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ここはホテルか街か。あこがれの豪華客船で日本めぐり クイーン・エリザベス乗船記

  • 2024年7月15日
  • コロカル
やっぱり船でないと!

筆者はこれまで、『コロカル』の取材先や旅先で大小さまざまな船に乗船してきた。何なら、すすんで海路を選んですらいた。博多港から五島列島へ行く深夜便のフェリー、長崎は佐世保の九十九島クルーズ、竹芝客船ターミナルから大島や式根島へ行くジェットフォイルやフェリー、北欧や欧州でのクルージングも経験した。

大海原に繰り出していく冒険感、ゆったりと流れる船上の時間、陸地が見えたときのささやかな喜び。船旅が好きな理由はいくつもあるが、とどのつまりは、どんな場所のどんな船からでも、海上からの景色は忘れ難い美しさで、それは船でないと経験できないからだろう。

長いコロナ禍が明け、国内外の渡航も規制がなくなった。久方ぶりの船旅に思いを馳せていた矢先に、〈クイーン・エリザベス〉に乗る機会を得た。別府、釜山(韓国)、佐世保、清水に寄港する初夏の10日間の船旅だという。これが渡りに船か。

こうして私はクイーン・エリザベスに乗る。初めに言っておくと、これがなんともすばらしい体験だった! 今回の特集のタイトル「船旅礼賛」は、私の心からの気持ちだ。

洋上の女王 クイーン・エリザベスに乗る

5月某日、出港日。乗船の2時間前に到着すると有明の東京国際客船ターミナルにはすでにクイーン・エリザベスが碇泊していた。英国女王エリザベス2世に命名された、世界で最も有名な豪華客船だ。

クイーン・エリザベス

船体のデザインは、非常に「船らしい船」だ。サントリー社「アンクルトリス」の生みの親であるイラストレーター・柳原良平氏が好んで〈クイーン・エリザベス〉や〈クイーン・エリザベス2〉をモチーフにしたと聞いていたが、その流れを組むこの3代目のクイーン・エリザベスもまた、気品ある佇まいが非常に美しかった。

外観からして巨大だとは思っていたが、この船が12階建てだと知ったのは船内のエレベーターに乗ってからだった。2000人超の乗客と約1000人のクルーが10日間以上生活できる、洋上の移動式ホテル、いや、ここで生活を送るのであれば“まち”だ。ショップがあり、カフェやバーがあり、アートギャラリーや図書館があり、トレーニングジムがある。船内では乗客同士すれ違いざまに軽く会釈をしつつ、プライベートが尊重されるこの感じは、町内会のコミュニティに近いのだと思った。非日常の環境のなかで、好きに飲食をしたり体を動かしたりと日常を感じられるのは、船旅のいいところだった。

現行の3代目クイーン・エリザベスは2010年に就航。初代クイーン・エリザベスの、1930年代のアール・デコを基調とした落ち着きのある雰囲気に、タイタニック号の流れをくむ英国伝統の格調の高さを感じさせる。

エリザベス女王乗船の記録が博物館のように展示されている。

エリザベス女王乗船の記録が博物館のように展示されている。

細やかな装飾が美しい大階段。

細やかな装飾が美しい大階段。

注目したのは床。タイルや大理石、カーペット、フローリングなど、場所によって素材やデザインが細かく変えられ、パブリックスペースには扉があまり取り付けられていない船内では、床のデザインの切り替えが空間の区切りのような役割とリズムをもたらす。

廊下のカーペット。直線的で左右対称な図案はアール・デコスタイルを象徴する意匠だ。

廊下のカーペット。直線的で左右対称な図案はアール・デコスタイルを象徴する意匠だ。

船内中央の吹き抜けの、寄木細工製の大きなレリーフも見事だ。ひと目で上質さや高貴さが伝わるレリーフを中央に据えつつ、そこまでの動線となる床や階段、手すり、調度品など、細部にわたって塵ひとつなく磨き上げられている。

船内のシンボル、寄木細工でできた大きなレリーフは、エリザベス女王の甥で世界的な彫刻家・デビッド・リンリーの作品。

船内のシンボル、寄木細工でできた大きなレリーフは、エリザベス女王の甥で世界的な彫刻家・デビッド・リンリーの作品。

ライブラリーの天井はステンドグラス。

ライブラリーの天井はステンドグラス。

そして伝統を重んじるスタイルでもある。珍しいことに現在でも等級制を維持しており、キャビン(客室)は大きく4つのカテゴリーに分かれ、それぞれ専用のメイン・ダイニングを有する。だが、それも堅苦しいものではなく、メイン・ダイニング以外のカフェやたいていのレストランはどのカテゴリーでも利用可能なのだ。

