地域の食や音楽、アートの祭典〈ishinoko〉は、石川県小松市の秘境、滝ヶ原町で開催されている。会場はのどかな場所で、自然を満喫しながら、ローカルのおいしいものを食べたり、音楽やアートを体感できる。
オーガナイザーはイギリス、デンマーク、大阪とインターナショナルな若者たちで、地元住民と一緒に楽しく過ごす姿を見ていると、なんだか不思議な空間に感じる。
オーガナイザーの若者たちは、滝ヶ原町の豊かな自然と地域コミュニティからインスピレーションを受け、地域に暮らす若いアーティストやクリエイター、友人グループを集め、独自の祭典を始めた。
簡易なテントと1台のステージから始まったishinokoは、2023年に4回目を迎え、国内外から約520人の来場者を集める国際的な祭典となった。
2023年、ishinokoでの様子。(写真提供:Hiro Yamashina)
小松市・滝ヶ原町はもともと、採石、九谷焼、炭焼き、紙すき……、さまざまな工芸文化と手仕事の生活が受け継がれ、町民は米や野菜を自給し、隣人と助け合いながら暮らす地域。
豊かな自然と文化が息づくこのまちで行われている〈ishinoko〉とはどんなものか。元来、地域と深く結びついているはずの「日本の祭りの精神」へのリスペクトから生まれた祭典。目指すのは滝ヶ原町の自然と調和した未来の地域づくりだという。
みんなでつくり上げるお祭り会場となるコミュニティ施設〈TAKIGAHARA〉では、滝ヶ原町に住む人々と、滞在する人々がともに新しい暮らしを探求・創造するために、地元の住民と協力して有機農業、職人文化、持続可能な実践、そして日本の伝統芸術の歴史を探求し、カフェやゲストハウス、クラフト工房を構えている。
ishinokoは、会場づくり、運営、撤収に至るまですべてが手づくりで行われ、主催チームだけでなく、滝ヶ原町内会、ボランティアスタッフなど、多くの仲間たちの力によってつくり上げられている。
若い人々の力やアイディアを応援してくれる村民のあたたかい支援も祭典成功の鍵のひとつ。限られた予算のなかで、ishinokoが成長を続けてこられたのは、彼らの支えがあったからだという。滝ヶ原町での日々の暮らしのなかで生まれる交流や助け合いによって築かれる関係性はishinokoに宿る重要なスピリットとなっているようだ。
2020年第1回のishinokoは、コロナ禍の影響を乗り越え、美しい自然と素晴らしい音楽によって、パンデミックの混乱から人々を連れ出した。しかし翌年は、2度の延期を余儀なくされた。
また、村民からは騒音の不満なども寄せられるなど、村とのさまざまな模索と協力を繰り返し、今の良好な関係に至っている。
会場となるそば畑の雑草を刈り取るところから。滝ヶ原町内会の方々と協力し土壌を整える。(写真提供:Yolanta Siu)
近くの竹林で竹を伐採し、ボランティアスタッフとともに竹垣とテントを製作。竹垣は会場装飾に、テントはテナントの出店に使われる。(写真提供:Yolanta Siu)
人々を踊らせ、一体感のある空間へ誘う音楽とアートishinoko開催以来、メインテーマである音楽ステージでは、熟練のクルーから新鋭のアーティストまで、国内外から数多く集結し、シンセサイザーのライブ演奏から伝統音楽の生演奏までジャンルレスで幅広いサウンドを楽しむことができる。
音楽キュレーターは、オーガナイザーのひとり、Milesさん。彼は、新しい挑戦や実験的なアーティストを後押ししており、ishinokoのキュレーションも年々アップデートされている。
もともとは、テクノ、ダンス、チルアウト・ミュージックなど、DJ、エレクトロニック・パフォーマンスのライブが中心だったが、2023年は複雑な機材のセットや、オーディオ・ビジュアルを操るライブ・バックセット、舞踏パフォーマンス、バンドなども展開された。
広場には巨大なステージが立ち、滝ヶ原町の大自然の中で音楽が響き渡る。(写真提供:Hiroki Tagawa)
雨が降り出した2023年の2日目の夜。土砂降りのなか、ライトが灯るステージを囲みながら朝まで踊り明かす。(写真提供:Toshimura)
音楽パフォーマー〈M集会〉の神輿。音楽に合わせて神輿が移動し、薄い霧と微かな灯りが神秘的な雰囲気を醸し出す。(写真提供:Jo Eungang/조은강)
2023年からはアートパフォーマーの「ちびがっつ」がオーガナイザーに加わり、エネルギッシュなダンスとスキルで終始会場を沸かせた。
そのほかワークショップやパフォーマンス、地元の工芸品など、ダンサーから野生の生き物まで、現実との境目にいるような幅広いアートが集められた。
「音楽と視覚を含めた没入感、感覚的な体験を生み出すことを考える」とMilesさんが語るように、音楽、アートインスタレーションに加え、食セクションでも展開される、味覚、匂い、触覚など、さまざまな視点が複雑に織り交ざることで、観客とパフォーマーの間の壁が取り払われ、特別な体験が生まれている。
メイン会場の近くにある滝ヶ原町を流れる川。サウンドが響くのはステージだけではないようだ。(写真提供:Alexis Wuillaume)
世界中から集められた品物が集まるユートピアゾーンにはKidsエリアが用意された。自然やアート、音楽に触れながら、子どもたちも安心して楽しむことができる。(写真提供: Hiro Yamashina)
秘境の地から生まれる食体験もともと「音楽」「アート」を軸に始まったishinokoだが、農村文化が息づく滝ヶ原町では「食」が生活と切り離すことのできない重要なテーマ。2022年には〈ishinoko kitchen〉が誕生し、今では欠かすことのできない存在となっているという。
