日本各地に根づく、その土地の歴史や文化資産を活用し宿を起点にしたまちづくりを行っている〈NIPPONIA〉。
1300年の歴史を持つ美濃和紙の里、岐阜県美濃市では、江戸時代から受け継がれたまち並みを維持するため2019年に〈NIPPONIA美濃商家町〉をオープンしました。
このホテルを運営する〈みのまちや株式会社〉は、「美濃のファンを生み出し、美濃の景観が持続的に支援される」ことをミッションとし、行政や地元企業などと連携した活動を行っていて、2024年には、内閣府より、SDGs官民連携の最高賞を受賞しました。
1棟目となった〈NIPPONIA美濃商家町〉「YAMAJOU棟」。
金庫だった蔵を1棟まるごと客室として使用。
美濃和紙、美濃の食材、美濃の特色を生かしたホテルの形成2024年6月10日には、3棟目となる2階建て1棟貸しの「UMEYAMA棟」をグランドオープン。
「このホテルは、簡易キッチンのあるダイニングと、5つの部屋があり、美濃商家町のなかで最大の12名までの宿泊対応ができるようになりました。そのため、3家族での旅行や長期滞在、企業研修なども視野に入れたホテル運営を目指しています」と語るのは、企画運営を担当している平山朝美(ひらやまあさみ)さん。
床の間に飾られた和紙のアートや一枚「板」の机が味わい深い。
今まで〈NIPPONIA美濃商家町〉では、夕食は地元のレストランで楽しむスタイルでしたが、まちなかから少し離れた場所にあるため、朝晩の食事は、提携する地元の食事処が届けてくれるそうです。
「岐阜産はちみつとクリームチーズのブルスケッタや恵那のハムと地元野菜のサラダ、長良川の鮎とアサリのパエリア、ボーノポーク岐阜と地元野菜のグリルなど、岐阜県産の食材を使用した夕食メニューを提供しています。お届けしたあと、お客様の食事のタイミングで、ピザやメインのお肉料理などは、ダイニングルームにある簡易キッチンの調理器具を使用して、あたためていただくこともできます」
岐阜県産の食材を使用した夕食メニュー。
また、隣接する古民家も、本格的な厨房設備を揃えた施設に改修。今後は、ローカル・ガストロノミーに力を入れ、経験豊富な料理人を誘致し、食卓にも美濃の食材や美濃焼など、美濃地方の文化や産業を取り入れながら、地域の食文化を発信していくのだとか。
受け継がれた状態をできるだけ生かした古民家の再生「ここは、140年ほど前、うだつのまち並みのなかに建っていた紙商の邸宅を、昭和に入ってから移築したものです。当時は所有者の親族が、休暇を過ごすための邸宅として使用されていました。そのため、メイン通りのまち並みから少し離れ、隠れ家のようです。山に囲まれ、目の前の竹林では、春はたけのこも採れました。美しい自然環境と調和していて、ゆったりした時間を過ごしていただけます」と平山さん。
わびさびを感じさせる日本庭園。
意匠的な部分はほとんどそのままで、雨漏りの補習や骨組みの耐震補強をした程度なのだとか。そのためか、当時の人々の暮らしがふっとよみがえるようで、随所にあたたかさや息づかいが感じられ、懐かしい気持ちに浸れます。
雰囲気のある木目調が美しく、インテリアや調度品、照明にも趣があります。
和紙でつくられたランプシェード。
地元の財産である和紙やタイルをふんだんに使用「〈NIPPONIA 美濃商家町〉は、美濃和紙をコンセプトにした宿泊施設なので、古民家を改修していくなかで、和紙をふんだんに取り入れているのが特徴です。玄関の壁紙はもちろん、障子も昔ながらの技法で、少しずつずらして貼る千鳥貼りを和紙職人が再現してくれました」と平山さん。
玄関の壁の補強した部分には美しい和紙が貼られている。
和紙と漆喰でつくられた壁は、湿気や臭気を吸収するため、部屋のなかも天然の浄化で、空気も澄んでいるように感じました。障子から漏れてくる光もやさしく、心地良さに包まれていきます。お風呂には、これも地元でつくられる美濃焼のタイルを使用。地元の設計士、職人、ホテルスタッフが一丸となって地元の文化財産のすばらしさを伝えてくれています。
懐かしい昭和のムードを醸し出す美濃焼のタイル。
丸窓や照明、格子窓とが映えるベッドルーム。
不便だけれどあたたかい、都会にはない美濃の空気感が好き〈NIPPONIA美濃商家町〉の1棟目である「YAMAJOU」の立ち上げから、企画運営スタッフとして関わった平山さんは、千葉からのIターン組でした。パートナーが、この地にある全国でも珍しい専門学校の森林文化アカデミーに入学することを機に、美濃市への移住を決意したそうです。
みのまちや株式会社の企画運営を担う平山朝美さん。
「ふたりとも東京で働いていたのですが、満員電車や密集した住宅環境に限界で、美濃のゆったりした空気や自然に囲まれた環境に惹かれました。近くの川で鮎がたくさん釣れるのですが、それを近所の方が届けてくださったり、畑で採れた野菜をいただいたり。昔ながらの地域のコミュニティがあたたかく、すっと馴染んでいけました」と平山さん。夫である優貴(ゆうき)さんもその後、同系列の会社に 就職され、ふたりで美濃のまちづくりに関わっているのだとか。
「美濃市は人口も2万人を切ってしまい、人口減少はなかなか止められないですが、ホテルのスタッフたちをはじめ、美濃のまち並みや文化を守っていきたいという人はたくさんいます。和紙職人の数も減っていますが、一方で、若手の職人さんが、アート活動に力を入れていたり、障子紙としてだけでなく、インテリアデザインとしての現代にあったプロダクトも考えていくのも大事だと思っています」と平山さんは語ってくれました。
〈NIPPONIA美濃商家町〉ができてから、止まっていた時が少しずつ動きだしたかのように、若い人たちが訪れるようになり、まちの雰囲気も変わり始めたといいます。暮らしが見えるから、このまちで生活すること、働くことを具体的にイメージしていける。そんなまちづくりがここには根づいてきていると感じました。
information
NIPPONIA美濃商家町「UMEYAMA」棟
住所:岐阜県美濃市梅山1609
TEL:0575-29-6611
営業時間:9:00〜18:00
WEB: NIPPONIA美濃商家町
writer profile
Naomi Kuroda
黒田 直美
くろだ・なおみ●愛知県生まれ。東京で長年、編集ライターの仕事をしていたが、親の介護を機に愛知県へUターン。現在は東海圏を中心とした伝統工芸や食文化など、地方ならではの取り組みを取材している。食べること、つくることが好きで、現在は陶芸にもはまっている。