 伝統を重んじつつ、この軽やかさも魅力。日当たりのよいカフェスペース〈ガーデン・ラウンジ〉にはポップアート界の奇才・Mr. Brainwash の特注壁画が。

伝統を重んじつつ、この軽やかさも魅力。日当たりのよいカフェスペース〈ガーデン・ラウンジ〉にはポップアート界の奇才・Mr. Brainwash の特注壁画が。

きょうは何食べる? 選べるグルメがクルーズ船の醍醐味

東京湾出航前。デッキから富士山のシルエットがくっきりと見えた。

東京湾出航前。デッキから富士山のシルエットがくっきりと見えた。

この日、クイーン・エリザベスは夜7時に出港。すぐに1度目のディナーが〈ブリタニア・レストラン〉で催された。「ブリタニア」、つまりは英国そのものを意味するこのダイニングでは、朝・昼・夜(2回制)と利用でき、夜はコース仕立てをアラカルトで注文することができる。船内の食事は基本的に料金に含まれているが、アルコールなどドリンクは別料金となっている。また、ブリタニア・レストランではグルテンフリーやベジタリアンメニューもあり、食事に気を使っている人でも常用できるレストランだ。

豪華絢爛な〈ブリタニア・レストラン〉。

豪華絢爛な〈ブリタニア・レストラン〉。

食事に関しては、合わせて17あるレストラン、カフェ、ラウンジ、バーのほか、ルームサービスも利用できる。そのうちのいくつかを紹介しよう。

〈ステーキハウス・アット・ザ・ベランダ〉では、フォーマルに身を包んで食事をした。メインで選んだのは、スペシャリティだという「アンガス牛のサーロイン」。1930年代から持続可能な牧草飼育に情熱を注いでいる英国の生産者から調達しているというドライエイジド・ビーフは、凝縮した旨みと鼻を抜ける薫りがたまらない。薄明の海を眺めながらしばし幸せを噛み締めた。

ステーキ

ステーキハウス・アット・ザ・ベランダのステーキ。

ステーキハウス・アット・ザ・ベランダから見た海。

ステーキハウス・アット・ザ・ベランダから見た海。

食後に頼んだチーズトロリー(ワゴン)は、国際的なチーズのコンペティションでも受賞経験のある熟成チーズがズラリ。チャツネ(スパイシーで甘くないジャム)やベリーソースなどをかけて食べると、とてもワインがすすむ。

食後のチーズトロリー。

食後のチーズトロリー。

ステーキハウス・アット・ザ・ベランダでの食事はオプションで、基本料金には含まれず、追加費用が必要となる。出発4日前までの事前オンライン予約の場合はディナー58.50ドル、ランチ31.50ドル、船上予約の場合はディナー65ドル、ランチ35ドル、ボトルワインは60ドル前後から用意されている。

グラスワイン、食後酒も豊富。

グラスワイン、食後酒も豊富。

航海中、一番通ったといっても過言ではない〈ゴールデン・ライオン〉は、ランチもバータイムも、スポーツ観戦もミュージックライブも楽しめる、比較的カジュアルなパブだ。

英国式のリアルエールが飲める証・ハンドポンプがあるのを見て、ここに通うことを決めたのだが、〈キュナード・レッド〉(1パイント7.10ドル)というクラフトビールが実においしかった。

注ぎたての生ビールは格別。件のハンドポンプはこの奥に。

注ぎたての生ビールは格別。件のハンドポンプはこの奥に。

〈キュナード・レッド〉のハーフパイント(3.75ドル)を好んで飲んだ。

〈キュナード・レッド〉のハーフパイント(3.75ドル)を好んで飲んだ。

キュナード社と、英国南部ウィルトシャー州に拠点を置くマイクロブルワリー〈ダーク・レボリューション〉がコラボしてできたオリジナルクラフトビールのうちのひとつ。ろ過処理や加熱殺菌を行っていない生ビールの良さが出ている。IPAなのにアルコール度数は5度以下と飲みやすいのも気に入ったポイントだ。