祭典当日は、滝ヶ原町の地元の生産者から仕入れたオーガニックで持続可能な食材だけを使い、シェフ、生産者、出店者がつながる特別なセレクションが提供された。
地元の食材とシェフによって生み出される特別なごちそうとの出合い。(写真提供: Yolanta Siu)
ishinoko kitchenを立ち上げたのは、オーガナイザーのGrahamさんとAnnaさん。ふたりは、日本に合わせて10年以上住みながら築いた全国各地のシェフ・飲食店の関係や、地元の旬やこだわりの日本食材を集めて得た知識を「より多くの人と共有したい」と話す。
シェフたちは、祭典が始まる1〜2週間ほど前から滝ヶ原町に集まり、日本の食材や調理方法を学びながらお互いの知識を交換するツアーに参加。これまでツアーに参加したシェフは17人。狩猟者、農家、採集者、発酵者、シェフ、食愛好家が交わり、豊かな自然が宿る滝ヶ原町の土地から、シェフたちの新しい食の発見とアイディアが生まれているようだ。
滝ヶ原町に実る旬の食材(柿、茗荷、山椒、柚子など)を収穫する様子。(写真提供:Yolanta Siu)
日本酒醸造所〈黒龍酒造〉を訪問し、日本酒のペアリングを学ぶ。(写真提供:Yolanta Siu)
北陸の食文化を語る上で魚は欠かせない。加賀市に30年以上店を構える〈一平寿司〉への訪問。(写真提供:Yolanta Siu)
麹料理研究家・小紺有花さんによる発酵ワークショップが開催。(写真提供:Yolanta Siu)
前夜祭ではシェフたちによって地元の食材を使った料理が振る舞われ、一日限りの特別な食卓が開かれた。写真は、パン職人Mariusがつくったピザ生地を滝ヶ原町の大地からつくられた石窯で焼く様子。(写真提供:Yolanta Siu)
現在、ishinoko kitchenは、独立した通年プロジェクトとして、ワークショップやプライベートツアーを行っている。日本の飲食店で働くための手続きや、翻訳サービス等の提供もしており、海外のシェフや食のプロフェッショナルが日本で学ぶための実践の機会を総合的にサポートもしてくれる。
ishinokoのエッセンスを全国へ滝ヶ原町の大自然の中で、魔法のような体験を運んでくれる小さな村での3日間は、オーガナイザー、運営メンバー、滝ヶ原町の住民、ボランティアスタッフ、参加者、祭典に関わるすべての人々がつながり合い、お互いのリスペクトと愛によって彩られていた。
音楽・食・アート、それぞれのセクションがオーガナイザーにより設計されつつも、参加者が加わることで最高のパフォーマンスとして完成されるよう、余白を残した構成になっていることは、ishinokoならではの特徴だ。これらはまさに日本の祭りの原体験ともいえるだろう。
粟津の地元グループによる太極拳も披露。(写真提供:Toshimura)
ishinokoでは、誰もが歓迎・尊重されるための空間づくりが行われており、女性蔑視やトランスフォビア、人種差別など、いかなるハラスメントも認めないことはもちろん、大人から子どもまですべての人々が楽しめるようなコンテンツ、あらゆる人がスムーズに参加できるような会場設計・サービスが行われている。
「音楽・食・アートを楽しんでもらえることはもちろんだが、性別や体、国籍や年齢に関係なく、誰にでも開かれた場所になっていることがうれしい」
オーガナイザーのひとり、Grahamさんが語るように、ishinokoの魅力のひとつは、誰もが歓迎され、尊重されるコミュニティにあった。
ボランティアスタッフとともに。最後の片付けまでみんなで協力して行う。(写真提供:Ina Backe)
フェスティバル後日、ishinoko主催チームと滝ヶ町内会との交流会が行われた。(写真提供:Yolanta Siu)
Grahamさんが今後のishinokoの動きについて語ってくれた。
「自分たちがつくりたかった世界観が年を重ねるごとに段々とでき上がってきたけれど、目的はフェスティバルを大きくすることではありません。音楽のイベントを東京で開始したり、ishinoko kitchenが通年でワークショップやツアーを行ったりと、ishinokoのスピリットやエネルギーを今後さまざまな姿、場所で世の中に広げていきたいと考えています」
祭典当日は、主催メンバーがかなり忙しく動いていたため、これからはオーガナイザー自身も楽しみながら健康的に過ごせる時間を企画したいとのこと。
2023年のishinokoのアフタームービー。魔法のような3日間の様子が伝わってくる。
ishinokoをきっかけに生まれる新しいつながりや創造のエネルギーは、地域を越えて人々に影響を与えている。滝ヶ原町から広がるエネルギーが、日本中の地域コミュニティに希望とインスピレーションを届ける姿に注目していきたい。
2024年のishinokoは、10月12〜14日に開催決定! 今回は、これまで以上に地域住民と協力したかたちで開催される予定だそう。プレパーティーが、8月24日に東京で行われるので、気になる人はishinokoのインスタグラムをぜひチェックしてみよう。
information
ishinoko
Instagram:@ishinoko.jp
Instagram:@ishinoko.kitchen
writer profile
Tamao Yamada
山田珠生
やまだ・たまお●富山県生まれ。ライター / エディター見習い。大学でウェルビーイングを学び、場や文化づくりに関心を持つ。ゆらゆらしているものは大体好き。