショップをオープン(現在は定期的にマルシェを開催)。
手がけたのは、リフォーム会社の〈リノベる〉と〈東急電鉄〉で、あえて徳島の看板は出さず、食事や宿泊の体験を通じて徳島県の魅力を発信している。築21年の建物を1棟フルリノベーションし、ホステルやビストロを備えた「オーベルジュ」(宿泊設備を備えたレストラン)として再生させたのだ。
〈ターンテーブル〉の紹介はこちら:徳島県|ターンテーブル@渋谷
〈ターンテーブル〉のレストラン。ディナーでは県産食材づくしのコース料理も提供している。
「このように、店舗設計や空間プロデュースを専門的に行ってきた事業者がアンテナショップのプロデュースを手がけているのも昨今のアンテナショップの動向といえます。
これまでのように、ローカル商品の物販だけではなく、さまざまなアプローチで訪れる人に『体験』として地域を知ってもらい、より深いコミュニケーションツールとしてアンテナショップが機能しているのです」
アンテナショップの「これから」と「ローカルの架け橋」を越えた新しい役割2023年から2024年にかけて、ニューオープンやリニューアルなどアンテナショップの動きが活発だ。
これまで表参道で26年間にわたり営業してきた新潟県のアンテナショップ〈ネスパス〉は、2024年8月、新たに〈THE NIIGATA〉と名前を変えて銀座すずらん通りにオープン。
日本酒のラベルやボトルも見て楽しめようディスプレイされた〈THE NIIGATA〉のお酒コーナー。試飲スペースも兼ねておりコミュニケーションをとれるように中央にテーブルを設置。
8階のレストラン〈THE NIIGATA Bit GINZA〉。新潟といえば日本酒と新潟米だが、ワインやビールなども新潟産のものを提供するイタリアンを展開。
新店舗は、魚沼産コシヒカリのおにぎりを提供する〈THE ONIGIRI・Ya〉や、日本一の酒蔵数を誇る新潟自慢の清酒を試飲できる〈新潟清酒・THE SAKE Stand〉、そして、「新潟×イタリアン」をテーマにしたレストラン〈THE NIIGATA Bit GINZA〉を含む全5フロアで構成され、銀座のまちにふさわしい空間が生まれている。
そのほかにはも、2024年3月には石川県の〈八重洲いしかわテラス〉、同じ石川県で金沢市の工芸に特化した店舗〈KOGEI Art Gallery 銀座の金沢〉がそれぞれリニューアルオープン。
福井県の〈ふくい食の國291〉〈ふくい南青山291〉や、〈三重テラス〉(三重県)、〈銀座わしたショップ本店〉(沖縄県)、〈徳島・香川トモニ市場〉など、リニューアルラッシュが続いている。
〈THE NIIGATA〉の紹介はこちら:新潟県|THE NIIGATA@銀座
〈八重洲いしかわテラス〉の紹介はこちら:石川県|八重洲いしかわテラス@八重洲
石川県の〈八重洲いしかわテラス〉。物販だけでなくお茶や酒類を展開する〈茶バル〉やイベントスペースを設けている。
また、2024年7月に開業した〈KITTE大阪〉には、富山・石川・福井の3県が合同でつくった情報発信拠点〈HOKURIKU+〉など、複数のショップがオープン。〈KITTE大阪〉だけでなく、大阪市阿倍野区に〈北海道どさんこプラザ〉、大阪市北区には〈青森・岩手えぇもんショップ〉など開業が相次ぎ、大阪にも多くのアンテナショップが集まりつつある。
〈HOKURIKU+〉の紹介はこちら:富山県・石川県・福井県┃HOKURIKU+@大阪
大阪を拠点に北陸3県の情報発信を行う〈HOKURIKU+〉。スタンディングバーや観光情報発信スペース、イベントスペースを備えている。
「大阪万博開催の影響も含まれますが、より多くの訪日観光客にローカルの魅力を発信する意図も感じ取れます。多くの観光客が東京や大阪など大都市を中心に日本を周遊し、再度東京や大阪から帰っていていくことを考えると、帰国前に“旅の忘れ物”を手に入れる場としてのアンテナショップの役割もあると考えられます」
そういった意味でも、まずは訪日観光客にアンテナショップを認知してもらうことや、インバウンドを意識した商品ラインナップや接客対応も、今後のアンテナショップの課題といえる。
「また、物販だけでなく体験の場として機能してきている状況は、『実際に現地に行ってみよう』『東京を離れて生活するのもいいかも』というローカルへの人の移動を促す働きかけにもつながってきているので、今後、より首都圏とローカルをつなぐハブとしてアンテナショップが機能していくのではないでしょうか」
これまでも、アンテナショップは首都圏とローカルをつなぐ架け橋として機能してきた。だが、その多くはあくまでローカルの出身者が、首都圏でも気軽に“帰省”できる拠り所であったり、旅行や仕事などでその地域と関係をもった人たちが訪れる場としての役割が大きかったように思える。
アンテナショップの「これから」は、実際にその地域を訪れたことがなくても、ローカルの持つブランド力でファンを獲得し、現地を体験・交流できる拠点としての役目を果たしていくのではないだろうか。
profile
地域活性化センター メディアマーケティングマネージャー
畠田千鶴
はただ・ちづる 徳島県出身。一般財団法人地域活性化センターメディアマーケティング マネージャー。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。自治省(現・総務省)勤務を経て現職。著作は『地域おこし協力隊の強化書』ビジネス社、『地域から公共政策を考える」早稲田大学出版部。内閣府地域活性化伝道師、早稲田大学公共政策研究所招聘研究員でもある。趣味はチェロ演奏。アマオケで活動中。
web:地域活性化センター
writer profile
Takuryu Yamada
山田卓立
やまだ・たくりゅう●エディター/ライター。1986年生まれ、神奈川県鎌倉市出身。海よりも山派。旅雑誌、ネイチャーグラフ誌、メンズライフスタイルメディアを経て、フリーランスに。現在はキャンプ、登山、落語、塊根植物に夢中。