ビールに合わせたのは、「エイジド・プライムアンガス牛のチーズバーガー」。ガツンとした赤身肉の旨み、それを受け止めるしっとりとしたバンズが秀逸だった。船内何か所かのレストランでそれぞれ個性あるバーガーを提供しており、食べ比べるのも楽しい。胃袋がひとつしかないことが至極残念だ。

「エイジド・プライムアンガス牛のチーズバーガー」。見切れているが、チップスは味噌汁椀に入っており、バーガーの皿もケチャップも、なぜか和食器に入れられてきた。

「エイジド・プライムアンガス牛のチーズバーガー」。見切れているが、チップスは味噌汁椀に入っており、バーガーの皿もケチャップも、なぜか和食器に入れられてきた。

ほかにも、英国パブの定番「フィッシュアンドチップス」や、チーズをたっぷり乗せて焼き上げた「コッテージパイ」などの軽食や、ディナーメニューもあるので、英国籍の船に乗ったという記念にも一度は訪れたいレストランである。

日本食が食べたい場合には、日本発着船にて和食の提供がある〈リド・レストラン〉が便利。船内で最もカジュアルなレストランであり、朝・昼・ティータイム・夜とそれぞれビュッフェスタイルで食事が提供されている。朝ごはんで並んでいたのは、白いごはん、粥、味噌汁、そして漬物。この食べ慣れた味にホッとする。このレストランでも当然のように、グルテンフリーやベジタリアンフードが並んでおり、食の多様性に考慮していることがうかがえた。

思いがけぬインプットの旅

筆者はこの旅に仕事道具を持ち込んでいた。昔の作家の“カンヅメ”よろしく、まちへ遊びに行けない船上であれば根をつめて仕事ができるだろうと思っていた。しかし、そのあてが外れた。

第1に、海上であるがゆえ仕方がないことではあるが、オプションで使用できるWi-fiが強力ではなかった。調べ物をしたり、メール、チャットする程度であれば問題ないが、大きめのデータの受け渡しがスムーズではなかったり、Web会議での音声不良など、ヒヤヒヤしたことは幾度かあった。それでもインターネットがなくては無力な現代人にとって、データ通信ができること自体がありがたい限りなのだが。

日当たりのよいガーデン・ラウンジで仕事をしたり、本を読んだり。

日当たりのよいガーデン・ラウンジで仕事をしたり、本を読んだり。

第2に、船には娯楽だけでなく教養の時間も山程あり、“時間があるから仕事をする”というわけにはいかなくなった。英国王室の元執事が語る英国王室の秘密、鉱物としてのダイヤモンドに関する講座、ソシアルダンス教室など、その数、1日30コマ以上。これらのレクチャーの多くが船の基本代金に含まれており、充実した船上生活をさらに意義深いものにしてくれる。

第3に、船内図書館が気に入り、入り浸るようになったからだ。冊数は多くないが多岐にわたるジャンルの日本の書籍や、その日本から遠く離れた国の料理のレシピ本は眺めているだけでも楽しい。さまざまな言語の本を目にすると世界中を走るクイーン・エリザベスの航海の歴史を見ているようだ。

そんな事情もあり、仕事のアウトプットはそこそこに、インプットに徹した旅になった。船上でリモートワークをしようと思う方の参考になればと思う。

インプットといえばもうひとつ。夜な夜な繰り広げられる舞踏会で社交界なるものを体験した。ある日の仮面舞踏会では「正装」がドレスコードで、タキシードやドレスに仮面を身に付けた紳士淑女が怪しくも艶やかに踊る。

仮面舞踏会の装飾

なかでも、仮面舞踏会に合わせて仕立てたと見受けられる、着物の女性の麗しさといったら! 帯揚げや帯締めに華やかさや洒落をプラスしつつ、着崩すことはせず上品さも兼ね備えたその絶妙なさじ加減、その塩梅がわかっているこの方はきっと“常連”なのだろう。また、ある男性がスコットランドの伝統衣装・キルトを着こなす様も実にかっこよく、人々の目をひいていた。インターナショナルな船内は、各国の正装が一堂に会する機会でもあるのだ。

ダンスの様子は写真撮影できなかったので、船内の絵画でその雰囲気を感じ取っていただきたい。

ダンスの様子は写真撮影できなかったので、船内の絵画でその雰囲気を感じ取っていただきたい。

船内で3ドルで購入したレースの仮面。船上では地味で目立つことはあっても、派手すぎて目立つことはない(と思う)。ブラックドレスにブラックマスクの筆者はいかんせん地味過ぎた。仮面だけでももっと派手なものをチョイスすべきだったと後悔しつつ、次回乗船時の宿題としよう。

船内で3ドルで購入したレースの仮面。船上では地味で目立つことはあっても、派手すぎて目立つことはない(と思う)。ブラックドレスにブラックマスクの筆者はいかんせん地味過ぎた。仮面だけでももっと派手なものをチョイスすべきだったと後悔しつつ、次回乗船時の宿題としよう。

クルージングの日、船上での一日の過ごし方

船旅の行程はクルージングの日と寄港地で過ごす日に分かれている。寄港地での過ごし方は別稿にて。今回は、クルージングの日の一日の過ごし方を紹介する。

05:30 起床。太陽が水平線から上ってくる様子をベランダから眺める。波も水しぶきもない静かな海、朝日のじんわりとした温かさにしばし見惚れる。眼前には海と太陽だけというシンプルさ。だが、この瞬間、この景色に船旅の良さが凝縮されているような気がする。

太陽が地平線から上がる

07:00   朝食。前日までに依頼したルームサービスを食す。イングリッシュブレックファーストに舌鼓。

08:30   船内を散策。カフェ&バー〈カフェ・カリンシア〉のフラットホワイトコーヒーでひと息。デッキに出て散歩をしながらジムへ。

10:00   「朝のストレッチの会」に参加。30分ほどかけてじっくり体をほぐす。船内ではどうしても運動量が減るため、朝・夕ある「ストレッチの会」には積極的に参加した。

11:00   オーシャンビューのサウナへ。本格的なドライサウナを堪能。午前中は利用者も少なく穴場。

12:00   リド・レストランでランチ。この日は中南米料理がテーマの日。日替わりのホットサンドとローストポーク、たっぷりのサラダで栄養を考えた食事に。

13:00   ライブラリーで読書タイム。ほどよい揺れと満腹感で眠気が。移動してプールサイドで昼寝。

ライブラリー

15:00   クイーンズ・ルームでアフタヌーンティー。ホロホロとした本場のスコーンとクロテッドクリーム、たっぷりのミルクティで優雅な時間を過ごす。

スコーンとミルクティ

16:30   「鉱物としてのダイヤモンド」講座を拝聴。ズンバ教室で汗を流す乗客を横目で見つつ、ゴールデン・ライオンで食前酒。

19:00   ブリタニア・レストランでディナー。エビのサラダ、ホタテのグリルなど海鮮をチョイス。

20:30   〈ロイヤル・コート・シアター〉でオペラやミュージカルの名曲を観賞。船上ではいたるところで音楽が流れているが、基本的に生演奏なのが心地良い。

21:30   ショーの余韻にひたりつつ、ゴールデン・ライオンでビールやオリジナルジンを嗜む。店内では70〜80年代のミュージックライブ中。

22:30   〈ヨット・クラブ〉でディスコナイト。柳原良平氏が愛した「スコタン」こと、「スコッチ&炭酸」で就寝前の一杯。往年のヒットナンバーが流れ、国籍さまざまな老若男女歌い踊る様子が心地いい。いい音楽は世界共通だと再認識。

00:00   就寝。横になってもほとんど揺れは気にならず、快適に過ごせた。

食事だけでなく、過ごし方も指示があるわけではなく、船という巨大な箱で幾通りもの過ごし方を自分で考えることができるというのは、自分が何に興味を持ち、何を優先したいと感じ、何を見て感動するのかを見直したり知ったりすることにもなったと思う。そこまで主体的に動けるかわからず戸惑う人へ、ひとつ言えることは、船では誰もが無関心ではいられないはずだから心配無用だということだ。

船旅を攻略するのは、もしかしたら一度の機会では難しいかもしれない。スパにプール、ハンバーガーの食べ比べ、受講しそびれた講座。十分船旅を満喫したはずなのに、まだ「これをしたかった」というほんの少しの後悔と余韻を残し、次の乗船時までに社交ダンスを覚えて、ドレスを新調してと、次回を考える。そこがまた船旅のいいところなのかもしれない。

editor profile

Yu Ebihara

海老原 悠

えびはら・ゆう●コロカルエディター/ライター。生まれも育ちも埼玉県。地域でユニークな活動をしている人や、暮らしを楽しんでいる人に会いに行ってきます。人との出会いと美味しいものにいざなわれ、西へ東へ全国行脚。

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